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15話 黒の忌み子

 私はメイドです。ただ今休憩時間なんて余裕はありません。


 先ほどミュールさんが血を吐いて突然に倒れてしまいました。しかも骨もいくつか折れてしまっています。

 先ほどまで元気でしたのにいったい……。


 私が医術式で応急処置を施している間に、バロン様が信頼する方を呼んでいます。

 違う大陸に住んでいますが、このような事態ならばすぐに駆けつけてくれるはずです。


 ミュールさん、死なないでくださいね。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「――――――――」


「――――――――?」



 声が聞こえる。



「――――――――、――――です」



 体は動かず目は開けることができず、まるで自分の体が自分の物ではなくなったみたいです。

 私の意識はぼんやりとしていて、周りが何を言っているのかはよくわからない。気を抜くと、すぐに意識が闇の中に落ちそうです。

 

 私は……いったい、どうしたのでしたっけ?


 考えているけれど、やっぱり意識がぼんやりとしてしまって難しい。無理をして思い出そうとしてみると、何故か体が痛いような錯覚になります。


 落ちてしまいそうになる意識を必死に保ちながら考えていると、さっきから聞こえていた声が、ほんの少しずつ鮮明に聞こえるようになった。

 どうやらバロン様とレティシアさんの声のようでした。



「―――――、その時の―――を教えてく―――」



 ここにいるのは、どうやら二人だけじゃないみたいです。さっきから二人に話しかけている人がいるみたい。でも知らない人でした。


 途切れ途切れに聞こえますが、その声が、まるで軽やかな鈴の音のように、とても綺麗な声だとわかります。心が洗われるようです。

 ちょっと羨ましく思ってしまったのは内緒ですよ。


 ああ、とても心地よくて睡魔が……っと、危ない危ない。

 あんまりにも綺麗な声なものだから、うとうとしてしまいました。


 あれ? どうやら三人の様子が変わったみたいです。見知らぬ人の声に聞きほれていたら、どうやら今までの話が終わったみたいです。

 それにしても、この、体の重さはどうにかならないでしょうか。自分の体が自分のものじゃないみたいで、全然動きませんよ。


 ん? 何となく見知らぬ女性が近づいてきているような……って、何故か私の体が触られています!? 

 な、何をしているのです!? ちょっ、そこはやめてくださ――きゃああああ!?



「まあ、だいたい分かったか」 



 何がです!? 何がですか!? 何を知ったのですか!? 言っておきますけど私は着やせする方ですからねっ! って何を言っているのですか私ッ!?


 はぁ……私達エルフは、自分に触れる相手を選ぶと言うのに……。

 個人差はありますけど、認めない相手には、同族にさえ触れさせないというのに……しくしく。くすん。

 綺麗な声の方でしたし、触れている時の手も嫌な感じはしませんでしたし……それに、どことなく心配そうな声でしたから、今回は良いですけど。


 ん? その見知らぬ女性が何やら、また二人に話しだしたようです。



「おそらく、というか、ほぼ確実だな。無茶な方法で魔弓術を使用したためだろう。それとその後も、無理を続けていたからだ」



 ……あ。

 あああああああああ!!!

 そうだ、思い出しました! ベルさんと一緒に迷子になって、激痛がするわ吐血するわで倒れていたたたたたたたたた…………。


 思い出したら何故か痛いですよ? 思い出し笑いならぬ、思い出し痛みですかこれは。あた、あぁったたたたたた。鎮まれっ、我が両腕よ!


 ふう、何となく言ってみたら治まりましたね。

 そこはかとなく、恥ずかしいのですけど。



 気を取り直して三人の会話に耳を傾けてみると、どうやら私が混乱している間に、詳しい説明が終わってしまったみたいです。

 内容は私の怪我の原因など。

 私も聞かないといけない内容じゃないですか。



「薬は作っておくから、とにかく安静にさしてくれ。ああ、あと私は今日泊まるから。二人にもそのつもりで言ってしまったし」


「空き部屋なら沢山ありますので、問題ありません」


「特に構わないよ。ところで――」


「みゅーるは治るの?」



 バロン様の声を遮って、唐突にベルさんの声がしました。ここにいるのは三人だけかと思っていたのですけど、どうやらベルさんもいたみたいです。

 ベルさんの声は悲しそうな感じがして、倒れたときの泣きそうな顔が思い浮かんでしまいました。



「ふふふ、聞いていた通りこの子にべったりなのだな」


「いいから答えて」


「大丈夫だよ、ベル。重傷ではあるが、このの怪我はちゃんと治るさ。それとも、私の言葉が信じられないのかな?」



 クスクスと、何故かとても楽しそうに笑っています。

 ベルさんはその言葉に、どうやらそっぽを向いたようです。特に反論もなく何も言わないあたり、ずいぶんと信頼しているようです。


 いったい、どういったご関係なんでしょうかね?


 ちょっとした間の後、バロン様が口を開きました。



「話を戻すが、少し頼みたいことがあるのだがいいかな?」



 さっきから、こうやって聞いていて思ったのですけど、ベルさんだけでなく皆さんは、この女性と親しい感じなのですよね。


 特にバロン様とは、まるで旧友みたいな?



「汝との仲だからな。内容によるが、言ってみてくれ」


「ありがとう。それでその内容だが――ミュール君の怪我が治ったら、魔弓術や魔力制御について教えてやってくれないかな? 君の見立てが正しければ、魔力の暴走が原因のようであるのでな。それと、どうやらまだ、ミュール君は見た目通りの歳らしくてな。誰かに教わる機会もあまり無かった様であるし、吾輩たちに魔弓術に詳しい者はいないのだ」


「別にそれくらいは構わないが……むぅ。実は最近、似たようなことをしていてな。おそらく週に一、二回程度になるけれど、それでも良いか?」



 バ、バロン様。私のために頼んでくださるなんて、ありがたいです。


 少し申し訳なさそうな声にバロン様が了承した後、見知らぬ女性は何か気になったのか、バロン様に尋ねました。



「ところで何故、ハーフとはいえエルフがいるのだ? 汝が見た目通りと言うことは、だいたい十三、四くらいであろう? その年齢で一人でいる、しかもこんな城にいるのは妙な気がするのだがな」


 

 「この大陸にはエルフは少ないし」って続けましたけど、この大陸に住んでいるエルフって少ないんですね。初めて知りました。



「ああ……その、まあ……怒らないで聞いてくれ」


 

 何故か、急にバロン様の歯切れが悪りました。

 続いて女性が喋りますが、少し声に笑いの色が含まれています。



「ふん? ああ。――あ、汝が誘拐したとか、ロリコンに目覚めたとかなら無理だぞ。ミリアムに報告するから覚悟するがいい」


「ちょっと待ってくれたまえ! 何故いきなりそうなるのかね。違うぞ、断じて違うぞッ!」


「――男爵の爵位を持つ者にはロリコンが多いというデータがここに……」


「異議を申し立てるぞっ! あとレティシアも、そんな目で吾輩を見なでくれないかな!? そんなわけないからな!?」


「というのは冗談だが」



 あはははは、と彼女は笑います。バロン様の声がした方から、がっくりと肩を落とす気配がしました。

 ところで、ろりこんって何でしょうね?


 立ち直ったバロン様は、ごほんと咳払いをして話を戻します。



「あー、怒らないでくれな? 実は……ハーフエルフという理由で不当な扱いを受け、里を追われたそうなのだ。言い難そうだったが、他にも何か――」


「――その阿呆共はいったい何処の誰だ?」



 ああやっぱり怒ってしまいました、とレティシアさんの嘆く声が聞こえました。

 あまり楽しくない話ですけど、いったいどうしたのでしょう? 女性の声には、何故か多分に怒りが籠もっていました。



「あ、あの、な? 少し落ち着いて――」


「――何処だ?」



 こ、怖いですっ。さっきまでの優しい雰囲気とは大違いです。

 まるで、今から殺しに行くかのように殺気立っています。

 もし体の自由がきいたら、私、震えていましたよ?

 

 でも、何でこの人は、ここまで怒っているのでしょうか?

 私のために怒っているように聞こえます。でも、知らない人ですし向こうも私のことは知らないようですのに。


 いったい、何故?



「じ、実はそれ以上聞いてなくてな。あまりそういうことを無理に聞くのは、良くないであろう? 聞かれて楽しいことでは間違ってもあるまいし」


「……はぁ。まあ、確かにそうだな」



 バロン様の言葉に、女性は力が抜けたようにため息を吐きます。

 バロン様も怒りが静まったことに安心したのか同じように息を吐き出しました。


 あれ? バロン様、どうやって息を吐いているのですか?

 肺、ありませんよね?



「……言いにくそうにしていた部分が何か気になるが、やはり今後も、聞くのはよした方が良いだろうな」


「そうだが、まぁ……ハーフエルフという理由で不当な扱いをするような輩なら、その残りの部分の方も見当はつくさ」


 

 ぞっ。


 見知らぬ女性の言葉に寒気がしてしまいました。

 こうして診察してくれる人なのですから、そんなことはないと思う。けれど、どうにも不安になってしまいます。


 動悸が速くなってきた私には、黒髪の女性がため息を吐くのが見えました。

 って、あれ? いつの間にやら薄目だけど目が開いています。

 まったくいつの間に。目が開くわりには体は全く動きませんけど。


 目が開いたので、恐る恐る見知らぬ女性を見てみると、後姿だけですけど……すごい、とんでもなく綺麗な人でした。

 少しだけ見える肌はまるで雪の様。髪の毛は星のない夜空のような漆黒です。その髪の毛の横から尖った細長い耳が、って……あれ?


 ――もしかして……同族エルフ


 思わずじっと見ていると、私の視線に気づいたのか、こちらを振り向きました。

 

 すると、そこには女神がいました。


 思わずそんな言葉が出るくらい、もしかして、本物の女神様なんじゃないかって思ってしまう程に綺麗でした。


 私が今まで出会った人たちの中で、一番綺麗な人は誰かといえば、レティシアさんです。

 レティシアさんも、女神様のような、という言葉が出てくるくらいですけど、目の前にいる同胞エルフは、そんなレティシアさん以上に綺麗な人でした。


 そんな彼女の瞳の色は金色こんじきで、まるで薄く光っているように見えました。


 漆黒の夜空をそのまま切り取ったような髪。

 その夜空に二つだけ輝く、金色こんじきの星の如き瞳。

 雪のような肌に、誰もが羨みそして見惚れるであろう容姿。


 どれをとっても完璧であり、喧嘩することなく見事に調和していました。

 ただただ、美しいという言葉しか出てきません。

 むしろ、どんな言葉でも完全に言い表すことは出来ず、単純に、もしくは率直に、何も飾らずにただ『美しい』と言うことこそが正しいのではないでしょうか。



 とんでもない美人さん……というか美少女さん? ということ。そしてそれが同胞であることに気付いて慌てていると、その彼女エルフは私が起きたことに気付き、少し驚いたように目を開きました。


 しかも、ゆっくりとこっちに近づいてきます。


 

「おや、起きたのかな?」



 近づいてくる彼女があんまりにも綺麗なのと、さっきの言葉で、心臓がばくばくと暴れています。そうやって混乱している間にも、どんどんと近づいて行き、私の前で止まりました。


 なんて言われるのか身がすくむ様な気持ちでいると、彼女はクスリと笑って片膝をつき、私と同じ目線で見てきました。



「今は眠ると良いよ」

 


 そう言って、ぽんっと手を私の頭に乗せました。思わず拍子抜けしてしまうくらいに、何気なく。

 その仕草と微笑みで、さっきまでの混乱や警戒心が嘘のように消えました。

 そのまましばし呆然としていると、今度は急激に眠気が襲ってきます。


 眠りに落ちる寸前、女神のような同胞エルフが呟くのが聞こえました。



「――汝は黒の忌み子ではないよ。安心すると良い」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




ミュールの黒髪を撫で続けるアインに、後ろからバロンが声をかけた。



「ふむ。起きていたのか?」


「そのようだな」



 そっけなく答える。


 何故アインがこの城にいるのかというと、ミュールが倒れてから応急措置をした後にバロンが呼んだのだった。

 数日前に来たばかりなのに、またほんの少しの時間だけで大陸を越えて来る・・・・・・・・のはいい迷惑のはずだろう。

 だが、嫌な顔一つせずに診察をしてくれた。


 ミュールを見るその瞳にはいくつかの色が混ざっている。

 その中には、同情と憐憫の色がたしかに存在していた。



「それで、レティシア。汝がそばにいながら、ここまで無理無茶をするとはどういうことなのだ?」



 アインは名残惜しそうに、ミュールから手を放して立ち上がると、腰に片手を当てて咎めるような色が多分に含んだ声で聞く。

 問われたレティシアは少し下を向きながらも、言い訳をせず、きちんと受け止めていた。



「文句のつけようもなく、私のせいです」



 アインは目線で続きを促す。



「妹ができたような感じがして……嬉しくて、これぐらい……できるって……はしゃいで…………」



 言葉はだんだんと途切れ途切れになるとともに、その顔は下を向いていく。レティシアの両手は自身のスカートを握りしめて震えていた。


 それを見たアインは若干声を和らげる。



「……もう過ぎたことではあるし、汝が悔やんでいるのならば、これ以上は言うまい。――しかし、妹ならばベルもいるであろうに。そんなことを言ってしまうと拗ねてしまうぞ? おもに私が」



 何故貴女がなんですか、と小さい声ながらもレティシアは答える。

 もうそこには、先ほどまでのような悲壮な印象はない。



「ベル、汝はどうなのだ?」


「……どうって?」


「今回のことは本人の言う通り、レティシアのせいだろう。なら私が驚くくらいにその子に懐いた汝はどうするのか、と聞いているのだ」

 


 ベルは何かを言おうと口を何度か開くが、結局言葉は出てこず、下を向く。



「……わからない。レティーはああ言ったけど。私がその立場だったら、はしゃいで同じことになるかもしれな――わぷっ!?」



 頬を膨らませながら答えるベルに堪えられなくなったかのように、アインが抱き着いてきた。

 ベルは特に嫌がるそぶりもせず、そんな彼女に何が嬉しいのかアインは微笑みながら、さらに頬ずりをする。



「――ふふふ」


姉様・・。いきなり何?」


「ふふ。なに、ベルがあまりにも可愛らしくなったのでな。私以外に、ここまで誰かに懐くとは思ってもみなかったのだよ。汝、最初の頃は結構酷かったのだぞ?」



 時々、抱きしめる手が変な動きをしたりするが、ベルは気にしていない。


 どうしたらここまで懐くのかとアインが考えていると、調子を取り戻したレティシアが教える。

 教えられたアインは最初は信じられなかったが、それを嬉しそうに肯定して見せたベルの表情を見て、納得せざるおえなかった。



「むぅ……まさか、ベルのゲルごはんを笑顔で食べて美味しいと言うとはな。バロンが言っていた驚愕物とは、このことであったか……」


「ぶぅ。何でみんな驚くの」


「アレを美味しいと言える味覚の心配をすればいいのか、もしくはアレを美味しいと言える様な食生活だったのか……いかん、涙が出てきてしまったぞ……」



 迫害を受けていたという実績があるために、説得力があって大変悲しくなってしまった。 




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 次の日の早朝、様子を見にアインは一人でミュールの部屋に入った。

 

 ぱっと見た限り、ミュールの部屋は相も変わらず私物が少ない。

 しかし以前よりは増えている。街で買ったものがいくつか置いてあり、タンスの中には買った服が入っている。


 中には何故かドレスを始めとした、ミュールには内緒で買った物もあった。

 恥ずかしがって買いもしないだろうと思い、密かに買って後日着せるつもりだったのである。タンスを開けたとたんに覚えのない服が出てきて、慌てる姿を想像して楽しむ目的もあるが。


 一般的な使用人の部屋としては、破格と言えるほどその部屋は広い。

 部屋の奥の方の窓際にベッドがあり、すぐそばに椅子が置いてある。

 ベッドの近くには机があり何冊か本が置いてある。反対の方には数人でお茶が飲めるくらいの丸テーブルがあった。


 アインは気になって机の上にあった本の題名を見た。


 【一から始めるメイド道 著者レティシア・ローレス】

 【使用人の心得】

 【ザ・サバイバル】

 【おいしい草の見分け方】

 【忘れ去られし境界神の神話】

 【華麗なる埋葬術 著者バロン・サリヴァン】

 【萌えとはこの世の真理である 著者魔王アイリアン】

 【簡単に美味しくできる料理術 著者魔王ミリアム】

 【メイド道の極意 著者レティシア・ローレス】

 【どじっこメイドについての考察 著者レティシア・ローレス】


 フッ、と華麗にスルー。

 何処から突っ込めばいいのか、まったく分からない。


 アインの手には、粉薬を包んだ薄い紙がいくつもある。他にも簡単な薬を作るための道具と材料を持っていた。

 どう見ても、看病のついでに作るつもりである。


 紙に包んであるすでに完成している薬は、ミュールが起きたら飲ますものだ。昨日のうちにとりあえず作っていたものである。

 粉薬だけでは飲みにくいため、水を用意するべきだが、その手にはもっていなかった。

 何故なら、いつ起きても水は飲めるようにと、レティシアがコップと水差しを置いていたからだった。


 ちなみに水差しはちょっとした魔道具であり、一か月経とうとも中の水は新鮮なままになるのだ。

 とは言え、たとえ一か月放置しても新鮮だとしても、気分的な問題でそんなものは飲みたくないので、放置なんてされやしないのだが。


 アインは荷物を丸いテーブルに置き、そんな水差しの水をコップに注ぐ。

 そして片手を腰に置き――

 


「ん~、冷たい!」



 ミュールが飲むべき水を、自分で飲んでいた。

 弁解しておくと、そろそろレティシアが水差しの中身を交換しに来る。どうせ交換するのなら、というもったいない精神である。


 水を飲んでさっぱりした後は、ミュールを起こさないように気をつけながら、どこか異常がないか視た・・


 問題は無い様なので、椅子に座りテーブルの上で薬草をすりつぶし始める。



「……ん」



 三十分ほど経っただろうか。その間に一度、レティシアが水の交換に来た。

 そして今、ミュールが目を覚ました。


 億劫そうに体を起こそうとするが、腕や体のあちこちから痛みが走るので、やがて諦め天井を見上げて呟く。



「……ここは…?」


「汝の部屋だよ」


「へ?」



 ほとんど独り言のようなものだったので、返事が返ってくるとは思わなかったのだろう。ミュールは声がしたことに驚く。


 ゆっくりと首を動かし、やがて返事をしたアインを視界に収めた。



「あ……、あの時の……」


「こらこら。重傷人なのだから無理して動かない」



 他人がいるのに呑気に寝ているわけにはいかないと思ったのだろう。痛む手を支えにして、体を起こそうとしていた。

 アインはそれを止めようとしたが、水を飲ますのにちょうど良いと思い、寝かすのではなく助け起こしてあげる。


 助け起こすと、水差しからコップに水を注いで手の痛いミュールに代わって、口まで持っていき飲ました。



「ほら、水を飲むと良い」

 

「……ありがとうございます」



 んくっんくっ、とミュールは喉を鳴らしてすぐに飲み干してしまった。



「もう一杯飲むかな?」


「いえ、結構です」



 コップを置いたアインはベッドの前の椅子に座った。



「さて、何から話そうかな」


 

 そう言ったアインに、ミュールは感謝の言葉を告げた。



「いきなりどうしたのだ?」


「お医者様なのですよね? ありがとうございます」


「ああ、そういうことか。気にしなくても良いよ。私がいなくても死にはしなかっただろうし、そもそも私は医者ではないしな」


「お医者様ではないのですか?」


「うん。まあ、感謝の言葉はありがたく受け取っておくよ」



 薬こそ作れるが、別にそれを生業にしているわけではないのだ。



「怪我を負った経緯はわかるかな?」


「あ、はい。魔弓術が原因ですよね? そう言っていましたし。――それで、私が倒れてから何日たったのですか」


「そういえば、あの時起きていたのだったな。汝が倒れたのは昨日の昼過ぎだよ」



 まだ全然日にちが過ぎていないことにミュールは驚いた。何日も眠ったままかと思ったのだが、見事にその予想は裏切られた。


 その後、いくつか異常がないか問診を受けたが特に問題は無かった。。

 


「さて、お待ちかねの怪我の内容の報告と行こうではないか」


「全然待ちかねていませんからねっ?」



 さすがに、こんな状態ではツッコミは弱弱しい。

 ミュールはその内容にかなり不安を覚えていたのだが、見事に予想が当たってしまう。

 予想以上に、自身の怪我が酷かったのだ。 



「まず両腕は骨折、筋肉もかなりずたずた。肋骨も何本か折れかけていたな。足は比較的ましであったが少しひびが入っていた」


「……へ?」


「ここからが本番なのだが、まずは肺。片方が潰れていて、腎臓も片方が潰れかけていた。他にも、多くの内臓が傷つき筋肉の損傷もあった」


「……」


「応急措置で内臓は半分以上治ってはいる。が、後は自己治癒に任せることにした。レティシアの医術式の腕はなかなか優秀だな。骨折の方も少しくっつけておいたから安静にな。無理するとまた折れてしまうぞ。あはははは」


「…………」



 ミュールの目からは、もはや光が失われていたが、アインは気づかない。

 そのまま滔々と続ける。



「私は医術式は苦手なのでな。ああ言っとくが医術式で全部直すのはよろしくないから、あとは自己治癒任せだから。あと当分魔力使うのも控えるように」



 人差し指を立て、ミュールの唇の前に持って来て絶対安静と言っているが、そんなことはミュールの耳に入ってこなかった。


 ミュールはわなわなと震え、突如として叫んだ。 



「な、な、な何なんですかその怪我は!? いったいどうしたらぁぁぁぁたたたたたたたたたたたたた!?」



 お馬鹿さんミュールは激痛に悶えてしまい蹲る。

 アインは呆れた目で、それを見守っていた。


 痛みが落ち着いてきたころ、声をかけられる。



「汝、大丈夫か?」

 

「つ、ついうっかり……」



 普通の怪我人はついうっかりで叫ばない。



「あの……それで、何故そんな怪我になったのですか。確かに痛みとかはありましたけど、そこまでではなかったのですけど」



 確かに、先日からずっと腕が痛かったりしたが、所詮その程度であったのだ。



「原因は無茶な魔弓術の使い方をしたのと、同じく無茶な魔力の操作制御。そして何よりその後、暴走しかけていた魔力を、これまた無茶な抑え込みかたで抑えていたこと」


「無茶……ですか?」


「そう。慌てていたのもあるのだろうけどな。魔弓術と魔力の制御で無理をしても、本来はもっとましだったはずなんだが、その後の暴走しかけた魔力がな……」



 確かにバイオレンスボアを倒した後、魔力の流れが乱れた。自身でも良くない魔力の使い方をしたと思っていて、体内の魔力の流れを正そうとはしていたのだ。

 何故か日が経つにつれ気分が悪くなっていったが、暴走というほどではなかったと思ったのだが。


 ミュールが答えると、呆れたような溜息をつかれた。


 魔弓術の方法どころか魔力の制御操作さえまともに教えられなかったのだろう。 良くて見よう見まね。迫害されていたことを思えば簡単に予想できる。

 ほんの少しならまだしも、今回の様な状況では体の負担も大きかったのだろう。


 アインはそういった。



「流れを正そうとして、逆に変な流れにしてしまったのだろうな。それも最悪に近い形で。結果を言えば、正しくない流れによって溜りに溜まった魔力が、決壊するように暴走したのだ。そのため、元々ひびが入っていた腕は骨折して筋肉はズタズタ、内臓まで影響を及ぼしたわけだ」




 話が終わるとミュールは俯いてしまう。

 自身の未熟ゆえに起きたことだった。浮かれていたのは、誰よりも自身だったのだと気づき恥じているのだった。


 アインの予想した通り、自身の使う魔弓術や魔力の操作は、里の者たちの見よう見まねだった。

 そんな拙い業で、自分はいったい何をしようとしていたのか。もしかしたらその場で仲間たちを傷つけていたかもしれないのに。


 言葉もなく自身を責めているとアインが立ち上がる。

 彼女も自分を責めるのかと、ミュールが情けなく震えていると、ぽんっと頭に手が乗せられた。



「……へ?」



 ミュールが呆然と見上げると、今度はわしゃわしゃと撫でまわされる。



「わーわーわー!? か、髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃいますよー!」


「ふふん、元気が出たかな?」


「げ、元気って……」


「む。――この馬鹿者めー」



 ごすっ。

 アインの棒読みのセリフにチョップ。地味に痛い。


 頭を抱えて涙目で見上げると、アインはリスのように頬をふくらまし、ぷんすか怒っていた。



「だからこれから、私が貴女に教えるので・・・・・・・・・・すよ・・?」


「……え?」



 ミュールがいきなり口調の変わったアインに驚いているが、そんなのはお構いなしに彼女は続ける。



「今後暴走しないように私が教えるのです。つまり先生です。先生の言うことには従いましょう。というわけでもう気にしない! 以上!」


「え……は、はい!」



 よくわからないうちに強制終了させられてしまった。

 しかし、今まで悩んでいたのがアホらしくなったかのように、ミュールの胸は軽くなった。


 ミュールは彼女の言う通り、うだうだと悩むことはもう止めることに決めた。



 ミュールはそういえば自己紹介をしていなかったと、気が付いた。先生になる人の名前も知らないとは失礼であると。


 だがそんなことよりも、純粋に目の前の人の名前が知りたくなった。



「あのっ、私はミュールといいます。貴女のお名前は何でしょうか?」


「私の名前はアイリアン。アインとでもリアとで汝の好きに呼ぶと良いよ」



 アイリアンはピコピコと耳を揺らしながら答えた。

 ミュールはその細長く尖った耳と夜空のような髪を見つめて、初めて見た時からずっと気になっている事を聞こうか聞くまいか悩む。

 一方アイリアンは、ミュールが何を聞ことしているのかを分かっているのか、ただ待っていた。


 やがて意を決したように顔を上げて、震える体を叱咤して尋ねる。



「あの、アイリアンさんはもしかして…………」



 しかしミュールは震える声で何とかそこまで言えたが、その続きが出てこない。

 震えているのは声だけではなく、膝の上で組んでいる手も。顔は青ざめ、続く言葉が自身にとって忌避すべきものだということを、如実に物語っている。


 だがアイリアンは、むしろそこまで言えたことを褒めるように、ミュールの頭を優しく撫でた。

 


「私はエルフだよ。そして――」



 一拍の間をおき、ミュールに微笑みながら答える。



「――『黒の忌み子』だ」


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