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「幽霊じゃなくて妖精だったのよ!」
「そう……なのかなぁ……?」
翌日の放課後、ぼくとシャムは部室で議論していた。
もちろん、昨夜見た妖精らしき物体のことについてだ。
当然ながら今日も授業はあったし、同じクラスだから教室でも顔を合わせてはいたわけだけど、席も離れているため話す時間はなかった。
だいたい教室では、女子は女子同士、男子は男子同士でつるんでいることが多いから、休み時間でもシャムやちわわんとはほとんど喋っていない。
放課後になって部室へ向かうときだって、別々に来ているくらいだし。
「妖精だったら怖くないわ!」
「……やっぱり、幽霊が怖かったんだ……」
「えっ? い……いや、べつにそうじゃないけど! でもほら、つまりその、比較論ってやつよ!」
ぼくの指摘に、真っ赤になりながら慌てて否定を返してくるシャム。相変わらず、わかりやすい。
「じゃあ……妖精の幽霊だったりしたら、どうなるの?」
「う……。それは……。うう~~~~ん」
ぼくが意地悪っぽく尋ねると、眉間にシワを寄せて悩み始めてしまった。
そこまで真剣に悩むことでもないだろうに。
「シャムちゃん、顔がすごいことになってますの~。いつもにも増して」
ちわわんがそう言いながら手鏡をシャムの目の前に差し出す。
「あ……あら、ほんと! 教えてくれてありがとね、ちわわん!」
「いえいえ、どういたしまして」
ほのぼのしたやり取り、とも思えるけど、ちわわん、「いつにも増して」なんて言ってたよね……。
普段でもすごい顔をしている、って意味になるような気がする。シャムは気づかなかったみたいだけど。
……ま、わざわざ指摘することでもないか。
ちわわんの気遣い(?)に笑顔を取り戻したシャムは、ビシッと人差し指を立ててこう言い放った。
「妖精は幽霊にはならないの! 決定っ!」
……シャムに決定権があるはずない……というか、誰にもないだろうけど。
なんという自分勝手な理論展開。
「どうしたの?」
と、いつもどおり紅茶を用意してくれた蘭香さんが、僕たちの話題に割り込んできた。
妖精だの幽霊だのと大声で言い合っていたから、気になっていたのだろう。
蘭香さんによってぼくの目の前にティーカップが置かれた瞬間、
「オレも気になるな」
ウルフ先輩までもが、シャムとちわわんの前にティーカップを置きながら、身を乗り出して話を聞き出す体勢に入る。
ウルフ先輩は、どうやら蘭香さんの手伝いをしているようだ。
去年入部したとき、ウルフ先輩は蘭香さんを女の子だと勘違いして、部長の話ではどうやらキスまでしたとかって話だったけど。
男だとわかった今でも、気にかけている部分があったりするのだろうか?
「聞いてくださいよ、先輩! 昨日の夜なんですけど……」
シャムはもっと喋りたくてうずうずしていたのか、マシンガンのような勢いで二年生の先輩方ふたりに昨日のことを話し始めた。
「フェレット、女の子ふたりと一緒に泊まったのか……」
ウルフ先輩から、ちょっと恨みがましい視線を受けたりもしたけど。
「ほんとに妖精……だったの?」
「羽根が生えてて飛んだんだから、妖精に間違いないわ!」
「……その説明だと、虫とかって可能性もありそうだけど」
「うっさいわね! だいたいあんただって見たでしょ!?」
「ま……まぁ、見たけど……。青白く光ってたから、虫ではなかったと思いますよ、蘭香さん。それに、ドアをすり抜けて出ていきましたし」
「そうそう、そうなのよ!」
シャムだけに任せていると正確に伝わらなそうだったため、ぼくも状況説明に参加してみた。
「……そんなこと、本当にあるのかしら?」
「実際に自分の目で見てみないと、信じられないな!」
「べつに疑っているってわけじゃないけど、さすがにね」
文鳥先輩も、リク先輩とミドリ先輩も、それぞれ席に座りながらも、興味津々といった視線を向けてきていた。
図書室やサッカー部へ向かう前に、ちょっとだけと部室に顔を出したところだったようだ。
残るひとり、真っ先になにか言ってきそうな部長は、ここに至るまでずっと、椅子に座って両腕を組み、黙り込んだままだった。
そして満を持して、ようやく口を開いた。(言うまでもなく、糸目は開かない)
「よし、今日は全員で泊り込むことにしようではないか!」
この瞬間、ぼくの三日連続での泊り込みが決定した。




