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02話 後ろからこんにちわ

 わたくしはメイドです。暇な時間はあまりありません。

 

 まったく、バロン様も困ったものです。

 せっかくの新人さん候補ですのに朝からふらふらと。昼食はベルさんに頼みましたが、あちらもいろいろと不安ですし。


 趣味で始めたことですのに、何故これほど忙しいのでしょうか?




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「――というわけでバロン様を探しているのですが、何処にいるか知りませんか?」


「んー。ボクは見てないなあ」


「残念ながら私も見ておりません、レティシア様」



 そうですか、とレティシアと呼ばれた少女がため息を吐く。

 彼女の前には二人の人物がいた。


 先に答えた一人は、明るい金色の髪を肩まで伸ばし、まだ肌寒いのに足を大きくむき出しにした動きやすい恰好の少女。


 後に答えたのは、全身鎧を身にまとった騎士。

 声からして青年だが、隙が一切なく、かなりの手練れのように見受けられる。

 声にしても動作にしてもまさに騎士、といった感じであった。


 少女は両手を頭の後ろに組んでのほほんと答え、騎士は礼儀正しく答えていた。

 

 

「そういえばベルはどうしたの? よく一緒にいるよね」


「ベルさんには昼食の方を頼みました。そろそろ一人で、色々と出来る様になってきましたので」



 少女の質問にレティシアは答えたが、横から懐疑的な声が上がった。



「……それは……大丈夫なのですか? いつか、ゲル状のナニかが食卓に並んだと聞きましたが」


「大丈夫ですよ。『ゲルごはん事件』は何か月も前の話ですし、彼女も日々成長しているはずですから、きっと大丈夫なはずです。――たぶん」


「あはは……あれはちょっと勘弁してほしいかなー。栄養はあるんだろうけどなんかね。この世の終わりか、世界の果てを見たような気がしたんだよね」


「……はずとかたぶんとか、不安しか感じないのですが」



 騎士は的確に指摘し、そんな彼に少女はかみつくように抗議した。



「君はどうせ食べないんだから良いじゃないか! ボクは結局アレを食べたんだからね! というか食べないと涙目で見て来るんだよ!」



 はっきり言ってお先真っ暗だよ! と少女は嘆く。

 

 はたして少女の未来はいかに。それは現在厨房で昼食を作るメイドのみぞ知るのであった。

 少女はそのまま来たる未来に脅え、その場を走り去って行く。

 残った騎士も歩き出そうとしたところで、ぴたりと足を止めた。


 何せ、大きな足音とともに、悲鳴がこちらに向かってきているのだから。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「きゃああああぁぁぁぁぁ!」



 少女は走る。先ほどまで一緒にいたメイドを探し、ただひたすら走る。自分どころか、この城の者たちの命の危機なのだから。

 それゆえに、自分がいまだに叫び声をあげていることにすら気づかない。



(大変だ大変だ大変だ! なんでこんな所にリッチがいるんですかッ!?)



 少女の焦りの原因は、先ほど遭遇したリッチのせいだった。

 

 リッチとは死霊系の魔物の中でも特に高位の存在であり、同時にかなり珍しい存在でもあると言われる。大して理性もなく、扱う魔術もへっぽこもいいとこなリッチもどきはけっこういるが。


 真のリッチとは確かな理性を持ち強力な魔術を使いれいを知る、魔物どころか魔族であることが多い存在。

 だが中にはよこしまな考えに取りつかれた、碌でもないような理性を持つリッチもいるのだ。非道外道の所業など朝飯前な者すらいる始末。

 

 だが少女の最大の焦りの原因は別にあった。



(あのリッチ、何で日の光を浴びてた・・・・・・・・んですか!? おかしいですよ! あのリッチ、絶対危険です。早く知らせないと!)



 そう。少女が驚愕するように、本来死霊系の魔物のその多くが、日の光を浴びることができないのである。


 霧や靄などに通して光を弱めることによって、かなり弱体化しながらも、光を浴びれる個体もいるにはいる。

 だが先ほどのリッチの様に、堂々と直射日光を浴びていれば、日の光に影響を受ける種族であればほとんど即死か重傷レベル。

 そしてリッチという種族は、即死こそしないものの、大きく影響を受ける。

 

 だというのに、先ほどのリッチはまるで意に介さずに話しかけてきたのだ。


 どれほど力が強ければ、霊格が高ければ可能なことなのか。

 それとも特殊な個体なのか。何にしても危険なことには変わりないのであった。


 慌てながらも来た道を戻ったことが功を奏したのか、角を曲がった少女は先ほど別れたメイド、レティシアと見慣れぬ鎧を着た騎士を見つけた。

 


「レティシアさん大変です! 逃げてくだされ!」


「落ち着いてください、あと語尾おかしいです」



 レティシアはまことに冷静であった。



「いきなりどうしたのですか?」



 はい深呼吸、というレティシアの声に少女は従って、大きく数回、深呼吸を繰り返す。


 が、すぐにまた叫びだした。



「って深呼吸している場合ではござりませぬ! お早くお逃げくだされ!」


「分かりましたからまず落ち着いてください。語尾どころか普通におかしいです」


「失礼、御嬢さん。レティシア様の言う通り、少し落ち着きましょう」



 見かねた騎士が、レティシアに助け船を渡した。

 少女は見かけないどころか、今日レティシア以外で初めて出会う人に気が付き、少し頭を冷やした。


 そしてもう一度深呼吸をして、口を開く。



「とにかくお二人とも早く逃げてください。あぁ、今日誰にも会わなかったのはもしかして……」



 深呼吸はあまり効果がなかったようだ。



「はぁ。とにかくいったい何があったのです?」


「そ、それがっ」

 

「はい」


「り、りりり」


「「りりり?」」


「リ……リッチが!」


「「お金持ちがどうしたのです?」」


「そっちじゃありません!!」



 少女は思わず大声で否定した。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ぜぇ、ぜぇ、と息を荒げる少女に向かって、呆れたような二つの視線が刺さる。

 その様子を見て、心配そうに騎士は声をかけた。



「大丈夫ですか御嬢さん?」


「……あまり、だいじょばないです」



 少女は呼吸を整えながら、素直に答える。

 レティシアは顔に真剣な色を浮かべながらも尋ねた。



「それで、お金持ちがどうしたのですか」


「ですからそっちじゃないですってば……」



 レティシアはさすがにもう冗談は通じないですね、と胸中で呟いた。

 何が起きたのか半ば悟りながらも、真面目に問うた。



「――それで立地……ではなくて、リッチがどうしたのです?」


 

 急いで言い直したが、結局雰囲気をぶち壊してしまった。断じてわざとではないが。

 だが少女はやっと話が進むことに気を取られ、そんな事には気が付かなかった。



「リッチがいたのですよ! それも堂々と日の光を浴びてッ!」



 騎士とメイドは「あぁ、やっぱり」と、そろって完全に事情が読めてしまった。読めたが故に、おびえる少女にどう説明しようか迷ってしまう。


 だがタイミング悪く『それ』は後ろから追いついてしまった。



「すまなかった。どうやら驚かせてしまったようだな」


「っ!」



 後ろからかかった声に、少女はまるで毛の逆立った猫のようなありさまになりながらも、後ろを振り向く。そして残りの二人は、あまりのタイミングの悪さに手で顔を抑えてしまった。


 立ち止まっていたリッチが一歩近づくと、少女はびくっ! と肩を震わして、二人の元へと後ずさる。

 だがその拍子に、つまずいてしまった。



「あっ」



 その声は誰のものであったのか。


 少女は今まで二人と話していて、リッチは少女の後ろから来たのだった。少女がリッチの方を振り向けば当然、後ろには騎士とレティシアがいる。


 つまずき、後ろ向きに倒れ掛かった少女は思わず、バランスを取ろうと手を振り回してしまう。

 そんな彼女を、とっさに後ろにいた騎士が抱えようとする。


 だが駆け寄る彼の頭上には、少女の細腕が迫っていた。


 がんっ、と小さく鈍い音が響く。

 それは慌てて振り回した右手が、抱えようとした騎士の兜にクリーンヒットした音であった。


 騎士はしっかりと、少女を受け止めることに成功した。

 しかし騎士の兜は頭上を舞い、そして落ちた。



「す、すみませ――――」



 すぐに少女は謝り後ろの騎士を振り向いた。否、振り向いてしまった。

 状況を一番理解しているレティシアは天を仰いでしまう。


 少女の振り向いた先にあったのは、今さっきも見たものだった。



 それは白かった。

 

 伽藍とした虚ろな穴が二つ。

 鼻はなく、唇もなく、歯は剥き出し。

 余計な肉どころか、必要な肉も皮さえも無い。

 

 そして、ただただ白かった。


 


「しまっ――」


「――うにゃぁあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」



 少女は『骨から逃げて骨に追いつかれ骨に抱えられる』というあまりの事態についに気絶してしまった。

 追いついたリッチことバロン男爵は、少女にいきなり叫ばれた同志の肩に優しく手を置く。



 スケルトンナイト、騎士ハウエルはうなだれることしかできないのであった。

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