明日の蕾
5月4日 日曜日 晴れ
「絵美ちゃん、さっき入荷した花水切りお願い!」
「はーい!」
ゴールデンウイークも終盤に差し掛かり、初夏の気候のこの日、アルバイト先のお花屋さんは来週に控えた母の日の準備で忙しかった。私はカーネーションで作られたうさぎの在庫を確認している手を止め、奥の作業場から聞こえてきた声に返事をした。ちょうどキリが良かったので、先ほど確認のため移動した花かごを元の位置に丁寧に戻す。作業場に向かおうと立ち上がろうとしたその時、
「あれ、もしかして久保田?」
名前を呼ばれて振り向くと、そこにいたのはクラスメイトの山岸雅史。
「なに、お前知り合いの紹介で最近はじめたバイトって、もしかして花屋?似合わねーなー!」
けらけらといつもの調子で山岸が笑っている。
正直、花屋って柄じゃないのは自分でもよく分かってる・・・が、それ以上に山岸が私のバイト先にいる状態を上手く飲み込めなくて、あまりにも不意打ちなこの状況にどくどくと心臓が早くなっているのを悟られないことに必死になった。
「うるっさいなー!山岸なんて花屋に立ち寄るのも似合わない癖に何やってんの・・・」
いつものように軽口を叩くが、ただの偶然でもなんだか特別な感じのする状況に本心は嬉しくて仕方なかった。学校以外で会うことなんて初めてで、慣れない私服姿に不覚にもときめいてしまう。いつもジャージか制服着崩して着てるのに、カッチリとしたジャケットなんか羽織っちゃって・・こういうのも似合うじゃん。
「まさくん。」
店内を見ていた女性が私たちの方に気づいて近寄ってくる。そこでやっと、山岸に連れが居ることに気づいた。
山岸に、最近できた彼女だ。
「ね、映画満席になったら嫌だし・・もう行こう?」
間近で見たのは初めてだけど、美人ってよりは可愛らしい人だった。黒目がちで、少し垂れた目元がふんわりした雰囲気を後押ししている。ふわっふわの髪の毛は胸元までのロングヘア、オフホワイトのコットンワンピ、口元についた淡いオレンジのグロス。女の子の王道って感じで誰がどう見ても、私と正反対だ。
同じ学校の先輩だから2人でいるところは何度か見ていて慣れている筈なのに、こういかにもデートを目の当たりにしてしまうのはちょっと・・きつい。
おう、と返事して山岸は外に向かう。
せっかく連休中に会えたんだから、もう少し話してたっていいじゃんか。すぐ返事をしてしまう山岸にも、なんだか無性にいらいらした。
「ありがとうございました。」
私が無理やり作った営業スマイルでお辞儀すると、彼女はこちらを少し見たが、そのまま歩き出してしまった。彼氏の友達なんだから会釈くらいしてくれても良いのに。やり場のない怒りで重い頭をあげると、映画館のあるショッピングモールの方向に歩きながら山岸が後ろに向かって手をひらひらと振っているのが見えた。上がった手と逆側に並んでいる彼女はその行為に多分、気づいていない。
あー、もう彼女ができた時点で玉砕してんのに、こんなことで嬉しくなっちゃうなんて本当バカ。
分かってるんだけど。諦めなくちゃいけないって。
山岸にとって私は、1番仲の良い異性の友達。私だって同じだったはずなのに、変わっていってしまったのは自分。彼女が出来ちゃったら、山岸と関わっていくにはこのポジションしかない。彼女のことで相談があったらいつでも乗ろうと思ってる。まぁ、早く別れちゃえって思ったり、喧嘩とかしてたらちょっと意地悪言うこともあるけど。それくらい、許される、よね?
「店長―、お先に失礼しまーす」
バイトの時間が終わり、裏口から外に出る。駅まで近道するために、私はメインの大通りではなく、裏道を進んだ先にある小さな公園を突っ切るのがバイト帰りの日課になっていた。公園に入り、進んだ先に口論をしているような2つの人影が見える。カップルかな、って思って通り過ぎようとしたが見覚えのある人物に思わず足を止めてしまう。止めてしまったがために相手の視界に入ってしまっただろうことに後悔するのはもう、遅かった。
「あ・・・久保田」
そのカップルは、どっからどうみても昼過ぎにうちの店に来店した、友達とその彼女だった。
口論していた側と、口論しているのにも関わらず足を止めてしまった気まずさで少しの間沈黙が流れる。
「あの、ごめん、私行くね!!」
空気に耐え切れずにまた進もうとして、
「待って!!」
ぐっと腕を掴まれた。驚いて掴んだ本人を振り返る。山岸の彼女だ。
「ちょっ、佳織!お前なんでそこまで」
山岸が彼女の手を解こうとするが、その前に、ぱっと腕を離された。
「久保田さん、ごめんなさい・・どうしても聞きたいことがあって。」
「・・・私に?」
彼女・・・佳織さん、は手こそ離してくれたが正面から、多分、睨まれている。
本題は、いきなりやって来た。
「貴方、まさくんのこと好きだよね?」
「え・・・」
私は口論の原因を理解すると同時に、心臓が早鐘を打った。これは、きっぱりさっぱり否定しなきゃいけない。違うよって、なんで山岸なんかって、笑い飛ばさなきゃいけないのは分かってるのに。言葉が、喉から出てこない。目線を上げると、山岸と目が合う。体温が、急上昇した。
顔が、耳が瞬時に赤くなっていくのがわかる。もうどうにも出来なかった。おそらく、佳織さんにはもうばれてる、山岸にも、多分。
せっかく、仲良くしてくれていたのに、気持ちを秘めたままでやってこれていた筈だったのに。何で大事な時に限ってこう・・・。色々なことをぐるぐると考え、涙が溢れそうになった。
否定しなきゃいけないのに、したくない。どっちにしろ佳織さんには私は敵なんだろう。山岸、にも?
「ごめんなさい・・でも、2人を引き裂こうとしてる訳じゃなくて・・」
そこまで言ってしまって、もう限界だった。2人の顔を、見れなかった。私は、ずるいってわかっていながら、その場を駆け出した。
「おい!久保田!」
後ろから、山岸の声が追いかけてきたけど、止まることなんて出来るはずがなかった。止まる資格もなかった。
家に帰って、自分の馬鹿さに思いっきり泣いた。
あれ以来、山岸とは挨拶程度でほとんど話していない。何度か山岸は話しかけようとしてくれているのは分かったが、私が一方的に避け続けていた。彼女とあの後どうなったのかも知らない。
母の日も過ぎたある日、私は新しく入荷した薄紫と白の紫陽花を花瓶ごと店頭に運んでいた。
「すみません」
後ろから声をかけられて振り向く。
そこにいたのは山岸だった。
「え、何して・・・」
「店員さん、花束、お願いできますか。」
山岸がいつものようにくしゃっと笑う。避けていたのは1週間もなかったはずなのに、なんだか懐かしくて、泣きそうになった。
「プレゼント?」
私も、平静を装って会話を続けた。お客さんとして来店してるなら避けられない。
「うん。」
「色は、どんな色がいい?相手が好きな色とかイメージカラーとか」
「えーっと」山岸は少し考えてから「ピンクかな。」と言った。
彼女へのプレゼントだ。直感的にそう思った。あの彼女ならピンク似合いそう。そもそも、私の気持ちばれてるだろうに、何でうちの店に買いに来るかなぁって山岸の空気の読めなさにイライラする。けど、もう仕方なかった。私が避けまくってたから、わざわざお客さんとして来てくれたんだろうことは分かっていた。
プレゼントならこれも人気あるんだけど、と言ってキューブの中にピンク系のお花が入ったブリザードフラワーを指差し、私はお店を見渡す。
「ねぇ山岸!バラは?」
「はぁ?バラっていくらすんだよ・・ってかカッコ付けすぎじゃね?」
「全部バラって訳じゃなくて・・・ピンク色のバラが今の旬の花なの。私大好き。」
私はピンクローズを5輪ほど取り出し、そこに濃淡2種類のガーベラ、かすみ草を添えた。
ほら、良くない?山岸を振り返る。
「・・・久保田、お前意外に花似合うのな。」
「ばっ・・」
ばっかじゃないの、と言おうとしてつい詰まってしまった。動揺しているのがバレバレだ。いつも女扱いなんてされないから、彼女へのプレゼント選んでる癖に、不意打ちにこんなこと言うなんて、ずるい。
「もう、そんなこと言ってる暇があったら自分で花選んでよねっ」
私は山岸とは反対側の花を探すふりをして、こっそりため息を吐き出した。もう散々泣いたはずなのに、久しぶりの会話と、そもそも学校の日常でないシュチュエーションで、リミッターが制御できていない。
「なぁ、久保田が選んでくれたの気に入ったから、それで良いよ。花束お願いしても良い?」
後ろから声をかけられて振り返る。
え、これで良いの?って持ってる花を持ち上げると、おう、ありがとなってまた山岸が笑った。
山岸の屈託のない笑顔は大好きだ。でも、これは彼女へのプレゼントを前にした笑顔なんだろうなって考えて、少し切なくなる。
花束にするのは私はまだ上手くできないので、裏の作業場にいた店長にお願いした。手際よく小ぶりな可愛らしい花束が完成する。リボンもピンクで結んでくれた。
「お先に失礼しまーす」
バイトが終わって、いつものように裏口から店を出る。うちの店がある場所は、表のメイン通りより裏道の方が標高が高くなっていて、店の真後ろから出ると、道に出るために階段を5段登らなければいけない。たった5段なんだけど、バイトで疲れて終わったあとに、目の前の階段はいつも少し気が重い。登りきったところで、道の向かい側に立っている人影が手を挙げた。こっちにやって来る。
「おつかれさま。」
山岸だった。
「え、なにしてんの。彼女のとこ行ったんじゃ・・・」
「彼女とは、別れた。」
「・・・え?」
「彼女・・・佳織さ、付き合った当初からずっと久保田のこと気にしてて。そんなんじゃないってずっと言い続けてきたのに」
山岸ががしがしと頭を掻く。照れた時にする、山岸の、癖。
「久保田の、あんな顔見ちゃうし、彼女と別れるのよりお前に避けられてる方がきついし」
「だから!!はい!!」
差し出されたのは、さっき店で選んだ、ピンクの可愛いブーケ。
「・・・え?私に??」
「渡してるんだから、聞かなくても分かれよばーか!!」
あぁもう、あなたには泣かされてばっかりだ。
「・・・泣きすぎ。」
「うるさいっ!今どき花束なんてバカじゃないの」
「はぁ?!お前、花屋で働いてるんだから花好きなのかと思って・・」
「ピンクとか私の柄じゃないし!」
「・・・可愛いで思いついたのがピンクだったんだよ・・」
「か・・わ・・??」
そう言われてブーケから山岸の顔に目線を上げると、私に負けず劣らず真っ赤な顔。
そしてまた私の大好きな、あの笑顔で笑った。
読んでいただきありがとうございました!!
はじめての短編です。
修正していくうちにまとまりがなくなってしまいました・・(TT)
アドバイス、感想などもし良かったらお願いします。