01話 脱兎のごとく
初投稿です。
暖かい目で見てください。
吾輩はリッチである。名前はあるが肉はすでにない。
かつて肉があり、皮があった頃のことは今も懐かしい。
しかし骨だけとなっても城を闊歩すること、城の者や訪れる者との日常は飽きることはない。本当の肉体などなくとも生きることは楽しいのだな。
そして今日もまた、そんな面白おかしい日が始まるのである。
――おそらく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――バロン様ー。何処ですかー?」
とある広大な城の廊下に、メイド服を着た少女の声が響く。
日はもうずいぶんと昇り、あと二時間もすれば昼食時であった。
「すみませんね、新人さん」
「い、いえ。大丈夫です」
そのメイドの後ろには若干挙動不審な黒髪の少女が一人。
大丈夫と言うわりには、かなり疲れ気味だ。
「それにしても、ずいぶんと広いお城ですね」
「単に広いだけですよ。――えぇ、そうです。無駄に広いだけです。無駄に」
ふふふ、と自嘲気味に暗く笑うメイドが一人。大事なことなので二回言いましたと聞こえてきそうである。
何を隠そうこの二人、朝食を食べてから何時間も城の主を探して歩き続けているのであった。
城が無駄に広いのと、主の性格ゆえに今も見つからないのである。
とそこで、黒髪の少女は先ほどから気にかかっていたことを聞いた。
「……あの」
「はい、なんですか?」
「今までずいぶんと歩いたのに、他の使用人の方たちに一度も出会っていないのですけど……」
そう。彼女の言うとおり一度も、だ。
これほど広い城を管理するのなら、当然使用人の数も増えてくるものである。
しかしいくら広いといっても、何時間も誰一人として出会わないのは奇妙なのだ。付け加えるならば基本、使用人の朝は早い。
「ああ……。まぁ、この城は主を含めて皆さん、いろいろと特殊ですからね」
「それに朝に弱い者もそれなりに居ますし」と続け、会話をしながらまだ見ぬ城の主を探し続ける。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――三十分後
「いませんねー」
「……そ、そうですね」
――一時間後
「バロン様ー! いい加減、ほんとに出てきてくださーい! そろそろ昼食の時間なんですよー!」
「(……つ、疲れました。この城、広すぎですよ……)」
――一時間半後
「……………………こうなったらもう、意地です」
「(……はぁ、はぁ、はぁ)」
――そして二時間後
「…………ふふっ、ふふふ。ふふふふふふ」
「(……あぁ、まだ見ぬバロン様。私はもう疲れたよ。あとお腹空きました――)」
そこにいるのは、近づきがたい雰囲気を放つメイドと敗残兵が二人だった。
ちなみに、敗残兵の名誉のために補足すると何度も言うようにこの城、無駄に広いのだ。
そのうえ華美になりすぎず、さりげなくけれども見事に調和の整った装飾がなされており、右から左へとキョロキョロしてたのである。
飽きさせない見事な配置であったが、逆に疲れを早めてしまったのであった。
体力無いだけだとか言わないであげよう。
「……ん?」
どうしたのです? と少し元気を取り戻した少女は、何かに気付いたメイドに尋ねた。
「近くにバロン様の気配がする……様な気がします」
「様な気がするって……。なら、とりあえず近くを探してみましょうよ」
「ええ。ですが貴女はここで休んでいてください、迷っても困りますので」
少女は頬をふくらましながらも素直にその言葉に従いメイドを見送った。
今なら三秒で迷子になれる自信があったが故に。
世界記録である。
とりあえず休もうとしたところ、少女はあるものを見つけた。あるものというか唯の日なたである。
まだ肌寒い季節、さらには寒くなりやす土地柄。
寒い廊下より暖かい日の当たる廊下に行くのはもはや世の理、世の真理などと自身に言い聞かせ、突き当りの日の当たる廊下に移動する。
「ふぅ、暖かいですー」
「――ふむ。確かに暖かい日の光だ。今日は良い日向ぼっこ日和のようだな」
「へ?」
ついさっきまで気配ひとつ無い、誰もいなかった廊下から声が聞こえた。
少女は声のした方へ、ギギギと油の切れたブリキ人形のごとく、ゆっくりと首を動かして声のした方へ顔を向ける。
その先にあるものを見て、少女の心臓は凍りついた。
だが、すぐに『ソレ』が全く動いていないのに気づき、少女は安堵する。
(なんだ、唯の人形か何かですか。まったくあの人もひどいですね)
少女は先ほど消えたメイドの仕業と思い、少しぷりぷりと怒る。
だがしかし、安心する彼女に先ほどの声がもう一度聞こえてきた。
「ところで見ない顔だがどうしたのかな? 迷子かな?」
少女は何処から声がするのか、それが分かってしっまたために再度凍りついた。
少女の視線の先で『ソレ』は、ガラス窓越しに外を眺めながら日の光を浴びていた。
優雅な服を着てその上にマントを羽織り、流麗な装飾のなされた杖を持つ手は余計な肉どころか必要な肉さえない。その眼窩はまさに虚穴のごとく。
そして『骸骨』は、正面に向けていた一切の肉のない顔を、右隣にいる固まったままの少女に向け、カタカタと喋りだしてきた。
「どうしたのかな、お嬢さ――」
「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
少女は元来た道へと、脱兎のごとく逃げて行った。
残された『リッチ』バロン男爵は、自分の見た目のことなどすっかり忘れ、『初対面の十代半ばほどの少女に大声で叫ばれた挙句に速攻で逃げられた』という事実に打ちひしがれ、虚ろな眼窩を手で押さえた。
見えない涙を流すかのように。
最後まで読んでくれてありがとうです。