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LONELY BOY ☆WORLD END

作者: CAZZ

フランツは監督の代わりに怒らなくてはならなかった。

吸血鬼の弟役の少年が突然役を降りてしまい、その代役が急遽必要だったのである。

なのに助監督が当てのある知り合いの少年とやらは、はっきり言って薹が立ちすぎていた。

「頼むよ〜、フランツ。この子はまだ16歳なのよ〜、本当なんだからさあ。」

「ダメったら、ダメ!。監督に会わせるまでもないよ。ご希望は13歳か14歳なんだから。」

恨めしげな助監督の顔を見据える。少年は16歳どころか、18歳と言ったって通りそうだ。私情の絡んだこういった人選がフランツは嫌いだ。

「なによ〜いじわる〜覚えてらっしゃい!」

助監督はふくれた少年を慰めるためにその髪をなで回している。

(どいつもこいつもまったくもう・・・)

フランツは自ら、演出家のイスとやらを持つとスタジオから退散することにした。その方がまったく無難である。撮影は今日でもう3日も中断している。スポンサーでなくたって予算の無駄な浪費状態がそろそろ気になり出す頃だ。役者達はただイタズラにスタジオの中をうろつき回っている   それに薔薇園のオープン・セットは実はもう枯れかけているのだ。

「フランツ、この状態はもうちょっとうんざりじゃないのかな。」

スタジオの外にイスを持ち出した彼を目ざとく見つけたマーモットが声をかけてきた。

「早く撮影に入りたいのはお互い様だろ?どこが気に入らないんだ?監督に引き合わせ てやったらどうだ?」

「監督の男の趣味ははっきりしているんだよ!」フランツはやけくそで言い返した。

はっきり言って彼だって泣きたい。なんと言ったってその監督が今朝から見つからないのだ。

見つからない?捜しても?・・しかし、本当のところフランツはわかってはいるのだ。

ただ、それを認めるのがいやなのである。

フランツがただただ、敬愛する監督   ブリティシュ・ニュー・ウェイブの若き旗手  それは異色映像作家ブライアン・ブライトンその人なのである。

ところがフランツが演出家として始まったばかりの若い才能と純情を捧げ尽くしているその監督は、昨日の夜から男と寝ているのだ。

「・・彼はブラッキーと一緒だよ。」やっとのことでフランツは知ってることを白状した。「・・こんなこと!・・屈辱だ!」

「やきもちかよ。」マーモットは監督にさえ、命知らずと呼ばれている。

フランツは唇を噛みしめる。

「その資格さえないんだから・・」ためいきは自分自身にしか聞こえない。

「いったい、あの筋肉お化けのどこがいいんだ?監督の趣味なんか俺は一生わかりたく ないね!」彼はそう言うと帰り支度を始めた。

「俺の出番が来たら呼んでくれ。向こう半年はアーネットのアパートにいるからよ。」

マーモットの映しだす映像は監督でさえ、「彼なくしては・・」と言わしめるものだ。

そしてこのブライトン・スタジオただ一人のノーマルな男という噂はたぶん本当である。

ゲイでない彼の感性がなぜ、ゲイである監督の感性にあうのかフランツは不思議だった。

マーモットのどこかしら歪んだ感性はゲイの持ち物のような気がする。

しかし、そのフランツでさえ実質的にはゲイとは言い難いのである。

フランツはまだ監督と寝たわけではない。

さらにはっきり言ってしまえば、男と寝た事はいまだかつて一度もなかった。

彼はため息をついて階段の手すりを握りしめた。螺線階段の巻き貝の頂点に監督のアパートがある。こんな高級住宅地に足を踏み入れるのはごめんだと、マーモットにはもとから同行を拒否されている。一人で行かなくてはならない。

産まれて初めて、男と寝たいと思ったが為にこんな目に合う羽目に陥ってしまったなんて。彼は眩暈がしてくる。




ブラッキーの二つの胸の隆起に汗が光っている。

スタジオの視線が集中する今この時、彼は最高のエクスタシーを感じている。

「ブラッキー、君はね・・吸血鬼になる前は、ニヒルな水夫なんだよ。だから、もっと クールに振る舞ってくれないと・・」フランツは筋肉塊の中心から目をそらし、相手の飲み込みの悪そうな顔をライトの中に思い浮かべようと目を細めた。

「君はまるで今にも食いつきそうだからさ・・」

「そりゃ、いつも飢えてたからね。」おもしろい冗談のつもりらしい。ブラッキーのバカ笑い、彼は舌なめずりまでしてみせる。その視線が監督の目を常に意識して求めているのをフランツは感じている。それだけでもブラッキーがやっと手に入れた高級な金蔓をけっして離すまいと思っているのがよくわかる。

「フランツほど私の脚本をよく解っているヤツは他にいないな。」

思いがけず声をかけられて、フランツはつい声の主とまともに目を合わせてしまった。

監督がブラッキーに手を出して以来、フランツは打ち合わせの時も彼の目をまともに見なかったのである。この事は監督にも気が付いてて欲しかった。

「フランツに任せておけば、監督の出る幕などなく私はこうやって遊んでられる。そし ていつの間にか、完成したフィルムが私の前に現れるわってわけだ。」

「ご冗談ばっかし・・」フランツは顔を赤らめながらも痛烈な皮肉だと思った。

それを言わしめたのが、先頃の自分の態度ではないかと思うとマーモットの笑いをこらえたような視線を浴びながらも屈折した喜びを感じてしまうのだった。

「で?俺はどうすりゃいいのよ?」ブラッキーの間抜けな声。

「ああ、だから・・もっと動作に適度なキレを出せばいいんだよ・・」

「キレぇ、わからねえよ。」

「フランツ、見本を見せてやってくれ。」

またもや、無造作に監督が命じる。

ブライアン・ブライトンはハンサムとは言えない。久しぶりに真正面からその顔を見てあらためてフランツはそう思った。だけど自分の好きなタイプの顔だ。

なぜ、こんなに彼に魅かれるんだろう?。

その理由が才能だけにとどまらないことはブライトン・スタジオに群がる大勢のゲイ達が認めている。やせぎすで骨っぽい彼の体格はセクシーとは、ほど遠いように見える。

しかし彼は壊れた真珠のような屈折した美貌を持っているのだ。それは割れた鏡に無数に映った顔のように不思議な魅力に満ちている。

彼の大きすぎ黒すぎる瞳も・・高すぎる鼻も薄くて歪みやすい唇も彼のフィルムの独特の特徴であるブラック・ユーモアに溢れていた。



「どうだい今度の映画は?言い出来になりそうかいな。」

マーモットはアーネットの椅子にフランツを座らせるなり、そう切り出した。

「所詮、俺はカメラを回すだけ。たとえ肉屋の倉庫だって綺麗に撮って見せるけどな。」

「僕に聞かないでくれよ。まさかみんな、監督の言った事を真に受けてんのかい?。  知ってんのは監督だけさ。」フランツは付け加えた。「監督の作品だ。」

「そんなことわかってるさ。当たり前だろ?」まったくマーモットは手に負えない。

「いらっしゃいフランツ、ゆっくりして行ってね。」

鳶色の髪の女性がにこやかに笑いながら部屋を横切って台所に消えた。彼女はマーモットが最近プレゼントしたという大きなピアスの具合をしきりに試していた。

この部屋に来るたびに改めてマーモットがゲイでないことを実感するのだった。

そしてその女性の醸し出す匂いや、やわらかな暖かさに触れるとフランツはせつなさやノスタルジーに胸が一杯になった。それは失われた台所への思いだった。

それがわかっていてもフランツは彼女のいるこの家に来るのが好きだった。

ピアスを付け終わったアーネットが手作りの料理を並べ始めた。

彼女が動くたび、笑うたび、彼は思い出さざるを得ない。しかし、それがけして不愉快ではないというのはいったいどういうことなのだろう。

フランツは自分の産まれた家のことや家族のこと、自分が期待に応えてあげられなかった女性のことをぼんやりと考えた。

そしてそのすべてが終わった後でブライアン・ブライトンに会った時、なぜ自分の結婚生活が破綻したのかフランツは初めて理解したのだ。

マーモットが言うように、そのことには気が付かない方が良かったのかもしれないとフランツも今は思う。

自分が片思いしているブライトン監督のことを考える度に、むなしい徒労感をフランツは感じる。まるで水面に写る自分の影に魅入られてしまったような。

この徒労感を抱えたまま、この素晴らしい台所から自分の巣へと帰らなければならないのだ。



フランツのアパートはロンドンの高級住宅地から20分も遠く、郊外のタジオからは地下鉄でも30分近くかかった。撮影が始まると帰りはいつも真夜中で、深夜バスを待つ気力もない時は1時間以上もかけて歩いて帰った。白々とし出す頃にようやくたどりつくことも、明け方の空気が心地よくてフランツには苦にはならなかった。

実際、帰れないことの方が多いのだ。

そんな時は、スタジオの近くのアーネットとマーモットのアパートの台所の長椅子に倒れ込むこともよくある一つの方法だった。しかしこの方法では、睡眠最低5時間という自分に課したコンデションを保つ技が使えないことが問題だった。アーネットはキチンとした店の優秀な美容師だったから、出勤準備やなんだかんだで結局途中で目が覚めてしまうことが多かったのだ。


フランツは今日もやっとたどり着いた自宅の冷たいベッドに身を投げだすと一気に眠る。

そして、疲れた時頻繁に見る夢に決まって起こされるのだ。

その夜もそうだった。

落ちて行く夢。チューブのような狭い空間をまるで手がかりが無いまま、むなしく手を広げながらただ落ちて行く。

目覚めるといつも体が冷たく、寝汗をかいている。

叫び声をあげた気がするが、自分以外誰もいない部屋に確かめるすべはない。

「せめて、色があったら・・」フランツは一人ため息をついた。その夢に色彩がない事が彼には耐えられなかった。彼の質素で殺風景な部屋は色彩に乏しかったからなおさらだった。朝の9時。フランツはおぼつかない手でコーヒー・メーカーに水を注いだ。

大部分がテーブルにこぼれた気がする。

ベッドに戻るとその縁に座ってぼーっと目の前の壁を見つめる。

聖フランチェスコ殉教の版画。マーモットがくれたものだ。

「君もゲイの端くれなら1枚は持ってなくちゃね!」

彼の特徴となった皮肉な笑みと共に。

この状態はだいぶまずいぞ。フランツは自分でも思った。なにせこの後、監督とブラッキーのお迎えが待っているのだ。

こんなことが習慣になるなんて世も末だとフランツは思う。





  と言うわけで、その少年の墜死体を発見したのは運の悪いフランツだった。

綺麗だった金髪はつぶれるのをまぬがれた端正な顔の上で光を失って見えた。不自然に手足を投げ出した死体は、その目がなかったらかろうじて眠っているようにも見えたかもしれない。フランツは無意識に市場で見た魚の目を思い出した。その肌の色はかつてフランツの父と母の上にも見いだされたことがある・・・死せる者の色。

流れでた血はわずかで、もう固まっていた。フランツは吐き気をこらえながら階段を登っていった。まるであの夢の中にいるようにすべてが色あせて見えた。

少年はこの階段の一番上から  この踊り場から飛び降りたのに違いなかった。フランツのよく知ってるこの踊り場  ブライアン・ブライトン監督のアパートの前から。

そしてやっとドアにたどりついた彼は途切れる事なく呼び鈴を鳴らし続けたのだ。




「・・で、いつものように監督とブラッキーを愛の巣にお出迎えにいったわけか。演出しながら各種手配雑用、なおかつ経理のまね事までさせられてるのに。文句も言わずご苦労さんなことに、毎日遅刻する監督のためにアパートまで車をまわし、その揚げ句に第一発見者として取り調べまで   」

「マーモット、私に言いたい事があるならフランツに話しかけないで私に直接話したら どうだ?」フランツとマーモットはスタジオの監督の部屋にいた。ドアの前でマーモットは仁王立ち、フランツは隅の椅子に力なく腰を落としている。

ブライアン・ブライトンはその場の主役の人間だ。部屋の中央を占めるご自慢のアンティークの巨大なデスク。それに見合った重厚な椅子にゆったりと座っている。彼はいつだって自分の思う通りにしてきた男だ。逆風になればなるほど闘志を燃やす性格と自分の才能への揺るぎない自信がそれを可能にしてきた。

監督の目はおかしそうに笑っていた。その表情はフランツに苦痛を呼び起こした。

「はい。わかりました、監督。」しかし、マーモットの口はやはり大胆だった。

「あの子は監督だって、みんなだってよく知ってる子役でした。真面目で一生懸命であ なたが演劇教室から大抜擢したわけですよね。今回の弟役にはピッタリだったことは 誰もが認めていた・・あの子をクビにしたために撮影が今もずーっと遅れているんで すよ。」

「私がクビにしたわけじゃない。自分で降りたんだ。」言い訳するように指が組まれたり、ほどかれたりするのをフランツは見つめていた。(あの子は監督が好きだったんです!それを監督だって知っていたのに・・)また吐き気が込み上げてきた。フランツは力なく頭を覆う。その手の間からマーモットの声が聞こえてきた。

「とにかく、こんなことがあった日にゃスポンサーも降りるって言い出すに決まってま す。どうしますか?資金もなしに撮影を続けますか?それとも、みんなに日当でもやっ て帰ってもらうとか?」

「マーモット、君がブラッキーを主役にしたことに反対なのはわかっていたよ。」

「なんだって?俺がどうしたって?」ふいにデスクの後ろから不愉快な声がした。

背後のソファーでうたた寝していたらしい。

「出てってろ、ブラッキー!おまえがこの部屋にいるのが間違いなんだ。」

声の主が立ち上がるより早く、監督が一喝した。

渋々と背中でドアが閉まるとマーモットは監督の正面の椅子に堂々と座った。

「自分で連れてきたんじゃないか、かわいそうに。」

マーモットはぶつぶつ言うと監督に臆する事なく視線を向ける。

「主役の件だけじゃないです。俺が不愉快なのは、あんたがブラッキーと公然と寝てることだ。」

「プライベートだよ、それは。」今度はさすがに唇が不愉快そうに歪められた。

「少なくとも・・それで傷つくものもいるってことですよ。今度の件のように。そのことを忘れないで下さい。」マーモットはため息を付くと立ち上がった。

「まだ、撮影を続ける気なら・・最後まで付き合いますよ。肉屋の撮影なら慣れてますからね。」


「私にあんな口をきいても平気なヤツがいるとは驚きだろ?」二人きりになると監督はフランツに笑いかけた。フランツは顔を上げた。「どうするんだね、フランツ?。君は?今日までの給料の計算でもさせようか?」

「いいえ・・」フランツはかすれた声で立ち上げるとよろめいた。「僕は大丈夫です。ただ・・あの子は・・」差し伸べられた監督の手を焼きごてのように感じながら「あの子は監督に愛されてるブラッキーと絡むのがつらくて役を降りたんです。」

  あなたに愛されなかったのがつらかったんです  

「フランツ、君も私がブラッキーを愛してると思ってるのかい?」

フランツは生命そのものの輝きを持った目にのぞき込まれていた。

「彼は素材だよ。今、必要な、ね。」

生き返りかけた心臓に次の言葉がとどめをさした。

「私は誰も愛さないんだよ。芸術家だからね、ナルシストなんだ。」

ブライアン・ブライトンは光を背にして立っていた。まるで王権を持つ者のような不遜な瞳・・その回りを黒髪が取り巻き光輪を放っていた。

いつだってこの人はこうだ。人生さえも馬鹿にしきっている。他人への嘲笑なのか、哀れみなのかわからない表情。

「フランツ、君だってチャンスは均等なんだぜ。」

逃げ出したフランツの背中に声が突き刺さった。




「今度、落ちるのは僕かもしれないな・・」

まだ宵の口から、フランツはグラスをあおる。

「抱いてもらえよ。」こともなげにマーモットはいった。

「おい、俺を睨むなよ。確実な解決策だろが。」

「・・ブラッキーは、どうするんだよ?」

「戦え、戦え、男はいつだってそうだったんだ。愛する者を奪い取らねば。」

立ち上がって飲み代を払おうとした、フランツの手を強く引いた。

「逃げるのかい?フランツ、いつだってそうだな・・一度ぐらい踏ん張って見ろよ。本当に自分がゲイだと思うなら。」

「・・君にはわからないよ、僕の気持ちなんて・・」フランツは恨みがましく呟いた。

「君はノーマルなんだから。」

フランツがその言葉を投げ出した時のマーモットの目は少し変だった。なんだか妙なまなざしで自分を見ていると、フランツは感じた。それは哀れみではない・・愛情のような苦しみのような・・そして、わずかな憎しみを感じたのは気のせいだろうか?

ふいにマーモットは黙り込み、それでフランツも仕方なく座り直すと二杯目を注文した。その日、二人は俳優たちがよく行くパブにいたのだが、知り合いの姿は誰も見られなかった・・その日は雨が降っていた。マーモットがグラスを置く。

「俺はゲイを差別しないよ。そんなことはナンセンスだと思っている。人が人を好きになる気持ちは誰にあっても平等なものだ。」

それはマーモットじゃなくてもクサイ台詞だ。

「その気持ちを理解する事も・・客観視することも、昔はできなかった。アーネットに会うまではね。」彼は愛しい女に敬意を表してグラスを掲げた。

「俺の親父は、男と逃げたんだよ。笑えるだろ、フランツ。」

「とにかく、それが俺の両親の離婚の原因さ。俺は親父が好きだった・・尊敬していた・・その気持ちをどうしても変える事ができなかったんだ。だから、親父を理解しなけりゃならなかった・・苦痛だったけどな。そうじゃないと、俺のお袋がみじめな女になっちまうだろ?」

「お母さんは・・どうしたんだい?」フランツは乾いた口にやっと唾を飲み込む。

「ところが、困ったことに・・お袋は結局・・理解しちまったんだな。今だにクリスマス・カードの交換をしているよ・・割り切れないで苦しむのは、いつだって子供ってわけだ!」マーモットはクスクス笑った。「今じゃ、まったく大人になったよ。」

「ブライトン・スタジオで働くことに・・本当にこだわりはないのかい?」

「ないよ。いい仕事場だしな。監督の趣味だって俺には関係ないさ。ただ・・」

マーモットはフランツをじっと見返した。

「ゲイってのは割り切りの問題だと俺は思うね。・・リスクを負うことを恐れて何もできないくらいなら・・世間のワクからはみださないことだ。そんなうじうじしているヤツを見ているこっちの気持ちも察して欲しいね。」

「それが・・君の言いたいことか。」強ばった顔でフランツは立ち上がった。

「僕だって・・僕だってそうじゃなければって思ったことは何回もあるんだ。」

「もしかしたら、今度こそはって・・・試してみた事だってある・・。」

それは、ついこの間。監督がブランキーを連れて来た日の夜ことだった。

その娘はお金で体を売ってる娼婦とは思えないくらい、性格のいいティーン・エイジャーだった。気取らない明るい会話や幼さを残した可愛い媚態にフランツの気持ちは久々に高まりを覚えた。しかし、これならばっと思ったその最中にふと頭をよぎったのは今現在、ブラッキーと一緒にいるはずの監督の姿だったのだ。フランツの高まりは一気に萎えてしまった。そんなことよくあると彼女の方は色々とがんばってくれたのだが、彼の体が再び反応ですることはなかった。フランツは、謝罪の気持ちからかなりな料金を上乗せすることになった。

恥辱の思いに火照った頬にもマーモットはなんの感銘も受けなかった。

「だから?苦しんでるのは自分だけだとでも?」手元のグラスに顔を背ける。

「・・みんな、そうなんだよ。覚悟を決めて、乗り越えたんだ。お前みたいな付け焼き刃のゲイじゃない奴らをこっちはたくさん見てきてるんだ。」

フランツは二杯分の自分の飲み代をテーブルの上に置いた。

今度はマーモットも引き止める素振りも見せなかった。




スポンサーが降りたまま映画の撮影は続けられた。ブライアン・ブライトンは後釜のスポンサーを探す為に駆けずりまわっていた。その作業は難航しているようだった。

いくら人気映像作家であっても、今度の事件は大きなスキャンダルだった。

ゲイであることを周知の事実とし、むしろそれを全面的に売りにしていたブライアン・ブライトンである。それ故に若者達からの絶対的な支持を集めてきた。だからお堅い大人達も今まで見ない振りをしてきた。しかし、未成年が絡むとなると話は別だ。

子供の自殺の原因はあれこれと憶測された。子供の両親、少年が学んでいた演劇学校までもが厳しくマスコミに叩かれた。

教会は警鐘をならし、カトリック団体はブライトン監督作品の上映禁止運動を始めることを検討し始めた。

それに反発するように若者や反体制派、自由な思想の持ち主からの支持は逆に高まっていたのだが。

そうは言っても、どの企業も二の足を踏んでいることに変りはなかった。

その為に、監督が幾つかの指示を与えると撮影はフランツ達スタッフに任せられた。資金が尽きるまでにすべてを撮り終えてしまわなくては・・みんなそんな気持ちだった。

もちろん、マーモットはプロだったし、フランツもそうだった。だから、二人は撮影中は何も変らなかった。ただ、フランツがアーネットのアパートに泊ることはあの夜以来なくなった。そして、フランツはあの夢をしばらく見忘れていたことに気が付いた。

ブラッキーと監督を見つめる目の憂鬱は変りはしなかったが。

ただ、もうフランツは監督のアパートに二人を迎えに行かなくてもよくなっていた。

1週間、徒労の努力を重ねた後  ブライアン・ブライトンはスポンサー探しをすっぱりあきらめて撮影現場に戻ってきた。監督は己の私財を投入することに決めたのだ。

監督は毎日、キチンキチンと出勤しブラッキーとはまったく別々にスタジオに現れた。

ブラッキーはなんでも余所にアパートを買ってもらったとか、もらわないとか・・もちろん、これはみんなの茶飲み話の噂でしかない。

ブラッキーは監督の寵愛はまだ健在であるかのように振る舞っていた。だけど、ブラッキーはゲイだらけの現場でも圧倒的に不人気だったので、突っ込んで彼の話しに耳を傾けるヤツが誰もいなかったのだ。




そしてとうとう映画のクライマックスの撮影が始まった。誰もが興奮を隠し切れなかった。ブライアン・ブライトン総指揮のもと、薔薇園のオープン・セットに火が放たれた。

フランツはかなりの経費を薔薇の追加に回していた。その結果、薔薇園は内側に隠れた枯れた薔薇も含めかなり重厚なものとなっていた。

西風に火が舞い上がる。

ロンドン郊外とはいえ近くに住居がまったくないわけではない。フランツが許可を取るのも結構大変だった。消防署本部に日参した結果、やっと許可が下りたのだ。

そんなわけで、広大なオープンセットの敷地の外側には、消防車と消防隊が遠巻きに待機している。

フランツが撮影の安全性を力説したおかげか、消防士達は差し入れの紅茶を手にひとまずは高見の見物と言ったところだ。野次馬な住民達の姿も垣間見える。

その反対に関係者達の緊張はピークに達していた。

万が一、必要なシーンを撮り終らない内に炎が回りの草地にまで燃え移ったりしたら、消防士達が忙しくなるだけではすまないからだ。

役者の命も危険に晒される。チャンスはこの一度きり。

無理を言って借りてきたアメリカ製のスプリンクラーとホースとありったけのバケツの水と共に手の空いた俳優、スタッフ友人知人総勢30名が息を詰めて見守っていた。

「ブラッキー、叫べ!叫ぶんだ!」監督が声を張り上げる。

ブラッキーはいまや、完璧な吸血鬼と化して獣のような雄叫びを炎の中で上げている。

死んだ弟を照り返す胸板に抱き上げて狂ったように吠え続ける。

いつものような愚鈍さも、神経にさわる振舞もない。陰影がくっきりと浮かび上がる顔はむしろ荘厳な美しささえ感じる。

育ち過ぎた助監督推薦の弟もここではまったく問題にならなかった。

大型扇風機を操作しながら、フランツも叫びを飲み込む。

(吠えろ!ブラッキー!おまえは美しいけだものだ!)

なぜなら、監督がそれを望んでいるから。フランツもその1枚の絵に魅入られる。

フランツはブラッキーが素材である、という言葉を初めて理解する。

間抜けなブラッキーはフランケンシュタインのように醜悪な顔を苦痛にゆがめて泣き叫び、その姿は監督の手にかかり恐ろしく凄まじいまでの映像美となった。




映画の撮影がすべて終了するとほとんど同時にブラッキーが逮捕されたというニュースはブライトン・スタジオ全体にかつてない衝撃を与えた。

「信じられないだろ?」マーモットはスタジオの隅に唾を吐いた。

「もっと信じられないのはスポンサーだぜ。戻ってきやがったんだ。自殺騒ぎで一度は降りたくせに・・殺人は良い宣伝になるとさ。」

「若者のカリスマ、ブライトン監督の新作で殺人事件!犯人は主役!話題にならないはずないよ、客の入りは保証されたようなもんだもんね。」

カメラ助手もしたり顔で意見を述べる。

「どっちにしろ、興行先を私達で探す心配はなくなったんでしょ?ばん万歳じゃない。」

レズビアンのメイクはひたすら感謝している。

「教会があーだこーだ言ったって、みんな監督の映画を観たがってる!」口笛が鳴る。

助監督がフランツにもたれかかった。

「やんなっちゃうわよね〜ブラッキーのヤツ、やってくれるわ〜」

「ところでアイツの家に山ほどヤクがあるって警察に密告したヤツっていったい誰なのかしらね〜」

「フランツじゃないことは確かだぜ!」マーモットが釘を刺した。

「心当たりがあるようだな。」俳優の一人が通り掛かりに話しに加わる。

「言っとくけど、俺でもないからな!みんな想像をたくましくするがいいや!」

後は喧々囂々の騒ぎとなる。

その場を抜け出したマーモットをフランツが追い駆けた。

「少しは吹っ切れたのかよ!」呼び止めたマーモットは多少、意地悪だったがフランツの肩を昔のようにぶっただいた。「お前だって心当たりあるんだろ?」

耳に口を寄せて囁く・・顔を赤くする間もなく、フランツは青ざめる。

「まさか・・?」

「あの人以外に考えられるかよ。撮影が終わっちまったらブラッキーに用があるもんか。」

「あの人が自分の側に殺人を犯した人間を置いとくと思うか。監督だってあの子役が降りてどんなに困ったか覚えてるだろ?・・気に入ってたんだから。」

「監督がブラッキーを囲ってるって話は?」フランツが一番、気になってた問題だ。

「ブラッキーは監督のアパートからていよく追い払われたのさ。スポンサー探しに専念するってね。ブラッキーは見栄をはってたが、なんのことはない古巣に舞い戻ってたんだ・・だが、監督ならあいつが麻薬をやってることを知ってても不思議はない。」

フランツは今やすべてを理解した  もちろん、すべては憶測の域をでない  真実はあの人、ブライアン・ブライトンの胸の内だ。

あの夜、監督を訪ねてきた少年は何を告げるつもりだったんだろう。監督は眠っていて応対に出たのは、彼にとってまことに運の悪いことにブラッキーだった。

(監督は途中までは本当に眠っていたのだとフランツは思いたい。しかし、ブラッキーが素知らぬ振りで戻ってきた後も監督は本当に気付かなかったのだろうか。少年が発見されたあとですべてを察したのだろうか。)

古巣のぼろアパートを警察に踏み込まれたブラッキーは麻薬の件とは思わず、「あれは事故だったんだ!」と何度も叫び続けたという・・まるで映画のクライマックスの続きのように。




その後、フランツとマーモットはロンドン警視庁につてのある仲間かつてパクられたことがあるから少年の両親の懇願によって世間には伏せられたブラッキーの供述の一部を聞いた。

少年はブラッキーの秘密を握っていた。楽屋の片隅でブラッキーが彼に何をしたか。

少年がそのことを監督に話すつもりだと知ったブラッキーは彼を階段の下に投げ落としてしまった。なんのためらいもなく。



「二人とも大馬鹿野郎だよ。」

フランツはアーネットのマーマレイドを口一杯にほお張った。

「監督は誰も愛してなんかいないんだから。あの子が監督に何を言いつけたって・・ブ ラッキーにしたって何も変りはしないんだから。」

それはフランツ自身にとっても辛い事実だった・・この間までは?・・フランツは自問しながらさらに自家製のクロワッサンに手をのばした。「殺す必要なんて全然ないんだ。」

マーモットはフランツの食欲をいぶかしげに見つめながら貧乏ゆすりをしていた。

「人騒がせな話だよ。・・まったく、監督はもて過ぎだって。」

フランツのティーカップが音を立てる。

「マーモット、君はブライトン・スタジオを辞めるもかい?」

まっこうから見据えたフランツの視線をマーモットはいくらかたじたじと受け止めた。

「誰が?そんなことを?」しらばっくれる素振り。

「・・色々あったからさ。」

「お前は?フランツ」探るような視線。

「辞めるわけないだろ?」そう、まさか!冗談じゃない!そして、君は?マーモット?

「俺がいなくて現場はどうするんだ?うちみたいな薄利少売の弱小ゲイ・スタジオなん てさ。カメラなんか持った事あるヤツ他にいるもんか。」

その時、台所からお茶を手にしたアーネットが現れる。彼女はいつになく聖母のような微笑みを浮かべている。手がそっとマーモットの肩に置かれる。マーモットは満足そうにその目を見上げる。

「いいや。まださ、フランツ。まだまだ俺には監督が必要なんだ。せいぜい名をあげさ せてもらうさ!。」マーモットは大きく息を吐きだした。

「親父になんだぜ、俺!」とびきりの笑顔だ、とフランツも思う。

「おめでとう、ふたりとも。」フランツは難なく笑って言返す。

彼の中の失われた台所・・・それは少しも傷ついていない。

そのことに自分でも驚きながら。




じゃあ、後でスタジオで。フランツはマーモットに手を振ってアパートを出る。

その日は夕方からの映画の興業決定祝いのパーティの準備があった。

スタッフはそれに担ぎ出されている。もちろん、パーティにはアーネットも来る予定だ。

マーモットが出かけるのを確かめるとフランツは小走りで狭い階段を駆け上がった。

「あら、どうしたの?忘れ物?」再びドアを開けたアーネットはいぶかしげにフランツを見た。フランツにはどうしても、彼女に聞きたいことがあった。

改めてよく見るとアーネットのお腹は人目にも隠せないくらいに大きくせり出していた。

フランツの目は無意識にそのお腹に釘付けになる。

「フランツ?」アーネットは微笑んだ。

「私、仕事は辞めたからずっとアパートにいるけど、気にしないで遊びにきてよね。」

「アーネット・・」

「私、またあなたがマーモットと仲良くしてくれてうれしいのよ。」

「・・ほんとに?」

「マーモットは昔・・お父さんを奪われたと思ったの。でもそれは、まちがいだったの。誰も何も彼から奪ったりはしなかった・・。それが今はよくわかったんだと思うわ。」

アーネットはつぶやいた。「あの人も・・自分で孤独を選んでいたの。あなたみたいに。」

「ねえ。」フランツは思い切って切り出す。

「アーネット。もし、君のお腹の子供が・・僕みたいなゲイになると知ってたら・・

 それでも・・君はその子供を産む?」

アーネットの鳶色の瞳が大きく見開かれた。

「ごめん。変な質問して。」フランツは慌てる。

「胎教に悪いよね。でも、僕は・・どうしても・・」

「もちろん、産むわよ。」アーネットは力強くうなづいた。

「ゲイだろうとなんだろうと私の子供だもの。」

ブライトンスタジオで働く夫を持つ身をあなどっては困ると胸をはる。

「・・君は、カトリックだろう?」フランツはうつむく。

「・・僕の死んだ両親もそうだった。」

「カトリックではゲイは・・悪魔とされているよ。」

アーネットはしばし黙ると、自分のお腹を愛しそうになでた。

「私、思うのよ。こんなこと言うと・・神父様に怒られてしまうだろうけど。

だから、絶対内緒よ。マーモットにもね。」

フランツは顔をあげた。

「神様はね・・この世にあってはならないものは作らなかったと思うの。」

アーネットは自らのお腹に語り聞かせるようにつぶやく。

「悪魔も神様の作ったものなんだから。」

「きっと神様は悪魔を愛していなさると思うのよ。」





映画の打ち上げを兼ねた、パーティのその後の夜。

フランツは誘われるままに仲間に連れられて、初めてロンドンの「発展場」と呼ばれるクラブの一つに出かけていった。今までは忙しさにかこつけて、誘いを断り続けていたのだった。

ただし、その夜。仲間が紹介してくれた「初めての奴は俺にまかせろ」とかいう男は見た目が全然タイプでなかったばかりか、その体格のでかさにフランツは震え上がってしまった。側を通りかかった、トラック運転手の男が救い出してくれなければフランツの初めての夜はかなり悲惨なものになってしまったかもしれない。

その運転手は一見強面で鍛えた体を革ジャンに隠していたが、話してみると意外に繊細で知的な感じだった。唯一の難点は似合わない口ひげであるその男は、辛抱強くフランツの悩みに耳を傾けてくれた。その上、下心を押し殺して(そういう出会いの場で会ったのだからないとは言わせない)朝まで一緒に飲んでくれた。

彼はけして急ぐ必要はないとフランツを励ましたし、自分は結婚したことはないがゲイである事を隠して結婚生活を続けている男に較べたら(そういう男とかつて付き合ったことがあるが、そういう奴は意外に多いと彼はため息を付く。)君は正直で奥さんにも誠実であったと思うとしみじみと慰めた。彼は別れ際に、もし良かったらとおずおずと自分の電話番号を書いた紙を差し出した。その態度はフランツには新鮮な好感を与える。帰ったら、彼に電話してみようとフランツはその時は本気で思ったのだった。

しかし、部屋に帰り留守電に入っていた伝言を聞いた時、電話番号のことは彼の頭の隅に追しやられてしまう。それは至って事務的な監督の声だったのだが、その声はいとも簡単にフランツの平坦になろうと努力する心をかき乱すのだ。

「僕はゲイですらないのかもしれない。」フランツは悲しい気持ちで聖フランチェスコに話しかけた。「僕が欲しいのは、監督なんだ。」

結局、フランツはその日は朝から寝ないで印刷所にでかけ、新作映画のパンフレットのゲラを見たり色の校正を直したりして過ごしてしまった。

電話の下に挟んだ電話番号を毎日眺めながら、様々な雑用をこなしていつの間にかフランツの時間が過ぎて行く。





ブライアン・ブライトンの新作は各方面の話題を集めながらも諸事情によって公開延期を余儀なくされた。それには映画館に押しかけたカトリック団体の抗議デモとかも含まれている。でもそれでも、なんとかその年末の映画賞の締め切りには間に合った。

前評判の高かったその作品は脚本賞、映像賞等、数々の賞にノミネートされた。

連日続くパーティのその後、ブライアン・ブライトン監督とフランツは騒々しい人々の群れを抜け出すことに成功した。フランツはハンドルを握ると監督を後ろに乗せ車をロンドンの夜にスタートさせる。そんな二人きりの車中でブライアン・ブライトンは顔色も変えずにフランツをベッドに誘ったのだ。


クリスマスに浮かれて一息ついた、その夜。

ブライアン・ブライトンは改めて自らの世話係兼、演出家をマジマジと観察したのだった。整った白い顔はすぐに血が透けて見えるのが弱点と言ったら弱点だ。嘘が付けないから、綱渡り的な交渉ごとにはあまり役に立たない。しかし、今回は彼のそんな手の内をさらけ出した純粋さが、かえって評判が良かったようだ。

彼には随分、世話をかけてしまったな。今年一番の功労賞か。

ブライアン・ブライトンの中には早くも未来の構想が溢れ始めている。

彼がまだ、男とは誰とも寝ていない・・チェリー・ボーイっていうのはどうやら本当らしい。フランツが自分を思ってることは周知の事実だった。

なんだか、楽しくなって来た。この次は純愛物っていうのもいいかもしれないな。

学校の男子寮で初めて下級生とキスをした時の高鳴りを思い出す。相手は震えていたっけ。いや、それは私の方だったかもしれない。校舎の陰で、強い松やにの香りがした。

彼は後部座席で自らの顎を撫でながらミラーに写る生真面目そうな青年をジッと見つめた。目が合うと彼は赤くなって、すぐに目を反らす。

それは、彼にとってはフランツへの気まぐれなクリスマスプレゼント。



「断られるとは、思っていないよ。」バック・ミラーに写る監督の目はフランツの動揺を楽しむかのように相変わらずの笑みを浮かべている。大胆な、不遜な・・そんなものでは言い表し切れない。

フランツの脳裏にはかつてよく見た夢がちらつく。

それはもはや当てどない悪夢ではない。

「落ち尽くしてしまえばいいんだ・・」フランツはつぶやく。脳裏に浮かぶ彼はいくらか明るいチューブの中を落ちて行く。その底の方は、さらなる光が差しているようだった。「落ちてしまえば・・底があるはずなんだ・・」そう、きっと出口が。

「フランツ、雪だ!雪が降ってきたぞ!」監督が子供のように窓にへばりつく。

自分はこの天才にとっての新しいおもちゃのようなものなのかもしれない。何年か、あるいは何日後にはもう、彼はこの日のこの瞬間を後悔しているかもしれない。

フランツはごったがえす人混みを巧みに避けながら、思わず微笑んだ。

監督の無邪気さがおかしかったから。



それで?フランツ?

鏡の中の監督の目は疑いすら持っていない。

だから。

フランツはついに声を出して笑う。

そして、監督のアパートへと続く道に車を乗り入れたのだった。




                             by  CAZZ

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