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「よし、これで揃ったようじゃの! さてそれでは、春の展示会で配布するDVDの準備について、全員参加の打ち合わせを開始するぞよ!」
金曜日の放課後、掃除当番だったぼくが遅れて計算部の部室に入るなり、部長がそう宣言した。
「春の展示会……ですか」
「うむ、そうじゃ!」
「DVDで配布するって、なにか作品を作る必要があるってことですよね?」
「無論、そのとおりじゃ!」
まだ席に着く前から喋り出した部長に対して、ぼくが疑問や質問を投げかけると、すぐさまこんな感じで答えが返ってきた。
ふむ……。なるほど。
その打ち合わせだからこそ、いつも以上に狭っ苦しい状況になっているのか。
みんなが詰めて座っている中、一ヶ所だけ空いていた席――ぼくの定位置となりつつある、シャムの隣の席に腰を下ろす。
「ちょっと! くっついてこないでよ、いやらしいわね!」
速攻で文句の言葉が飛んできた。
「なんだよ!? 肘がかすっただけじゃん! だいたい、これだけの人数がいるんだから仕方ないだろ!?」
「うっさいわね! ツバを飛ばすな! 死にさらせ、このウ○コ!」
「そっちのほうが何倍もうるさいだろ!? それに、女の子がそんな言葉を使うなっての!」
「いいじゃん、べつに! ウ○コウ○コウ○コウ○コ!」
「連発するな!」
なんというか、シャムと顔を合わせるたびに口ゲンカになるというのも、そろそろ恒例行事となってきている気がする。
そんなぼくたちの様子を見て、ふたり分の聞き慣れない笑い声が響く。
「はっはっは、いや~、賑やかになってるな~!」
「あはははは、ほんと、そうだね~!」
パイプ椅子に座り会議テーブルの片隅に陣取っている、見慣れないふたりの男子生徒が発した声だった。
以前部長が話していた、他の部と掛け持ちしている二年生の部員なのだろう。
スポーツ刈りのがっしりした体格のふたり。顔もそっくりで、見た目には同じ人のように思えてしまう。
これだけ似ているということは、一卵性の双子に違いない。
「おお、亀井兄弟、そうなのじゃよ! ……と、一年生諸君は、初顔合わせとなるかの? こやつらは、亀井リク・ミドリの、双子の兄弟じゃ」
「オレが兄のリクだ! サッカー部との掛け持ちだけど、よろしくな、一年生! それにしても、女子率が高くなって華やかになったもんだな!」
「そうだね。兄貴と同様、オレもサッカー部との掛け持ちだけど、よろしくね!」
見た目はまったく同じでも、どうやら性格的には違いがあるみたいだ。
お兄さんであるリク先輩は思いっきり体育会系っぽいけど、弟のミドリ先輩はちょっと文化系っぽい印象を受ける。
どうでもいいけど、パソコンを扱うような計算部と、バリバリ体育会系のサッカー部との掛け持ちなんて、結構大変なんじゃないだろうか。
「掛け持ちでも、毎回展示会の作品はしっかり作ってくれるのよね、リクくんとミドリくんは」
「どっちも好きでやってることだからな!」
「……兄貴のプログラムはバグだらけだから、オレが苦労してるんだけどね」
全員参加の打ち合わせと言っていただけあって、文鳥先輩の姿もあった。
受験勉強のため引退した身のはずだけど、こういう場だからかしっかりと顔を出してくれたようだ。
幼馴染みだという話だし、部長のことが心配だからというのもあったのかもしれないけど。
その他に、シャムとセットと言ってもいい友人のちわわん、今日もやっぱり女子の制服を着用している蘭香さん、手鏡で自分の前髪を確認しているウルフ先輩も、もちろん席に着いている。
以上、総勢九名。
今いるメンバーが、掛け持ちと引退済みの人も合わせた全部員ということになる。
たったこれだけで、肘がぶつかるくらい窮屈になっているのは、部室の狭さもさることながら、壁沿いに並べられたダンボールなどの雑多な物品にその原因があると考えるべきだろう。
数々のソフトウェアやパソコン系の雑誌などが並べられた棚も、ぼくとしては宝の山のように思えるけど、もう少し整理整頓すればかなりのスペースを確保できそうだ。
くさい・汚い・カッコ悪いの三拍子揃った計算部、といった不名誉な言われ方を払拭するためにも、シャムが言っていたように、早急に掃除する必要があるのは間違いない。
もっとも、綺麗・可愛い・かぐわしいの三拍子っていうのは、ちょっとどうかと思うけど。とくに、可愛いという部分……。
部室全体がピンク色で覆われ、可愛らしい動物なんかの図柄がいっぱいで、お花の匂いに包まれたりなんかしていたら、男のぼくとしてはなんだか恥ずかしくて、落ち着いてプログラムもできやしないだろう。
と、それはともかく。
ぼくとシャムのせいで、と言えるかもしれないけど、一旦途切れてしまっていた部長の話が再開された。
「春の展示会は、再来週の月曜日から一週間となっておる。放課後に各部がそれぞれ展示をする感じじゃな。すなわち、準備期間はあと一週間ちょっとしかない、ということじゃ」
「えっ……? 一週間ちょっとで作品を作るんですか!?」
「そうじゃ。ワシらは去年の文化祭のあとから構想を練って作っておるがな。新入部員諸君は時間もないし、簡単なものでよいぞよ」
ふぉっふぉっふぉと、相変わらずの笑い声を飛ばしながら、部長が軽く言ってのける。
それにしたって、たった一週間程度でなにをどうしろというのだろう。
「大丈夫よ。新入部員は、なにか提出したという実績が重要なだけだから。部活動に対する意欲を見るって感じかしら」
蘭香さんが、うふふと微笑みながら解説を加えてくれる。この先輩もやっぱり、相変わらずだ。
「でも、やるからにはしっかりやりたいです」
「あら、真面目なのね」
ぼくが答えると、蘭香さんはそう言いながら優しく頭を撫でてくれた。
爽やかな甘い香りにも包まれ、思わず頬が緩む。
う~ん……。気を抜くと、この人が本当は男だということを、完全に忘れ去ってしまうな……。
「作品は、ゲームでもCGでも音楽でも構わん。個人個人でそれぞれ作ることが望ましいが、そうじゃの、新入部員は三人で共同制作でもよいぞ?」
部長の言葉に真っ先に反応したのは、案の定、シャムだった。
「はぁ? あちしはイヤですからね! こんなヤツと一緒に作るなんて!」
ビシッとぼくに向けて人差し指を伸ばし、大声で文句を言い始めたのだ。
なんと頭に来る物言いだろうか。
だいたいシャムは、パソコンに触ったことすら、ほとんどないはずなのに。
「なにもできないくせに」
ボソッ。ついつい口に出してしまっていた。
「なによ!? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言えば!?」
おそらくハッキリ聞こえていたに違いないのに、シャムは凄まじい勢いで突っかかってくる。
対するぼくだって、黙って耐え忍ぶような人間じゃない。脊髄反射的に怒声を返す。
「なにもできないくせにって言ったんだよ! ちゃんと聞こえてるのに聞こえないフリまでして! 文句ばっかり言うなよ!」
「ぬぁんですってぇ~!? あちしが悪いとでも言うのっ!?」
「そうだよ! 当たり前だろ!? まったく、普段から頭を使わないと、脳が腐るよ?」
「うがぁ~、ムカつく、コイツ! そっちこそ、蘭香さんに頭を撫でられてデレデレして、脳ミソとろけちゃってるんじゃないの!?」
「はぁ? なんでそこで蘭香さんが出てくるんだよ!? バカじゃないの?」
「うっさいわよ、この変態!」
お互いにガンを飛ばし合い、至近距離から罵詈雑言を浴びせかけるぼくとシャムの様子を、部員たちは生温かな目線で眺めていた。
初見となるリク先輩とミドリ先輩の兄弟は、さすがに目を丸くしていたけど。
「ケンカするほど仲がいいって言いますものね~」
ちわわんがなにやら、すっとぼけた意見を述べる。
『そんなわけあるか!』
意図せず、ピッタリと重なってしまう、ぼくとシャムの声。
「マネすんな!」
「そっちこそ!」
「あちしはマネしてないもん! 死にさらせ、このウ○コ!」
「またそういう汚いことを! やめろって言ってるだろ!?」
「あんたには関係ないでしょ!?」
……まぁ、ぼく自身も悪いとは思うのだけど。
こうして今日も今日とて、部室内には騒がしい声が響き渡るのだった。




