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とりあえず、場が落ち着いたのち。
「ま、共同で作るかどうかは任せるがの。締め切りは、再来週の月曜日の放課後じゃから、忘れるでないぞよ?」
そう釘を刺して、部長は打ち合わせを締めくくった。
サッカー部との掛け持ちだというリク先輩とミドリ先輩は、打ち合わせが終了するやいなや、「それじゃあ、オレたちはこれで!」と、早々に部室を立ち去った。
「フェレット、だったか? いろいろな意味で、頑張れよ!」
立ち去る間際、リク先輩が一瞬立ち止まり、そんなことを言い残していったけど……。
共同で作るなんてイヤだとか強がってないで、シャムと協力しろとでも言いたかったのだろうか。
そんなこんなで、打ち合わせは終わった。
当然ながら、部室内は一気にいつものだらけたムードに早変わり。蘭香さんがみんなに紅茶を淹れて回る。
「そうそう。あと一週間くらいしかないけど、例えばゲームを作るとしてもね、こういうのもあるのよ?」
ひととおり紅茶をカップに注ぎ終わったあと、蘭香はピンク色のノートパソコンを開いて、新入部員であるぼくたち三人に、なにやら画面を見せてくれた。
「ふぇ? これ、なに?」
「うふふ、コンストラクションツール……って言うと、わかりづらいかしらね。つまりは、ゲームを簡単に作るためのツールよ」
「ふぇ~、そんなのがあるんだ~!」
「絵や音楽なんかが用意されていて、例えばロールプレイングゲームだったりシューティングゲームだったりアドベンチャーゲームだったりを、簡単に作ることができるの。さらに自分で描いた絵も使えるし、気合いを入れればかなりすごいゲームが作れるくらいの性能はあるのよ!」
「ほうほう!」
「わたしは、こういうツールが大好きなの! 愛していると言っても過言ではないわ!」
蘭香さんの説明に、瞳をキラキラ輝かせて前のめりになって食いつくシャム。
小さめのノートパソコンの画面を、蘭香さんを含めた四人でのぞき込んでいる状態から、さらに身を乗り出してきているせいで、鬱陶しいことこの上ない。
……ぼくが肘とかをぶつけたら噛みつかんばかりの勢いで文句を言ってくるくせに、シャムのほうから痛いほどにぶつかってくるってのは、いったいどういう神経をしているのだろう。
「あ……愛してるとまで! 蘭香さん、すごいです!」
「うふふ、こういったツールさえあれば、難しいプログラムなんて覚える必要もないし、自分の好きなようにゲームを作れるのよ!」
「自分の好きなように!? 素晴らしいです! それじゃあ、あちしがフェレットを下僕にするようなゲームだって作れちゃうんですね!?」
「ええ、もちろんよ!」
「ちょっと、どんなゲームだよ、それ!? 蘭香さんも、もちろんとか言わないでください!」
さすがに文句を飛ばす。自分が下僕にされるようなゲームなんて、作られたくはない。
だいたいそんなゲーム、配布されたところで誰が喜ぶというのやら。
「あ……あら? ごめんなさい。わたし、こういうゲーム作成ツールの話になると、ついついテンション上がっちゃって……」
「いや、まぁ、テンションが上がるのはいいんですけど……」
蘭香さんの意外な一面を見ることができた気がして、ちょっと得した気分だったりするのも確かだし。
ぼくとしては、自分が下僕にされるゲームさえ作られなければいいだけなのだ。
「あちし、こういうの使う! ちわわん、一緒に頑張ろうね!」
「……うん。時間もあまりないですので、アドベンチャーゲームで文章をメインにするのがいいでしょうか」
シャムは、ぼくと共同で作るのはイヤでも、ちわわんとは当然のように共同で作る気満々のようだ。
ちわわんのほうも、そうなることは予想済みだったのだろう。
「ノベル風のゲームね? いいんじゃないかしら。それだったら、シャムちゃんがお話を考えるっていう役割もできそうだし」
「あっ、やるやる! あちしがお話考える! むむむむむ、浮かんできた浮かんできた! もうほとんどお話の筋は決まりそうだわ!」
やる気をこれでもかと溢れさせているシャムに、ぼくは一抹の不安を覚える。
「……ぼくを下僕にする話はやめてね」
「ガーン! いきなりお話を全否定された!」
「……ほんとにそんな話を考えてたのか……。しかも、それがメインストーリーだったってこと……?」
ちょっとした冗談のつもりだったけど、止めておいてよかった。
「む~、いいお話になると思ったのになぁ……。ま、いいわ。今週末でなにか素晴らしいお話を考えてくるわね!」
「うん、お願いしますわね。わたくしとしては、できれば自分でプログラミングして作りたいところだったのですけれど……。今回は時間も足りませんので、こういったコンストラクションツールを使うのがベストかと思いますわ」
シャムが胸を張って自信に満ち満ちたセリフを吐き出すと、ちわわんはその様子を苦笑まじりに見つめ返しながらも、自分なりに納得のいく結論を導き出したようだった。
「あっ、ちわわんってプログラムするんだ」
なんだかちょっと嬉しくなって、テンションが上がっているのが、ぼくの口調にも如実に表れていた。
ぼくはプログラム好きでパソコンを使い始めたようなものだし、それにプログラムする女の子っていうのはかなり少数派らしく、これまで周囲にそんな子がいたことなんてなかったからだ。
これでもぼくは、小学校低学年でプログラムを始めた身。いろいろと教えてあげたりなんてことも可能かも。
と思っていたら。
「ええ。様々な言語を習得しておりますわ。C++が基本ですけれど、JavaやVB、PascalにCOBOL、PHPやPerlなどもできますわね」
……どうやらちわわんは、ぼくなんかよりよっぽど、プログラミングに精通した上級者のようだ。
逆に教えを乞うことになるかもしれない。
「伊達くんも、今回はこういうツールを使ってみてはどうでしょうか?」
ちわわんはそんなふうに提案してくれたけど、プログラムがしたくて計算部に入ったのだから、ぼくとしてはどうしてもそうする気にはなれなかった。
「ん~、でもぼくはやっぱり、自分でプログラムを組んで作品を作りたいかな」
「意地張らないで、楽できる道に進めばいいのに。フェレットってば、M?」
「違うって!」
「土下座してお願いするようなら、あちしとちわわんと一緒に作るってのも、考えてあげたっていいのよ?」
どうしてこんなに、上からの態度で言われなきゃならないんだか。
「そこまでして協力してほしいなんて思わないよ! だいたいシャムと一緒じゃ、口ゲンカばっかりで進まないし!」
「はいはい、そうですか! だったらせいぜいひとりで頑張りなさいよね!」
「ああ、頑張るさ!」
「ふん! そんなこと言って、もし間に合わなかったらどんな言い訳をするのかしらね? 今から楽しみだわ!」
「勝手に言ってろ! 徹夜したって仕上げてやる!」
ぼくとシャムは、まるで磁石の同じ極のように、激しく反発し合う。
……あれ? 同じ極じゃ、似た者同士って感じになってしまう気も……。
「ふぉっふぉっふぉっ! 元気があっていいな、伊達!」
不意に部長と同じような笑い声を上げながら、ひとりの男性が声をかけてきた。
この計算部の顧問を務める、狸林霧科先生だ。
学生からは、タヌキ先生と呼ばれている。
部長の叔父さんに当たる人で、部長とそっくりな顔をしている。
違いといえば、鼻の下にヒゲを生やしていることくらいだろうか。
性格もどうやら部長似のようで、かなりの放任主義者らしい。
「申請すれば部室での泊り込みも可能だからな~! ま、頑張れよ~! んじゃ、オレはこれで!」
部室のドアを開け、その場でちょっとした連絡や雑談をしたと思ったら、部長同様の笑い声だけ残してすぐに去ってゆく。
それがこのタヌキ先生の顧問としての唯一の活動と言っても過言ではない。
こんな先生が顧問で、はたしてこの部は大丈夫なのだろうか?
不安にはなるけど、だからといって、どうにかできるものでもない。
「……さて、それでは今日はこのくらいにしておくかの」
しばらく蘭香さんが淹れてくれた紅茶を飲みながらお菓子を食べたり雑談したり、たっぷりとまったりした時間を満喫したのち、部長がそう言って今日の部活動は終了となった。
……春の展示会まで一週間なのに、みんなまったく焦っている気配がないけど、大丈夫なのだろうか……?
そんな思いを抱きながら、週末を迎えた。




