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「黙ってやられるわけにはいかねぇ!」
「もちろんだよ!」
リク先輩とミドリ先輩が、エルッタブラニフに突撃を仕掛ける。
しかし、近づくことすらままならず、簡単に弾き飛ばされてしまった。
「抵抗するのね、愚かな人間ども。せいぜい、悪あがきするがいいわ!」
まったく歯が立たない上に、相手のほうが圧倒的に巨大で数も多い。
そんな中で勝機を見い出すのは、至難の業だ。
とはいえ、リク先輩が言っていたとおり、黙ってやられるわけにはいかない。
なにか策はないか。考えを巡らせる。
正攻法では無理なら、作戦で勝つしかない。
ただ、その作戦が思いつかないのもまた事実。
巨大な妖精たちは、じわじわと迫ってきている。いつまでも待ってはくれまい。
人間は珍味だとか言っていたし、さて誰から頂こうかと舌なめずりをしながら物色しているような状態なのかもしれない。
ぼくたちの人数のほうが妖精の数より少ないのだから、取り合いで同士討ちにでもなってくれれば有り難いところだけど。
当然ながら、そんな都合のよい展開になるはずもない。
それに、取り合いをさせる作戦を採用する場合、ぼくたちのほうにも犠牲者が出る覚悟が必要となってくる。そんな危険は冒せない。
「そうだ!」
ぼくは素早く身を躍らせ、玉座の背後に回る。
「隠し通路から逃げるつもりか? だが、結局は追いつかれて終わりだぞ? 通路が細くて妖精たちが通れないなら上手くいくかもしれないが……」
ウルフ先輩もいろいろと考えを巡らせていたのだろう。だけど、その予想は外れていた。
ぼくが狙ったのは、真紅の宝玉。
玉座裏のくぼみにはめて封印が解かれたなら、それを外せば封印の効果が復活するはず。そう考えたのだ。
でも……。
「くっ……ダメか」
宝玉を外したところで、妖精たちにはなんの変化もなかった。
とりあえず、宝玉を投げ捨てるわけにもいかず、ぼくはそれを腰に下げたままだった袋の中に仕舞う。
「無駄なあがきを……。でも、面白いわ。次はどんな手段を用いてウチを楽しませてくれるのかしら?」
エルッタブラニフは、完全に状況を楽しんでいる。
一方ぼくたちは、誰も有効な対抗手段を思いつかない。
と、部長の声が響く。
「あっ……! いや、しかし……」
「部長、なにか考えついたんですか!?」
藁にもすがる思いで勢いよく食いつくぼくだったけど、
「相手がこうも多くては、所詮無理じゃ……」
「そう、ですか……」
弱気な声が返ってくるだけだった。がっくり項垂れる。
他のみんなも同じようにうつむいてしまっていた。
「もう終わりかしら? だったらそろそろ、お食事タイムとシャレ込みますかね~♪」
エルッタブラニフの声に、周囲の巨大妖精たちも嬉しそうに顔を歪ませる。
相手がいくら巨大な姿をしていようとも、生物であることには間違いない。
だったら、例えば全員いっぺんに眠らせるような方法がなにかあれば……。
ただ、言うまでもなく、ぼくたち自身が眠ってしまっては困る。
妖精だけを眠らせる、そんな都合のいい方法なんて、あるはずも――。
そこまで考えて、ひとつの光景を思い出す。
「これだっ!」
ぼくはすぐ横に並ぶシャムに、鋭い剣の切っ先を向ける。
「えっ? ちょ……っ、なにしてんのよあんた!? 気でも狂ったの!?」
「ごめんシャム。だけどもう、こうするしかないんだ!」
「えっ? えっ? ええっ!?」
困惑の表情を向けるシャムに向け、ぼくは一気に剣を振り下ろす。
シャムの髪の毛の一部を手で強引につかみ、そこを目がけて一気にっ!
美容院でハサミによって切り裂かれるのと同じような音を響かせながら、シャムの髪の毛が――アップに盛っていた大量の髪が、彼女の頭から離れてぼくの手の中に収まった。
「うぎゃーっ! なにすんじゃ~!」
鬼のような形相で怒鳴りつけ、同時に殴りかかってくるシャムの反応は予想どおりではあったけど。
今は構っていられない。
「蘭香さん、これに炎を!」
「……ええ、わかったわ!」
一瞬でぼくの考えを理解してくれたのだろう。
躊躇することなく、蘭香さんは魔法を唱える。
指先からほとばしる炎。
その炎は、ぼくの手中にある髪の毛を容赦なく包み込む。
ぼくはそれをとっさに放り投げた。
さすがに手に持ったままではヤケドをしてしまうからだ。
髪の焼け焦げるニオイが周囲に漂う。
それに合わせて、シャム特有の独特なニオイまでもが辺りに充満していく。
「フッ……。シャムちゃんの髪のニオイで、エルちゃんは酔っ払ったような状態になっていた。だから、他の妖精たちに対しても有効なのではないか。そう考えたってわけか」
ウルフ先輩が分析の声を上げる。
「そういうことです」
思ったとおり、妖精たちはふらふらと足もとも覚束ない状態に陥り、次々とその場に倒れ込んでしまった。
二十体以上もの巨大な妖精たちがうずくまっている状況は、絵的にすごくシュールな気がする。
「くっ……やってくれるわね……!」
すべての妖精たちが倒れ込んだのは確かだった。
それでも、エルッタブラニフだけは、ふらふらしながらも立ち上がる。
「シャムの髪の中にずっと入っていたせいで、慣れて耐性がついたってことか!」
ふらふらな状態とはいえ、ぼくたちの力で勝てるのか。
相手はエルッタブラニフひとりだけ。
どうにかなるかも……?
ともあれ、さっきリク先輩たちが突撃したときには、近づくことさえできなかった。
圧倒的な力の差の前では、数による優位性は成り立たない。
「こういう場合、なにかヒントになるようなことがあるはずよ!」
蘭香さんが叫ぶ。
「そうだ! さっきの部長の案! 相手がひとりだけなら、有効なんじゃ!?」
全員が部長に視線を向ける。
「そんなに見つめちゃイヤン、なのじゃ」
「ボケてる場合じゃないですってば!」
「……すまんの。では改めて。『かごめかごめ』じゃよ」
かごめかごめ……。
あの日記にあった殴り書き……。
はたしてそんなことで、この強大な力を持つ相手に立ち向かえるのか。
今は迷っているときじゃない!
「みんな、手をつないで輪になるんだ!」
叫びながらリク先輩が真っ先に動き、ミドリ先輩やウルフ先輩たちが続く。
それに倣って、他の部員たちもみんな、手をつないで輪を形成する。
ぼくはすぐ隣のシャムに手を伸ばす。
「い……いやよ、あちし! こんな最低男と手をつなぐなんて! あちしの髪を返せ!」
どうやらさっきの髪を切ってしまった件を、相当恨みがましく思っているようだ。
……まぁ、当たり前か。
「ごめん、シャム。でも、大丈夫なはずだよ。それに、今はそんなことでもめている場合じゃないんだ!」
「そんなことってなによ!? あちしにとっては大切な問題なんだから!」
「いいから黙って手をつなぐんだ!」
このままではいつもみたいな言い争いで無駄に時間を浪費してしまう。
ぼくは有無を言わさず、シャムの手を握った。
「文句ならあとでたっぷり聞くから!」
そう言ってぎゅっと握った手に力を込める。
「…………」
シャムは無言ながら、ぼくの手を握り返してくれた。
反射的に文句を吐き出していたけど、頭ではわかっていたのだろう。
これで輪が完成した。エルッタブラニフを取り囲む、大きな輪が。
……で、これでどうしろと……?
「かごめかごめというと……歌う……のかな……?」
「どうやらその必要はなさそうじゃ」
部長の声に、視線を中央へと向ける。
そこには、苦しげなうめき声を漏らし、うずくまるエルッタブラニフの姿があった。
「うぐぐぐぐ……」
もう、まともに喋る余裕すらなさそうだ。
といっても、このまま輪になって囲み続けていればいいというわけでもないだろう。
周囲にいるたくさんの巨大妖精たちは、少しずつニオイに慣れてきているのか、それとも単純に謁見の間の外に空気が流れ出し薄まっているのか、徐々に起き上がり始めている。
ぼくたちに残された時間は少ない。
「そうだ! 弱っている今なら、封印できるかも……!」
ぼくはシャムに手首の辺りを握ってもらい、腰の袋から真紅の宝玉を取り出した。
それをすぐさま、高々と掲げる。
すると、宝玉が真っ赤に輝き始めた。
と思った次の瞬間には、
「うぐあああああああああああああっ!」
エルッタブラニフの悲鳴が響き渡り、時空魔王のときと同様、みるみるうちに巨体が縮んでいく。
そしてそのまま、宝玉の中へと見事に吸い込まれていった。
それだけではない。
周囲にいたたくさんの巨大妖精たちもまとめてその巨体が縮み、すべての妖精たちが宝玉に飲み尽くされるかのように吸い込まれて消えていった。
それと時を同じくして、視界は真っ白な光に包まれ始める。
目を開けていられないほどの、激しい光……。
「うわっ、どうなってるんだ!?」
「きゃっ、まぶしいっ!」
「オレたちもまとめて、吸い込まれたってことなのか!?」
「そ……そんなのイヤー!」
部員たちの叫び声が飛び交う中、ぼくの意識はぷっつりと途絶えた――。




