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気づくとぼくは、部室のテーブルに突っ伏していた。
どうやら眠ってしまっていたようだ。
真っ白いまぶしい光、それは窓から差し込んできている朝日だった。
さっきまでのことは、全部夢だったのだろうか……?
だけど、ちょっと違和感……というか、なんとなく体が重く、身動きが取りにくい。
それに、なんだか匂いがする。
微妙な感じだけど、嫌いではない、この計算部に入部してから嗅ぐようになった匂い。
部室自体に充満している異臭ではなく、もっと別の匂い――。
「う……ん……」
すぐ目の前でなにかがうごめく、と同時に耳に届く微かな声と吐息……。
って、あれ……?
ようやくぼやけた頭が徐々に正常な思考を開始する。
目の前、超至近距離に女の子の寝顔があった。
この顔って、シャム……?
と思い至った途端、頭は完全にはっきりする。
ななななななんでシャムがこんな至近距離で寝てるの!?
もし今シャムが目を覚ましたら、確実に罵声を伴ったグーパンチを食らってしまう。
慌てて離れようとするも、体が動かない。
あ……重いと思ったのは、シャムの腕がぼくの肩の上に乗っけられているからか!
腕を乗っけている、というよりも、片腕だけとはいえ、シャムのほうから抱きついてきているような体勢。
これって……もしかして、シャムが自分から望んでここで寝てるってこと……?
自分に都合のいい解釈をして顔をほころばせていると、バサリと音がしそうなほど長いまつ毛をたたえた目が、突然大きく開かれた。
「あ……えっと……おはよう、シャム」
「ん……うん……おはよう……」
まだ寝ぼけているのだろう、素直に挨拶を返してくるシャム。
一瞬の沈黙ののち。
「って、あんた、なんであたしと一緒に寝てんのよ!?」
ガバッと飛び起きて、大声で叫んだ。
その言い方は、誤解を招くような気がするけど。
実際の状況を解説すると、シャムはぼくの椅子に半分お尻を乗せる格好……というか、きっとぼくを押し出して無理矢理座った格好で、横にぴったり寄り添いながらにテーブルに突っ伏して眠っていただけだった。
腕がぼくの肩の上に乗っていて、引き寄せられているような感じだったし、他の人に見られたら確実に誤解されそうな状態だったとは思うけど……。
ん? あれ? 他の人……?
そういえば、昨日は計算部の部員全員で泊り込んだわけで。
ということは……。
おそるおそる顔を上げて辺りを見回してみる。
にまにまにまにま。
ぼくとシャム以外の全員、低血圧で寝起きが悪そうな印象のちわわんさえもがすでに起きていて、こちらに生温かな視線を向けながらいやらしく微笑んでいた。
「やっぱり仲がいいんだな、お前らふたりは!」
リク先輩が真っ先に冷やかし始めると、それに続けとばかりに、みんながみんな、ぼくとシャムをからかう言葉を投げかけてくる。
「仲よく向かい合って眠ってましたわね~」
「フッ……、しかもすごく近かったよな!」
「ふぉっふぉっふぉ、お互いの温もりを感じながら、って様子じゃったの」
「うふふ。もう完全に公認の仲ね」
全員、敵だ!
「ちちちちち違うわよ! そんなんじゃないから! どうしてこんなヤツと!」
「そうですよ! だいたいなんでぼくがシャムなんかと!」
「シャムなんか!? ひどっ!」
「そっちだって似たようなことを言ってたじゃんか!」
「うっさい! 死にさらせ、このウ○コ!」
否定の言葉から、いつもどおりお互い罵声を飛ばし合う展開に。
べつにぼくだって、わざわざケンカをしたくて言い返しているわけじゃないけど。
でも、こんなふうに思いっきり言い合える関係っていうのも、結構心地いいものだな、なんて思ったり。
と、そこで再び、ちょっとした違和感を覚える。
「あれ? なんかシャム、雰囲気が違う……?」
よくよく見てみると、アップに盛っていたボリュームたっぷりの髪の毛が、なくなっている……?
「え……?」
ぼくの視線を追って、シャムは自分の後ろ頭の辺りを手でぺたぺたと確認する。
「か……髪の毛が!」
「う……」
ぼくはおそらく夢の中にいる状態だから大丈夫だろうと考えて、シャムの髪を切って燃やすなんて行動に出たわけだけど。
もしかすると、夢遊病みたいな感じで、実際に切ってしまっていたの!?
テーブルの片隅を見ると、蘭香さんが展示会用の飾りつけなどを作るために用意していたカッターが、刃の出た状態で置かれていた。
どうやらこれを使って切ってしまったようだ。
「ちょっと、フェレット、大丈夫って言ってたじゃない! どういうことよ!?」
「わぁっ、ごめん、シャム!」
謝りながら、あれ? と引っかかりを感じる。
ぼくが大丈夫って言ったのを、なんでシャムが知ってるんだ?
もしかして、全員で同じ夢を見ていた……?
と、じっくり考えをまとめる余裕もなく。
「ひどい! あちしの髪をこんなにめちゃくちゃにして! 最悪! フェレット、どうしてくれんの!? ちゃんと責任取ってよね!」
シャムは言いたい放題怒鳴りつけつつ、当然のようにグーパンチも繰り返す。
痛かったけど、髪の毛に関しては完全にぼくが悪い。ここは黙って殴られておくしかないだろうと考えていた。
ただ、今のシャムの言葉に、周りの部員たちはみんな激しく食いついてしまったようで。
「あら、責任取ってですって!」
「おお~! お嫁さんにもらって~ってことだな!」
「うふふ、ホント、シャムちゃん大胆!」
『えっ……』
ぼくとシャムの困惑の声が重なる。
『そ……そういう意味じゃないですから!』
続く言葉も完全に重なり、「息ピッタリ!」とさらなる冷やかしを受けてしまうのだった。




