02話 後ろからこんにちわ
私はメイドです。暇な時間はあまりありません。
まったく、バロン様も困ったものです。
せっかくの新人さん候補ですのに朝からふらふらと。昼食はベルさんに頼みましたが、あちらもいろいろと不安ですし。
趣味で始めたことですのに、何故これほど忙しいのでしょうか?
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「――というわけでバロン様を探しているのですが、何処にいるか知りませんか?」
「んー。ボクは見てないなあ」
「残念ながら私も見ておりません、レティシア様」
そうですか、とレティシアと呼ばれた少女がため息を吐く。
彼女の前には二人の人物がいた。
先に答えた一人は、明るい金色の髪を肩まで伸ばし、まだ肌寒いのに足を大きくむき出しにした動きやすい恰好の少女。
後に答えたのは、全身鎧を身にまとった騎士。
声からして青年だが、隙が一切なく、かなりの手練れのように見受けられる。
声にしても動作にしてもまさに騎士、といった感じであった。
少女は両手を頭の後ろに組んでのほほんと答え、騎士は礼儀正しく答えていた。
「そういえばベルはどうしたの? よく一緒にいるよね」
「ベルさんには昼食の方を頼みました。そろそろ一人で、色々と出来る様になってきましたので」
少女の質問にレティシアは答えたが、横から懐疑的な声が上がった。
「……それは……大丈夫なのですか? いつか、ゲル状のナニかが食卓に並んだと聞きましたが」
「大丈夫ですよ。『ゲルごはん事件』は何か月も前の話ですし、彼女も日々成長しているはずですから、きっと大丈夫なはずです。――たぶん」
「あはは……あれはちょっと勘弁してほしいかなー。栄養はあるんだろうけどなんかね。この世の終わりか、世界の果てを見たような気がしたんだよね」
「……はずとかたぶんとか、不安しか感じないのですが」
騎士は的確に指摘し、そんな彼に少女はかみつくように抗議した。
「君はどうせ食べないんだから良いじゃないか! ボクは結局アレを食べたんだからね! というか食べないと涙目で見て来るんだよ!」
はっきり言ってお先真っ暗だよ! と少女は嘆く。
はたして少女の未来はいかに。それは現在厨房で昼食を作るメイドのみぞ知るのであった。
少女はそのまま来たる未来に脅え、その場を走り去って行く。
残った騎士も歩き出そうとしたところで、ぴたりと足を止めた。
何せ、大きな足音とともに、悲鳴がこちらに向かってきているのだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「きゃああああぁぁぁぁぁ!」
少女は走る。先ほどまで一緒にいたメイドを探し、ただひたすら走る。自分どころか、この城の者たちの命の危機なのだから。
それゆえに、自分がいまだに叫び声をあげていることにすら気づかない。
(大変だ大変だ大変だ! なんでこんな所にリッチがいるんですかッ!?)
少女の焦りの原因は、先ほど遭遇したリッチのせいだった。
リッチとは死霊系の魔物の中でも特に高位の存在であり、同時にかなり珍しい存在でもあると言われる。大して理性もなく、扱う魔術もへっぽこもいいとこなリッチもどきはけっこういるが。
真のリッチとは確かな理性を持ち強力な魔術を使い礼を知る、魔物どころか魔族であることが多い存在。
だが中には邪な考えに取りつかれた、碌でもないような理性を持つリッチもいるのだ。非道外道の所業など朝飯前な者すらいる始末。
だが少女の最大の焦りの原因は別にあった。
(あのリッチ、何で日の光を浴びてたんですか!? おかしいですよ! あのリッチ、絶対危険です。早く知らせないと!)
そう。少女が驚愕するように、本来死霊系の魔物のその多くが、日の光を浴びることができないのである。
霧や靄などに通して光を弱めることによって、かなり弱体化しながらも、光を浴びれる個体もいるにはいる。
だが先ほどのリッチの様に、堂々と直射日光を浴びていれば、日の光に影響を受ける種族であればほとんど即死か重傷レベル。
そしてリッチという種族は、即死こそしないものの、大きく影響を受ける。
だというのに、先ほどのリッチはまるで意に介さずに話しかけてきたのだ。
どれほど力が強ければ、霊格が高ければ可能なことなのか。
それとも特殊な個体なのか。何にしても危険なことには変わりないのであった。
慌てながらも来た道を戻ったことが功を奏したのか、角を曲がった少女は先ほど別れたメイド、レティシアと見慣れぬ鎧を着た騎士を見つけた。
「レティシアさん大変です! 逃げてくだされ!」
「落ち着いてください、あと語尾おかしいです」
レティシアはまことに冷静であった。
「いきなりどうしたのですか?」
はい深呼吸、というレティシアの声に少女は従って、大きく数回、深呼吸を繰り返す。
が、すぐにまた叫びだした。
「って深呼吸している場合ではござりませぬ! お早くお逃げくだされ!」
「分かりましたからまず落ち着いてください。語尾どころか普通におかしいです」
「失礼、御嬢さん。レティシア様の言う通り、少し落ち着きましょう」
見かねた騎士が、レティシアに助け船を渡した。
少女は見かけないどころか、今日レティシア以外で初めて出会う人に気が付き、少し頭を冷やした。
そしてもう一度深呼吸をして、口を開く。
「とにかくお二人とも早く逃げてください。あぁ、今日誰にも会わなかったのはもしかして……」
深呼吸はあまり効果がなかったようだ。
「はぁ。とにかくいったい何があったのです?」
「そ、それがっ」
「はい」
「り、りりり」
「「りりり?」」
「リ……リッチが!」
「「お金持ちがどうしたのです?」」
「そっちじゃありません!!」
少女は思わず大声で否定した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ぜぇ、ぜぇ、と息を荒げる少女に向かって、呆れたような二つの視線が刺さる。
その様子を見て、心配そうに騎士は声をかけた。
「大丈夫ですか御嬢さん?」
「……あまり、だいじょばないです」
少女は呼吸を整えながら、素直に答える。
レティシアは顔に真剣な色を浮かべながらも尋ねた。
「それで、お金持ちがどうしたのですか」
「ですからそっちじゃないですってば……」
レティシアはさすがにもう冗談は通じないですね、と胸中で呟いた。
何が起きたのか半ば悟りながらも、真面目に問うた。
「――それで立地……ではなくて、リッチがどうしたのです?」
急いで言い直したが、結局雰囲気をぶち壊してしまった。断じてわざとではないが。
だが少女はやっと話が進むことに気を取られ、そんな事には気が付かなかった。
「リッチがいたのですよ! それも堂々と日の光を浴びてッ!」
騎士とメイドは「あぁ、やっぱり」と、そろって完全に事情が読めてしまった。読めたが故に、おびえる少女にどう説明しようか迷ってしまう。
だがタイミング悪く『それ』は後ろから追いついてしまった。
「すまなかった。どうやら驚かせてしまったようだな」
「っ!」
後ろからかかった声に、少女はまるで毛の逆立った猫のようなありさまになりながらも、後ろを振り向く。そして残りの二人は、あまりのタイミングの悪さに手で顔を抑えてしまった。
立ち止まっていたリッチが一歩近づくと、少女はびくっ! と肩を震わして、二人の元へと後ずさる。
だがその拍子に、つまずいてしまった。
「あっ」
その声は誰のものであったのか。
少女は今まで二人と話していて、リッチは少女の後ろから来たのだった。少女がリッチの方を振り向けば当然、後ろには騎士とレティシアがいる。
つまずき、後ろ向きに倒れ掛かった少女は思わず、バランスを取ろうと手を振り回してしまう。
そんな彼女を、とっさに後ろにいた騎士が抱えようとする。
だが駆け寄る彼の頭上には、少女の細腕が迫っていた。
がんっ、と小さく鈍い音が響く。
それは慌てて振り回した右手が、抱えようとした騎士の兜にクリーンヒットした音であった。
騎士はしっかりと、少女を受け止めることに成功した。
しかし騎士の兜は頭上を舞い、そして落ちた。
「す、すみませ――――」
すぐに少女は謝り後ろの騎士を振り向いた。否、振り向いてしまった。
状況を一番理解しているレティシアは天を仰いでしまう。
少女の振り向いた先にあったのは、今さっきも見たものだった。
それは白かった。
伽藍とした虚ろな穴が二つ。
鼻はなく、唇もなく、歯は剥き出し。
余計な肉どころか、必要な肉も皮さえも無い。
そして、ただただ白かった。
「しまっ――」
「――うにゃぁあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
少女は『骨から逃げて骨に追いつかれ骨に抱えられる』というあまりの事態についに気絶してしまった。
追いついたリッチことバロン男爵は、少女にいきなり叫ばれた同志の肩に優しく手を置く。
スケルトンナイト、騎士ハウエルはうなだれることしかできないのであった。