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「おっ、動けるぞ!」
リク先輩が真っ先に喜びの声を上げる。
時空魔王が真紅の宝玉に吸い込まれたことで、ぼくたちを束縛していた力も消えたのだろう。
「フッ……。しかし、真紅の宝玉にこんな能力があるなら、村人が魔王を封じることも可能だったんじゃないか?」
前髪をかき上げ、ウルフ先輩がなぜかカッコつけながら言った。
「たとえ宝玉の能力を知っていたとしても、恐怖で魔王に近づくことさえできないのが普通でしょ」
そんなこともわからないの? とでも言いたげな調子で文鳥先輩が反論する。
とはいえ、その顔には束縛から解放された安堵感がいっぱいに広がっていた。
「この玉、どうすればいいのかな?」
魔王を吸い込んだ真紅の宝玉をまじまじと見つめ、シャムが困った様子で尋ねてくる。
中に吸い込んだはずだけど、魔王の姿はどこにも見えない。
もし見えたら、それはそれでシュールだとは思うけど。
シャムはそんな宝玉を手でさすったりしながら、いろいろな角度から眺めていた。
その様子を見ていたリク先輩が、またもやからかいの声をかける。
「フェレットの玉、そんなに気になってるのか? 執拗に触りまくって」
「ちょ……っ!? フェレットの玉ってなんですか!?」
「はっはっは! でも実際、鎧の下の袋に入れてたんだから、結構近い位置にあったんじゃないか? とするとホラ、ニオイとかも移ってるかもしれないだろ?」
リク先輩がそう言うと、
「う……うああああ、ばっちぃ!」
シャムは宝玉を放り投げてしまった。
「こらこらこら!」
さすがに落として割れてしまったら問題だろう。
ぼくはすかさず腕を伸ばしてキャッチする。
「フェレットの玉がフェレットのもとに戻ったな!」
「わけのわからないことを言って、からかわないでくださいよ!」
まったく、リク先輩にも困ったもんだ。
「それにしても、ばっちぃって……。蘭香さんのは躊躇なく触ったくせに……」
ぼそっと言っただけだったのだけど、シャムが聞き逃すはずもなく。
「だ……だって蘭香さんのは確認しただけだし! それに蘭香さんだったら、汚いはずないし!」
「ぼくは汚いっての?」
「そ……そうよ! 当たり前じゃない! ばっちぃ! あっち行け!」
「相変わらず、ひどいな」
「ひ……ひどくないもん!」
そう答えながらも、どもっているところを見ると、少し言いすぎたとは思っているのだろう。
強がりなシャムのことだから、素直に認められないだけなのだ。
「だ……だいたいね! さっきのはなんなのよ!? いきなりあんな冗談なんか言い出して! そっちこそ、ひどいでしょ!」
「え? でも、冗談じゃないし」
思わず素直に答えてしまう。
「え……」「あ……」
ぼくとシャムは、気づけばお互い真っ赤になって見つめ合っていた。
「ひゅーひゅー、アツアツだねぇ!」
もちろん、リク先輩から執拗なからかい攻撃を受ける羽目になってしまったのだけど。
☆☆☆☆☆
「よくやってくれましたね、みなさん!」
シャムの髪の毛から顔を出し、エルちゃんがぼくたちに労いの言葉をかけてくれた。
「さあ、それではその宝玉を、玉座の裏側にあるくぼみにはめてください。それですべてが終わります」
エルちゃんにそう言われ、玉座の裏手に回り込むと、そこには確かに宝玉がぴったりとはまりそうなくぼみがあった。
なるほど。ここにはめることで、封印が完了するとか、そういった仕組みになっているってことか。
「ここにはめればいいんだね?」
「そうです!」
なんだかやけに元気いっぱいの声で、エルちゃんが答えてくれた。
シャムもぼくのすぐ横に並んで、様子を見守っている。
ばっちぃとかあっち行けとか言うわりに、気づいたらいつの間にやらぼくのそばに居たりするんだよね。
ともかく、シャムを含めた全員が見つめる中、ぼくは真紅の宝玉をそのくぼみにはめた。
カチャリと音がするほど、サイズもピッタリ。玉座裏にはまった途端、宝玉の赤さがさらに深まったかのように思えた。
いや、実際に赤みは増していた。
というよりも、赤く輝きを放っている……?
「ふふふふふ……これで、封印は解かれたわ」
エルちゃんが嬉しそうにつぶやく。
封印が、解かれた……?
魔王の封印が、これで完成したってわけじゃなく……?
疑問符を飛ばすぼくたちの目の前では、さらに疑問符が乱れ飛ぶような光景が繰り広げられることになった。
シャムの髪の毛から飛び出したエルちゃんの体が、みるみるうちに巨大化していったのだ!
それだけじゃない。
玉座を取り囲む広い謁見の間の壁から、すーっと姿を現してきたのは、エルちゃんと似たような容姿の妖精たち。
だけど全員が全員、先ほどの時空魔王と同じ……いや、それ以上の巨大サイズ!
しかもその数は、優に二十体を超えている!
エルちゃんの姿も今や、周囲に現れた巨大妖精たちと同様の巨大さへと変貌していた!
「ふふふふふ、これでようやく力を取り戻すことができた! よくやってくれたわね、感謝するわ、愚かなる異世界の人間ども!」
「ちょっとエルちゃん、どういうことよ!?」
この期に及んでも、ちゃんづけのままだったのは、シャムらしい部分かもしれない。
ずっと自分の頭の上に乗っかっていたことで、情が移ったりでもしたのだろうか。
ともかく、他のみんなはしっかりと現実を見据えていた。
すべてはエルちゃん……いや、エルッタブラニフと名乗ったあの妖精の策略だったのだ!
「シャムちゃん、あなただけはまだみたいだけど、他の人はだいたい気づいたようね。そうよ。初めからウチは、あなたたちを利用していたの。ニセの日記まで用意してね。時空魔王によって封印されてしまった仲間と自分の力を取り戻すために!」
エルッタブラニフは、すべてを語る。お約束どおりに。
喋り方すら、丁寧口調からぼくたちを見下したような物言いに変わっている。
村の話……妖精と人間が共存しているなんて話は、まったくの嘘っぱちだった。
確かに村はあった。ただし、それはずっと過去の話。
村の人間はひとり残らず死滅し、とっくの昔に廃村となっていたのだ。
そしてその村が廃村となった理由、それは――。
「ウチらが食べたのよ。人間の肉っていうのは、妖精にとっては最高の珍味だからね。ふふふ、あなたたちも食べてあげるから、覚悟しておきなさい。じゅるり」
ヨダレを拭きながら、ねっとりとした視線を向けてくるエルッタブラニフ。
妖精たちが村の人間を食べ尽くし、他の村や町を襲撃に行こうとした矢先に、時空魔王がこの城に住み着いた。
時空魔王は自らの身を挺して妖精たちを封印した。
それ以降、封印が解除されないように、この城を守り通していたらしい。
「それじゃあ、時空魔王って、いい人だったの!?」
封印してしまって、悪いことをしたのだろうか。
「ま、あの魔王だって、さんざん人間を苦しめてきた過去があるんだから、べつにいいんじゃない? 罪滅ぼしの意味でこんなことをしたみたいだけどね。忌々しいったらないわ、ホント!」
エルッタブラニフが苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「そんなわけだから、あなたたち、大人しくウチたちの食糧になりなさい!」
エルッタブラニフを筆頭とした巨大妖精たち二十数体は、ぼくたちをぐるりと取り囲み、徐々にその半径を縮めるて迫り来るのだった。




