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K3部  作者: 沙φ亜竜
第7章 夢? 現実? そして伝説へ……。
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-2-

「ふぉっふぉっふぉ、おはよう、諸君!」


 突然部室のドアが開かれた。

 入ってきたのは、顧問のタヌキ先生だった。

 と、その背後から続いて四人ほどの人が狭い部室内に入ってくる。


 見たことのない顔ばかりなので、この学校の生徒でも先生でもないはずだ。

 どうやら男性三人、女性ひとりのようだけど、この人たちはいったい……?


 そのうちのひとり――唯一の女性を見て、蘭香さんが声を上げる。


「お姉ちゃん!」


 えっ? 蘭香さんのお姉さん?

 確かこの学校の卒業生で、ゲーム会社に就職したって話は聞いた気がするけど……。


「お姉ちゃんは計算部のOGなのよ」

「そして、今は我が社の社員でもある」


 蘭香さんのあとを継いで説明を加えたのは、入ってきた男性のうちのひとりだった。

 スーツをピシッと着こなし、なんとなく偉そうな雰囲気を漂わせている。


「わたしは、株式会社アスカリスタの社長で、このプロジェクトのディレクターでもある中村です」

「プランナーの横田です」

「メインプログラマーの相沢です」

「デザイナーの蘭香です。……兎跳もいるから紛らわしいかしら。下の名前で、兎鞠(とまり)と自己紹介すべきかしらね?」


 社長を筆頭に、四人全員が自己紹介をしてくれた。

 その四人が勤務しているアスカリスタというゲーム会社は、社員のほとんどが明日狩工業の計算部所属だった人間で構成されているらしい。


「我が社では、大手企業からの出資を受け、新たな発想によるゲーム開発に着手しています。それがリアリスティックゲームというもの――すなわち、キミたちに体験してもらったゲームです」

「あれは夢じゃなくて、ゲームだったんですね」

「いや、ゲームだけど、夢でもあるんです。周囲にいる全員で同じ夢を見て、同じゲーム世界で遊ぶ、そういったシステムを構想しているんですよ。タヌキ先生に協力してもらい、キミたちには内緒で実験に参加していただきました」

「まだ研究段階ですが、今回のシステムでは催眠効果を及ぼす煙を用いて集団催眠にかけた上で、音楽などによってゲームのシナリオを脳裏再生させるようになっています。ぼくは大学時代、薬学を専攻していましたので、催眠効果部分を担当させていただきました」


 社長の中村さんの話に、プランナーを名乗った横田さんも補足説明を挟む。

 ぼくたちが夢の中でファンタジー世界に入ったとき、さほど混乱することもなく、ナビゲーターである妖精エルちゃんの話を素直に信じ込んでしまったのも、催眠効果が影響していたからのようだ。


「でも、ゲームの中の世界だというのは、薄々感じていましたけどね」


 蘭香さんが言う。

 かくいうぼくも、途中からではあるけど、なんとなくそんな気はしていた。

 ゲーム好きだから、というのもあるのかもしれないけど。


「どうやら催眠効果が薄い人もいたみたいですね。個人差がある、と……」


 横田さんはなにやらメモを取り始めた。


「フッ……、確かにそうだな。オレは完全にゲーム的な感覚で考えていた。だからこそ、フェレットに真紅の宝玉を渡したんだ。剣士になっていたフェレットが、おそらく主人公だろうと踏んでな」

「そうだったんですか」


 ウルフ先輩も催眠効果が薄かったひとりだったようだ。


「う~ん……。現実世界での知識も使えてしまうから、完全なファンタジー世界での冒険というのは、リアリスティックゲームではなかなか難しいのかもしれないね」

「そうですね。メモメモ……」


 中村社長がつぶやくと、それもしっかりメモに取る横田さん。


「それにしても、タヌキ先生。内緒でぼくたちを実験に使うなんて、ひどいんじゃないですか?」

「ふぉっふぉっふぉ。先に知らせてしまっては、初見での正常なデータが取れないかもしれないからな。本当は最初に伊達が泊り込んだ日から実験を開始していたのだが。システム側の不具合で上手く動作しなかったようだ。ま、それが功を奏し、結果としては部員全員を実験に参加させることができたわけだがな」


 ぼくの文句に、タヌキ先生は悪びれる様子もなく、そんなことを言ってのけた。

 まったく、この人は……。


「今回はテスト用の簡易シナリオだったんだけど、解法としてはひとつではなかったんだ。参加する人によって、様々な展開が楽しめるようにね」


 プログラマーの相沢さんがさらに解説を加えてくれる。


「とはいえテスト用だから、ところどころ粗い部分もあったんだけどね。日記に『かごめかごめ』の文字を書いたのは誰なのかとか、ファンタジー世界のはずなのにどうして『かごめかごめ』なのかとか、腑に落ちない点も多いでしょ?」

「そういえば、そうですね。もっとも、その場にいるときには、あまり気になりませんでしたけど……」

「催眠効果がある程度有効に働いていた証拠かな。話の展開としては、最後には小さなサイズに戻った妖精が涙を流して命乞いをし、それを主人公である剣士は無慈悲に斬り捨てることができるのか、といったイベントも用意されていたんだけど。そこはスルーされちゃったみたいだね」

「そうですね……。だとすると、真紅の宝玉に妖精たちを封印することができてしまったのって……もしかしてバグ、ですか?」

「あはははは、バレちゃったか。うん、実はそうなんだ。恥ずかしながら、多分ぼくの担当した部分のプログラムミスによるバグだと思うよ」


 ぼくからの指摘に、相沢さんは素直にミスを認めて照れ笑いを浮かべていた。

 魔法の言葉、「仕様です」で済まされるのかと思ったけど、そんなことはなかったようだ。

 まだまだ開発中の段階だから、ある程度は想定内の結果だったのかもしれないけど。


 ちなみに、エルちゃんの名前であるエルッタブラニフというのは、アルファベットにするとelttablanif。

 逆さにするとfinalbattleで、文字どおりファイナルバトルという意味でつけてあった仮の名前だったらしい。

 催眠効果の薄かった誰かがそこに気づいてしまったら、エルちゃんがラスボスだという展開すら読めてしまっていたかもしれない。


「無断で実験に参加させてしまって、ごめんなさいね」


 蘭香さんのお姉さん、兎鞠さんが謝罪の言葉を口にして頭を下げる。

 考えてみたら、それがなにを置いても先に行うべき対応だったかもしれない。

 だけど、ぼくたちも充分に楽しめたわけだし、なんといっても新たなゲーム開発の手伝いができたのだから、こちらとしては嬉しいという思いすらあった。

 そう考えたのはぼくだけではなかったようで。


「フッ……、いえいえ、いいんですよ」


 ウルフ先輩が髪をかき上げながら兎鞠さんに答える。この人の場合、相手が女性だからというのもありそうだけど。

 他のみんなも同じ気持ちを抱いているのだろう、微かに笑みを浮かべながら黙って頷いていた。


「貴重な経験をさせていただいたとは思いますけど……。ただ、失礼ながら言わせていただきます。詳しくは知りませんが、催眠効果のある煙を充満させて集団催眠にかけるというのは、法律的に問題があるんじゃないでしょうか?」


 不意に文鳥先輩がそう進言する。

 言われてみれば、そのとおりで。

 法律上どういう扱いになるかはよくわからないけど、かなり問題になりそうなシステムなのは確かだろう。

 ともあれ、どうやらそれは開発側としても承知の上だったようだ。


「そうなんですよね。その辺りをどうにかして改良していく必要もあるんですよ。例えば初めから音楽を流してリラクゼーション効果で自然にゲーム世界へと入っていけるようにするとか……」


 中村社長がポリポリと頭をかきながらつぶやく。


「もっともその場合でも、あくまで夢の中で完結するようにできないとダメですね。今回、カッターを使って実際に髪の毛を切ってしまったみたいですから。下手をしたら、殺人事件を引き起こすことにもなりかねないですし……」


 改めてそう考えると、とても危険な実験だったのかもしれない。

 それでも、ぼくたちの心の中は、純粋にファンタジー世界でのゲームを楽しめたという満足感や爽快感でいっぱいになっていた。

 髪を切られてしまったシャムにとっては災難でしかなかったかもしれないけど、そんな彼女も今、ぼくの隣に並んで笑顔を浮かべているのだから、同じように楽しめたと思って間違いないだろう。


 窓から差し込むまぶしい朝日を受けながら、清々しい朝を迎えたぼくたち。

 無断で行われた実験ではあったものの、なんとも言えない充実した気持ちでいっぱいになっていた。

 ……のだけど。


「どうでもいいのじゃが、展示会までもうあまり時間がないぞよ? そこのところ、理解しておるのかの?」

『あ……あああああああ~~~~~~っ! すっかり忘れてた~~~~!』


 ぼくとシャムの悲鳴のごとき声が重なる。

 どうやら先輩方は余裕ありの様子。ちわわんはおっとりしているから、とくに驚いていないようだったけど。


 今日はすでに金曜日の朝。展示会は来週月曜日の放課後から始まる。

 今週末は修羅場になりそうだ。


 とはいえ、仕方がない。

 ため息をつきながらも、連続徹夜作業の覚悟を決めるぼくだった。


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