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K3部  作者: 沙φ亜竜
第2章 幽霊? 妖怪? 泊まり込み!
6/24

-3-

 土日を使って、ぼくはどんな作品を作るか考えてみた。

 やっぱりゲームがいいだろう。時間もないし、ちょっとしたアクションゲームかな。

 いろいろと考え、プログラムの骨格も作り、フリーの素材なんかも集めた。

 だけど、圧倒的に時間が足りない。


 それに、家だとどうしても集中できない。ゲームとかテレビとかマンガとか、誘惑が多すぎるからだ。

 日曜日の夜は、考えすぎてなかなか寝つけなかった。


 月曜日、眠い目をこすりながら登校したぼくは、休み時間になるとタヌキ先生のもとへと向かった。

 泊り込みの申請をするためだ。


 そして放課後。部活の時間となった。

 部員たちはいつものごとく、紅茶を飲みながらの雑談を繰り広げていた。


「フェレットくん、今日、泊り込むんですって」

「フッ……、頑張ってるな」

「ふぉっふぉっふぉ、徹夜でプログラムなぞやっておったら、寝ぼけて幽霊やら妖怪やら妖精やらを見てしまうかもしれんの!」

「あっ、わたしのお姉ちゃん、ゲーム会社に就職したんですけど、業界では結構そういう話を聞くって言ってましたよ」


 人のことをネタにしてなにやら話しているみたいだったけど、ぼくにはその輪の中に入るような余裕はない。

 ひとり黙々とただひたすらにプログラムを打ち込んでいった。

 途中でシャムがごちゃごちゃ言ってちょっかいをかけてきたりもしたけど、それすらほとんど無視して作業に集中した。


 日が傾きかけてくると、今日の部活は解散となった。

 みんなは普通に家に帰ったけど、ぼくはひとりで部室に残ってプログラムを続けた。

 区切りがいいところまでやって帰ってもよかったのだけど、せっかく泊り込みの申請もしたわけだし、親にも泊り込むと連絡を入れておいたのだから、今日は一生懸命頑張ろうと決意していた。


 集中していると、時間の経過なんて全然わからなくなってしまう。

 気づけば夜中の二時を回っていた。


「さすがに眠い……。とりあえずトイレに行って、戻ったら仮眠でも取ろうかな」


 独り言をつぶやきつつ席を立ったぼく。


 すぅー……。


「……っ!?」


 ドアを開け、薄暗い廊下に足を踏み出した、まさにその瞬間だった。

 ぼくのすぐ目の前を、ぼや~っとした青白い得体の知れない物体が横切っていったのは。



 ☆☆☆☆☆



 次の日の放課後。

 計算部の活動……といっても、やっぱり紅茶を飲んで無駄話に花を咲かせる人がほとんどだったけど、そんな活動が終わったあと。


 ぼくは、シャムとちわわんとともに下駄箱へと向かっていた。

 言うまでもなく、家に帰るためだ。クラスが同じだから、ふたりと一緒に廊下を歩いている。

 なお、二年生と三年生は下駄箱の場所自体が違うため、部室を出た段階で他の先輩方とは別れていた。


 道中の話題は、昨夜見た青白くてぼや~っとした物体のこと。

 べつに女の子ふたりを怖がらせようというつもりなんてないから、なにげなく昨日体験したことを話しただけだったのだけど。


「そんな感じでさ、昨日の夜はびっくりしたよ。寝ぼけてたから、見間違いだったかもしれないけどね。いつの間にか眠ってて、気づいたら朝になってたし」

「それって、昨日部長さんが言ってたみたいに、幽霊とか妖怪とか!? もしかしたら、過去に自殺した生徒の怨念が渦巻いてるのかも!? あっ、だからあの部室、あんなに汚くてくさいのかなっ!?」


 なんだかシャムが異常なほど食いついてきた。

 ただ、興味津々、というわけではなくて、むしろ……。


「あらぁ~? シャムちゃん、足が震えてますわよぉ~? 怖いんですのね~?」

「なななななな、なに言ってんのよ、ちわわん! ここここのあちしが、こここここ怖いなんて、あるわけ、な、ないじゃないのっ!」


 ちわわんの指摘に、思いっきり図星な反応。

 わ……わかりやすすぎる……。


「なななな、なによ、あんたまで!? べべべべつにあちしは怖くないって、言ってるじゃない! わかったわ、だったら今夜、確認しましょう!」


 ぼくの生温かい視線を感じ取ったのだろう、シャムは意地になったのか、そんなことを言い出した。


「えっ? 確認って……?」

「幽霊なんていないってことをよ! ……あっ、べつにいたって構わないんだけどっ! むしろ見たいくらいだけどっ! その場合は、あちしが怖がってないってことの証明になるわよねっ!」


 足ががくがく震えていて、どう考えても強がっているだけのシャム。ちょっと微笑ましい。

 それはともかく。


「今夜って……」

「三人で申請して、部室に泊り込むのよっ!」


 シャムはこぶしを握って力強く宣言する。

 そのこぶしも当然ながら、小刻みに震えていたりするのだけど。


「む……武者震いよっ!」

「あの、シャムちゃん、わたくしもですの?」

「それにぼく、昨日も泊り込んだわけだし、二日連続ってのはちょっと……」


 尻込みするちわわんとぼくを、シャムは一喝。


「問答無用! これからタヌキ先生のところに泊り込みの申請に行くわよっ!」


 がしっと、ちわわんとぼくの袖をつかみ、下駄箱の脇を通り越して一路職員室へ。


「だけどさ、女の子が泊り込みなんて、そんなこと……」

「あんたは、またそんなことを! 男女差別するなって言ってるでしょ!」


 いや、そういうことではないと思うけど……。

 この状態のシャムにこれ以上なにを言っても口ゲンカになるだけだろうし、ここは引き下がっておくしかないか。

 とはいえ。


「ふたりは大丈夫なの? ご両親が心配しない?」


 一応気を遣って尋ねてみる。

 女の子が泊り込みだなんて、許さない親御さんだって多いと思うし。


「それを言ったら、あんたの家だって同じじゃないの? 部活で展示会のために泊り込みで作業する。正当な理由になるでしょ?」

「ま、まぁ、そうかもしれないけど……」


 シャムはこんな感じの子だし、両親も似たような性格だとしたら、確かにまったく問題なく許してくれそうな気はする。

 でも、ちわわんの家はどうだろう?

 よくは知らないけど、雰囲気的にすごくお金持ちの家のお嬢様って感じがするから、絶対に許してもらえなさそうな……。


 ちらりと視線を向けてみると……あれ? 電話中?


「……そういうことですの。ええ、では」


 通話が終わり、ささっとケータイを仕舞うと、ちわわんは満面の笑みでひと言。


「許可は下りましたわ。初めてのお泊り、楽しみですわ~♪」


 のんびりした印象しかなかったけど、どうやらちわわんは意外と素早い行動力の持ち主のようだ。

 ……初めてのお泊りって、その言い方だと微妙に意味合いが違ってくるような気がしなくもないけど……。

 ふたりとも乗り気みたいだし、とくに止める理由もないか。


 二日連続というのはちょっとつらいものの、だからといって、シャムとちわわんのふたりだけで泊り込みをさせるのは、それはそれで男としてダメな気がする。

 ここはぼくも、気合いを入れ直すしかないな。

 どちらにしても、展示会に向けて頑張らないといけないのは確かなのだから。


 ……と思いつつ、女の子が泊り込むのはやっぱり問題があるだろうし、もしかしたら顧問のタヌキ先生が止めてくれるかも、なんて甘い考えも持っていたのだけど。


「お~、伊達は今日も泊り込みか! 気合い入ってるな! なに? 青露と丸地図も一緒にだって? ふむ、そうか、頑張れよ!」


 どうやらまったく止める気配なんてなさそうだった。さすが放任主義……。



 ☆☆☆☆☆



 そんなわけで、夕陽が差し込む狭い部室へと逆戻り。

 ぼくたちはそれぞれ、席に着いた。


「夜まで時間はあるし、ぼくは展示会の作品作りに取りかかるけど、いいよね?」

「そうね。あちしもお話を考えないと! 大まかには考えてあるんだけどね!」

「うん。なんとなくのイメージは聞いてあるから、わたくしも素材探しとか、やっておきますわね~」


 各自パソコンの電源を入れる。

 一年生は三人で一台のノートパソコンの割り当てだったけど、そのパソコンはぼくが使わせてもらっている。


 なお、ちわわんは自分のノートパソコンを家から持ってきて、それを使っている。

 メインのデスクトップパソコンも家にあって、ノートパソコンのほうはあまり使っていなかったらしく、今では部室に置きっぱなしにして部活用のパソコンにしていた。

 シャムはもちろん、自分のパソコンなんて持っていない。

 でも、蘭香さんのピンク色のノートパソコンが妙に気に入ったようで、本人が使っていないときならいつでも使っていいとの承諾を得ていた。


 先輩方がいると狭っ苦しいこの部室でも、三人だけだと妙に静かで、狭さもほとんど感じなくなる。

 普段の部活のときは、ぼくの隣にはシャムが座っている。

 だけど今、シャムは蘭香さんの席でピンク色のノートパソコンをいじくっている状態だ。


 いつもはぼくとふたりで交代しながらノートパソコンを使っていることもあって、待っているあいだも隣の席から画面をのぞき込んできたりして、ちょっと鬱陶しく思ったりすることも多いのだけど。

 同じ部室内にいるのに離れて座っているのを、なんだかちょっと寂しく感じてしまう。

 シャムが画面をのぞき込んでくると当然かなりそばまで寄ることになるから、髪の毛から漂ってくるほのかな匂いを嗅ぎながら部活動の時間を過ごすことが多かったりする。


 シャムの匂いは少し微妙な感じではあるのだけど、こうして匂いを感じられないとなると、なんとなく物足りなくて……。

 ……って、ぼくはなにを考えてるんだか!


「……ちょっとフェレット、なに変な顔してるのよ? 気持ち悪い。しかも真っ赤になってるし。……あっ、まさかあんた、エッチなゲームとか作ってるんじゃないでしょうね!?」

「そ……そんなの作らないよ!」


 思わず表情に出てしまっていたのだろう、シャムがぼくの様子を気味悪がってツッコミを入れてきた。

 慌てて反論する。


「じゃあ、あちしたちとの泊り込みで、変なことを想像してたとか!? 言っとくけど、ちわわんに手を出したりしたら承知しないからね!?」

「そんなこと考えてないよ!」


 どうでもいいけど、自分が対象になるってことは、まったく考えていないのだろうか?


「ふ~ん? ま、いいけどね。ちわわんはあちしが守るし」

「ぼく、全然信用されてないっぽい!」

「当然!」


 ついさっきまでは黙々と作業していたはずなのに、シャムと会話……というか言い争いが始まると、一気に騒がしくなってしまう。

 そんな中でも、ちわわんはヘッドホンを装着して黙々と自分の作業を続けているようだった。

 ものすごい集中力の持ち主なのかもしれない。……と思ったら。


「ぷふっ! ふふふふっ!」


 ちわわんがいきなり笑い出した。


「シャムちゃん、伊達くん、見てください! ワンちゃんの面白動画がありましたの! これは思わず笑ってしまいますわ~!」


 ……素材集めはどうなったんだよ……。

 と思いながらも、どれどれとちわわんのパソコンの画面をのぞき込む。

 好奇心旺盛なシャムも、当然のようにぼくのすぐ横から画面をのぞき込んでくる。


 ……シャムの匂い……。

 微妙な匂いだけど、なんとなく落ち着くようなこの感じは、いったいなんなのか……。

 ぼくはちょっとドキドキしながら、ちわわんが次々と再生するワンちゃんの面白動画を見て、大笑いするのだった。


 そして夜は深まってゆく。

 ……せっかくの泊り込み作業なのに、全然効率がよくないのは、まぁ、そんなものと諦めるしかないだろう。



 ☆☆☆☆☆



 ワンちゃん動画で笑い疲れたのか、ちわわんは会議テーブルに突っ伏して眠ってしまった。

 シャムも眠い目をこすり、うとうとしている。

 かく言うぼくも、作業に戻り、頑張ってノートパソコンのキーボードを叩いてはいるものの、気を抜けばすぐにでもまどろみの世界へと落ちていきそうな状態だった。


 規則正しい時計の秒針の音だけが、ホコリっぽい部室内に響き渡る。

 もうそろそろ、草木も眠る丑三つ時。

 椅子に座りながらも、うつらうつらと舟を漕いでいるシャムは、当初の目的をすっかり失念している気がしなくもないけど。

 それはそれで構わない。ぼくはぼくで、自分の作業を続けよう。


 だけど、徹夜ではなく睡眠を取ったとはいえ、昨日に続けて二日目の泊り込み作業はやっぱりつらいもので。

 ぼくのまぶたも重さを増し、まつげの上に小さな妖精かなにかでも乗っかっているのではないかと思えるほどになっていた。


 と、そのとき。

 ふとまぶたの重さが消えた、と思った次の瞬間、トンッ、と軽い音が響く。

 眠気で曇り気味の視線を向けてみれば、開かれたノートパソコンのキーボードの上で、なにか小さな物体がうごめいているようで……。


「えっ、今の音、なに!? も……もしかして、ほんとに出ちゃったの!?」


 シャムの慌てた声で、ぼやけていたぼくの脳も覚醒する。

 視界が徐々にはっきりしてくるにつれて、目の前の状況が頭の中に浸透してくる。

 キーボードの上でうごめく物体は青白い光に包まれていて、小さいけど人の形をしているのは確認できて、さらに背中の辺りには羽根みたいなものが生えているようにも見えて……。


「よ……妖精っ!?」


 叫んだのはぼくではなくシャムだったけど。

 ぼく自身もそう叫びそうになっていた。

 絵本やら物語やらに出てくるような、これぞまさに妖精、という感じの容姿。

 そんな小さな物体が、目の前でうごめいていたのだ!


 これで空でも飛べば完璧……と考えた途端、

 バサバサバサッ!

 小さいけど激しい羽音を立てながら、その妖精っぽい青白く光る物体が空中へと舞い上がった。


「うぎゃっ、飛んだぁっ!?」


 シャムが驚きの声を上げる。

 反応としては、家などに出る黒い嫌われ者のあの昆虫――コードネームGが飛んだ瞬間を目撃したかのような、そんな印象だったけど。


 ともかく、青白い光は素早く部室内を飛び回ったかと思うと、そのまま超高速でドアにぶつかっていった。

 ……いや、音もなかったことから考えると、どうやらドアをすり抜けていったようだ。

 呆然と立ち尽くすぼくとシャム。

 沈黙の時間が流れる。


「あら……? わたくし、眠ってしまいましたのね~。おはようございます、シャムちゃん、伊達くん~。……あれ? どうなさったのですか……?」


 寝ぼけまなこをこすりながら起き上がったちわわんの声に、ぼくもシャムも、答える余裕なんてまったくこれっぽっちもありはしなかった。


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