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K3部  作者: 沙φ亜竜
第1章 くさい、汚い、カッコ悪い!
2/24

-2-

 入学式からちょうど一週間が過ぎた。

 今日は、入部申請の提出期限日だった。


 もっとも、期限が過ぎてしまっても、入部・退部することは可能なのだけど。

 ただ、積極的な勧誘活動は今日までと決められている。

 その後は、昇降口の前や正門辺りに陣取ったりして部員獲得を目指すといった活動はもちろんのこと、掲示板に貼り紙する程度の勧誘すらも禁止されるのだ。


 ぼくが入部した計算部も、正門前から昇降口へと続く通路に出向いての勧誘活動はしていたらしい。

 とはいえ、その活動に従事していたのが部長とウルフ先輩のふたりだった、ということからして、効果のほどは期待できないだろう。

 最終日である今日に至っては、ふたりともすでに疲れてしまったようで、勧誘活動にすら出かけず部室でのんびりしている有り様だし……。


 さて、初日から今日まで、ぼく以外の入部希望者の数はどうだったのかというと……まぁ、大方の予想どおりと言えるかもしれないけど、考えうる最低の数値――すなわちゼロだった。

 部室も狭いし、あまり人数が増えても困るけど、同じ一年生が他にいないというのは少々寂しい。


 蘭香さんが勧誘に行けば、入部希望者も簡単に集まるだろう。

 でも、それはさすがに騙しているようで悪い。

 そんな理由で、初日に蘭香さんの色仕掛けを禁止したのは、なにを隠そうこのぼく自身だった。

 だから、ここで今さら蘭香さんに頼るわけにもいかない。

 というわけで、ぼくはすでに諦めきっていた。


 ま、べつにいいや。少人数のほうが、静かでいいし。

 などと考えはするものの、実際には部長を中心にとても騒がしく、今日も狭い部室内にはホコリが舞い上がっているわけだけど。


「っていうか部長! 狭いしホコリっぽいんですから、暴れないでください!」


 思わず怒鳴る。


「いや、しかしじゃな。まずは準備体操から入るというのが運動部の基本ではないかの?」

「うちは運動部じゃありません!」

「まぁまぁ、フェレットくん。そんなに怒らないで、ゆっくりお紅茶でも飲まない?」

「……いただきますけど……」


 こんなホコリっぽい部室で紅茶を飲むというのも、かなり微妙な気はする。

 だけどぼくは、蘭香さんの申し出を断ったりはしない。

 ……もし断ったら、うるうるされちゃうし……。


 ふ~……。

 ゆっくりと息をつく。

 蘭香さんの淹れてくれた紅茶は、ちょうどよい甘さで、すさみ気味なぼくの心を落ち着かせてくれた。


 と、いつの間にやらティータイムへとなだれ込み、ほんわかムードが漂い始めていた計算部の部室に、突如として襲撃者が訪れる。

 ……いや、べつに本当に襲撃目的で来たってわけじゃないのだけど。

 それでも、そう表現してもいいと思えるような登場の仕方をしたのだ、その来訪者は。


「たのも~~~~!!」


 バンッ!

 スライドさせるタイプのドアだというのに蹴破ったかのような衝撃音を響かせながら、この計算部の部室へと押し入ってきたのは、ちょっとつり上がり気味の大きな目が印象的な女子生徒だった。


 髪の毛を頭の後ろでアップに盛っていて、前から見ると猫耳のようにも思える大きなリボンで留めている。

 どうやら、形状が猫耳に似ているだけではなく、リボン自体にも猫耳の柄が描かれているようだ。

 女子の制服の胸もとには可愛いリボンが結ばれているのだけど、若干隠れる形にはなっているものの、それでもドンと主張しているかのような豊満なバストに、健全な男子生徒としてはついつい目を奪われてしまう。


 両手を腰に当てながら仁王立ちしている女子生徒は、部室内を黙ったまま見回す。

 唖然とするぼくたち部員一同。ティーカップを持つ手が止まったまま、沈黙の時間が流れる。

 どれだけ秒針が時を刻んだだろうか。

 胸を張って部室のドアのところに立ち尽くすその女子生徒が、ようやく口を開いた。


「部活の見学に来ました!」


 …………。


「見学ならそれらしい態度で入ってこ~い!」


 反射的にツッコミの言葉だって飛び出してしまうというものだ。


「なによ、文句あるっての!?」


 ぼくの言葉を聞いて、女子生徒は鬼の形相で怒鳴りつけてくる。

 と――。


「って、あれ? なんだ、フェレットじゃん! あんた、この部だったんだ!」


 馴れ馴れしく下の名前兼あだ名で呼んでくる女子生徒。

 対するぼくのほうも、この子が誰なのかは知っている。


「ちょっと、フェレットくん。この子、誰?」


 蘭香さんがひそひそとぼくに尋ねてきた。


「この子はクラスメイトの――」


 ひそひそ返しで説明しようとするぼくの言葉を遮り、ご本人が名乗りを上げる。


「あちしは、フェレットのクラスメイトで、青露紗夢(あおつゆしゃむ)です! シャムって呼んでください! で、こっちの子が、ちわわんよ!」


 その言葉で初めて、背後にもうひとり、別の女の子の姿があるということに気がついた。

 シャムの背中に隠れるようにしながら、おっかなびっくり顔をのぞかせている、ちわわんと呼ばれた女の子。

 この子もシャムと同様、ぼくのクラスメイトだ。


 といっても、ふたりとも名前を知っている程度で、これまで喋ったことは一度もなかったのだけど……。

 それなのに、あんなに馴れ馴れしく話しかけてきたシャムって、なんというか、すごい人物なのかもしれない。


「えっと……わたくしは丸地図千和(まるちずちわ)といいますの。あだ名はシャムちゃんが言っていたように、ちわわんですわ。よろしくお願い致します」


 ひょこっ、とシャムの背中から顔を出し、控えめに微笑みを浮かべながら自己紹介をするその声は、微かに震えていた。

 ふわふわくるくるで、ゆったりとしたボリュームのある髪の毛がさらりと揺れ、怯えた瞳を向けてくるちわわんの様子は、なんというか、仔犬そのもの。

 髪の毛は後ろ頭の辺りで束ねられている。

 一応はポニーテールということになると思うけど、ふわふわくるくるのボリュームある髪質のおかげで、なんというか、もこもこっとした感じになっていた。


 髪の毛を留めているのはクリーム色のスカーフで、左右にまるで犬の垂れ耳のように垂らしている。

 それも仔犬のような印象を増す原因となっているのだろう。

 なお、ちわわんの胸の辺りはシャムとは違い、とくに目を奪われる感じではない。

 本人の雰囲気と同様、いたって控えめ。……なんて言ったら、気を悪くするだろうか。


「ま、そんなわけですので、見学させてもらいますね!」


 シャムは両手を腰に当てながら、計算部の部室内をきょろきょろと視線を巡らせる。


「……なんだか狭っ苦しい部室ですね、それにホコリっぽいし汚いし!」


 いきなり失礼なヤツだった。

 ……まぁ、さっきまでの態度だけでも、充分に失礼だったわけだけど。


「うふふ。確かに、そうよね」


 蘭香さんは蘭香さんで、苦笑まじりだけど、にこにこ応対してるし……。


「でも、そっか、フェレットくんのクラスメイトなのね~……。あっ! もしかしてシャムちゃん、フェレットくんがこの部に入ったから見学に来たの?」


 ぱーっと、今度は心からの明るい笑顔に切り替えて、蘭香さんがそんなことを言い出す。

 そんなわけないじゃないですか!

 と、ぼくが口を挟むより前に、シャム本人が否定の言葉を叫ぶ。


「な……っ!? なに言ってるんですか! 違いますよ! こんなヤツなんて、関係ないに決まってるじゃないですか!」


 ビシッ! とぼくを指差しながら。

 いくらクラスメイトとはいえ、喋ったことすらないのに、こんなヤツ呼ばわりとは……。

 そしてシャムは、指先だけでなく顔もぼくのほうに向けると、さらにこう言い放った。


「ってゆーか、なんであんたがここにいるのよっ!?」


 カチン!

 さすがのぼくも頭に来た。

 触らぬ神に祟りなしとも言うけど、このわがまま女に言われっぱなしなのは、我慢ならなかったのだ。


「あとから来ておいて、なんだよそれ!?」


 机に勢いよく手を着いて、椅子から立ち上がりながら反論するぼく。

 それに合わせてホコリも舞い上がる。


「うっさい! 死にさらせ、このウ○コ!」


 当然のごとく繰り出されたシャムからの反撃。言葉と同時にグーパンチも発動。

 いい音を響かせて、シャムの小柄なこぶしは、ぼくの顔面を見事に捉えていた。


「痛たっ! お前、ひどすぎないか!?」

「お前って呼ぶな!」

「だいたい、女の子がウ○コなんて言うもんじゃないよ!」

「なにそれ!? 男女差別よ!」

「いや、この場合、そういうことじゃないような……」


 ぼくとシャムの言い争いを、誰も止めようとはしなかった。

 ……というか、止められなかっただけかもしれないけど。


「あちしはね、ちわわんの付き添いで来ただけなのよ!」

「……あっ、そうなんだ」


 だったら最初からそう言えばいいのに。

 とは思ったけど、その言葉を口にするより先に、蘭香さんが笑顔を振りまきながら割り込んできた。


「あら、それじゃあ、ちわわんちゃんのほうが、フェレットくんを追いかけて見学に?」


 目をらんらんと輝かせ、これ以上ないほどの笑顔をこぼしながら、蘭香さんがちわわんに問いかける。

 蘭香さん……恋バナ、大好きなんですね……。


「えっ、そうだったのっ!?」


 シャムが驚いてちわわんを見つめる。

 その流れに、ぼくと部長とウルフ先輩も、じっとちわわんに対して視線を向けることになった。

 今この場にいる全員から見つめられ、怯える仔犬状態のちわわんが、はたしてどんな言葉を発するか。

 と思ったら……。


「くすっ、違いますわ。伊達くんがこの部に入ったのは知っていましたけれど、もともとわたくしもこの部に入部したいと思っておりましたの。だいたい伊達くんは、外見も内面も、まったくわたくしのタイプではございませんわ。ええ、それはもう、完璧なほどに」


 ………………。

 完璧とまで、言わなくったって……。

 涙が頬を伝ってきたのだろう、しょっぱい味がぼくの口の中いっぱいに広がっていた。



 ☆☆☆☆☆



「それにしても……」


 両手を腰に当てたポーズの妙によく似合うシャムが、ひょこひょこ首を動かしながら部室内を隅々まで余すことなく見渡す。


「なんなのよ、ここ。狭いしごちゃごちゃしてるしホコリっぽいし……」


 さっきも同じようなことを言ってはいたけど。

 誰も反論できない。

 反論できないのだから、シャムの勢いが止まるはずもない。


「しかもなに? どうしてみんなして紅茶なんか飲んでまったりしてるの? 部活動、ちゃんとやってるんですか?」


 部外者に言われる筋合いはないと思わなくもないものの、まったくそのとおりなわけで。


「おまけに、なんだか変なニオイまでしてるし! やっぱり噂どおりって感じだわ!」


 反論が返ってこないことに味を占めたのか、シャムはさらに言いたい放題。

 勢いに乗ったシャムは、ずずいっと身を乗り出し、今度はたじろく蘭香さんに向けて質問をぶつける。


「蘭香さんって呼ばれてましたっけ? 先輩は女性なのに、気にならないんですか?」

「え……? えっと、その……」


 勢いに圧された蘭香さんは、しどろもどろになってまともに言葉を返せない。

 代わりに答えたのは、ウルフ先輩だった。いつものように、キザったらしく前髪をかき上げながら。


「フッ……、シャムちゃん。蘭香は男だよ」

「な……なぬっ!?」


 シャムが驚きの声を上げる。

 とほぼ同時に、シャムの意外に細い手は、まったく戸惑うことなく一直線に伸ばされていた。

 スカートをはいて椅子に座っている蘭香さんの股間の部分へと――。


「あんっ……!」


 なにやら色っぽい声を漏らす蘭香さん。


「ほんとだ!」


 ……躊躇することもなく、しっかりと確認したらしい。

 シャムって、いろんな意味ですごいな……。

 この瞬間、蘭香さんは本当は女性、というほのかな望みも費えてしまったと言えるのだけど。

 それはともかく。


「男なのになんで女子の制服を着てるんですか!? そもそも、その制服、どうしたんです? ……はっ、まさか! 誰か女子生徒から剥ぎ取ったとか……!? うひ~、ケダモノだわっ! そんなことをするのは、きっと部長さんね!?」

「いやいや、いくらワシでもそんなことはせんぞ?」


 不名誉な疑いをかけられながらも、部長は笑った顔のままだった。

 目が笑っているように見えるだけで、もしかしたら内心は焦っているのかもしれないけど。

 冷や汗がたらりと垂れているのがはっきりと見えたし……。


「あ……あのね、シャムちゃん! この制服はわたしが自分で持ってきたのよ。わたしのお姉ちゃんも明日狩工業の生徒だったんだけど、卒業したからもらったの。部長命令で、部室にいるときには着るように言われてるから……。普段はもちろん、わたしだって学ランを着てるのよ?」

「そう、なんですか……」


 蘭香さんがようやく落ち着いてきたのか、必死に弁解の言葉を述べ始める。

 シャムはそれを聞いても、微妙に納得が行っていない様子だった。

 きっと女子の制服が似合いすぎて、学ランを着ている蘭香さんの姿なんて想像ができなかったからだろう。

 ……想像できないのは、ぼくも同じなのだけど。


「でも、そうすると……」


 椅子に座っている計算部の面々を、異常なほど冷めた目線で見回すシャム。


「今ここいにる部員って、みんな男ってことなのね……」

「うふふ、そういうことになるわね」


 答える蘭香さんの声も喋り方も、女性としか思えない感じではあったけど。

 事実は事実だ。


「うん、わかったわ」


 シャムは大きく頷くと、控えめに立っていたちわわんの腕を勢いよくつかんだ。


「ちわわん! こんな男ばっかの汚くてホコリっぽくてくさい部になんて、絶対に入っちゃダメよ! あちしの大切なちわわんが、汚されちゃうわっ!」


 ひどい言われようだ。

 とはいえ、その意見はもっともだと思う。

 ここは、おとなしくてふわふわの小型犬みたいなちわわんが入部するような場所では、決してない。


「すぐに帰りましょう!」


 シャムから腕を引っ張られるちわわん。

 だけど――。

 ぴんっ! とシャムの腕が伸びても、ちわわんの小柄な体はその場からまったく動く気配を見せなかった。


「え……? ちわわん……帰らないの……?」

「…………」


 ちわわんはなにも答えない。

 でも、そこにはこのまま帰ったりはしないという、強い意思が感じられた。


「どうしたのよ? ちわわん、こんな男だらけの部活に、まさか入ろうと思ってたりするわけ?」

「……わたくしは……」


 ごにょごにょごにょ。

 なにか伝えたいのだろうけど、小さく口の中でもごもごと言うだけのちわわん。


「ちょっと、どうしたの?」


 そこへ、部室のドアを開けて救世主が姿を現した。


「おお、さくら。いいところに来てくれたのじゃ!」


 部長がその救世主の両肩をつかむ形で、シャムとちわわんの目の前に強引に押し出す。


「ちょ……ちょっと、部長! いったい、なんなの!?」


 さくらと呼ばれたおそらく先輩の女子生徒は、なにがなにやらわからないといった様子で、眼鏡越しの瞳を大きく見開き、部長に文句をぶつける。


 よく似合っているショートカットの髪とレンズが大きくフレームの細い眼鏡、そしてリボンで隠れていてもその大きさが伝わってくるふくよかな胸もとが、ぱっと見での特徴といったところ。

 とくに胸の辺りは、同じく大きく膨らんでいるシャムと比べても、さらに上を行っている。

 なんというか、凄まじいな、と呆然としてしまうほどだった。


「こやつは三年の文鳥(ふみどり)さくら。れっきとした計算部の部員じゃ! ほれ、男ばかりの部ではないことが、これでわかったじゃろう? さあ、もう安心じゃな! 今すぐ入部するのじゃ、ふたりとも!」

「えっ!? あちしもですかっ!?」


 困惑する文鳥先輩とシャムを尻目に、部長は、ふぉっふぉっふぉ、と笑う。

 そんな中、


「……はい、わたくしは当初の予定どおり、計算部に入部致しますわ」


 ちわわんは、か細い声ながらハッキリとそう言いきった。


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