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薄暗い城の廊下を進んでいくと、突き当たりで大きな扉にぶつかった。
豪奢な装飾が施された、両開きの重厚な扉。
その奥から放たれている禍々しいオーラのようなものが、肌を伝ってひしひしと感じ取れる。
「これは……」
「どうやらこの先に、魔王とやらがいるようだな」
「ええ、そうでしょうね」
リク先輩と蘭香さんの顔も、緊張の色が濃くなっていた。
「ウチ、怖いです……」
エルちゃんは体が小さいせいなのか、禍々しいオーラをぼくたち以上に感じ取ってしまっているのだろう、震える声を残してシャムのボリュームのある髪の毛の中にその身を完全に埋めていた。
「あ……あちしはべつに怖くなんてないけどねっ!」
「はいはい。でも、部長たちと合流したいところだね……」
ぼくのつぶやきに、全員が黙って頷く。
だけどその瞬間。
「待っていたぞ! さあ、入ってくるがいい!」
城全体が震え上がるほどの太く低い大声が響き渡った。
「うわっ、あんたが喋ってるから気づかれちゃったじゃないの! このウ○コ!」
「ちょ……っ、シャム、痛いってば! だいたいシャムの声で気づかれたのかもしれないじゃん!」
「うっさい! 口答えすんな!」
不条理だ。
ぼくがシャムからぽかぽか叩かれているのを生温かい視線で見つめていた先輩方。
ともあれ、状況はしっかり把握しているようで。
「行くしかないわね」
「そうだな」
「うん、そうだね」
それぞれに覚悟を口にする。
「でも……罠じゃないの? 入った途端、ドカーンってことは……」
「大丈夫よ」
心配そうなシャムを、蘭香さんがなだめる。
「うん、ぼくもそう思う」
大丈夫なはずだ。
そう考えた直後、大きな両開きの扉が自動的に開いた。
「ここまで来たら、引き返せないな」
堂々と、一歩一歩前へと進みゆくリク先輩。
ミドリ先輩も蘭香さんも、悠然と続く。
ただひとり、戸惑いを隠せないシャムの手を、ぼくはそっと握る。
「フェレット……」
「行くよ」
シャムの手を優しく引き、先輩たちのあとを追う。
ここはゲームなどでよく見る、謁見の間というやつなのだろう。
赤い絨毯の敷かれた先、豪華な飾りのついた大きな椅子……玉座と呼ぶべきか、そこにどっしりと構えている大男の姿が見える。
あれがこの城の主――時空魔王ということか。
「よく来たな! さあ、真紅の宝玉を渡してもらおうか!」
そう言いながら、魔王は玉座から立ち上がった。
でかいっ!
その巨体は、まさに魔王と呼ぶにふさわしい。
すべての光を包み込んでしまうかのような漆黒のローブに身を包み、真っ赤な瞳は見る者を一瞬で震え上がらせ、腕のひと振りで山ですらなぎ払うことができそうな、そんな圧倒的な存在感。
はたしてこんな相手に、ぼくたちなんかでまともに対抗できるのだろうか?
やっぱり、部長たちと合流しておきたかった。
「真紅の宝玉って……ウルフ先輩が見つけたやつよね? あちしたち、持ってないじゃん! どうしよう、殺されちゃう!」
シャムが慌てふためき、おろおろしながら不安を言葉にして吐き出していたけど。
対するぼくは落ち着いていた。
「安心して。ぼくが持ってるから」
「え……?」
そう。真紅の宝玉は今、ぼくが持っている。
なぜかウルフ先輩は、宝玉をどこかで見つけた麻の袋に入れてぼくに渡してくれていたのだ。
お前が持っていたほうがいいだろう。そう言っていた。
ウルフ先輩がどうしてそんなふうに考えたのかはよくわからないけど、とにかく結果オーライだ。
今ここで宝玉がなければ、シャムの言ったように問答無用で殺されてしまっていたに違いない。
もっともそれ以前に、この宝玉を持っているからこそ、扉の前にいることを魔王に気づかれてしまったのかもしれないけど。
どちらにしても、今はそんなことを考えている場合じゃない。
魔王はゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
一歩足を繰り出すたびに、床が大きな音を立てて振動する。
床が抜けて魔王の足がはまってしまう、などというコミカルな展開にでもなってくれれば、すぐにでも逃げ出したいところだけど。
当然ながらそんなことになるはずもなく。
「どうした? 早く宝玉を……」
ぼくの目の前まで迫った魔王が太い腕を伸ばしてきた。
そのとき。
「今だ!」
背後から飛びかかる影。
ウルフ先輩だ!
ナイフを一閃! 不意打ちで背中に一撃を加える!
すかさず文鳥先輩が呪文を唱え、ぼくたちを含めた全員に魔法をかける!
魔王が伸ばした腕をなぎ払うも、文鳥先輩のかけた魔法が効果を発揮、ぼくに届く直前で跳ね返す!
さらに、ちわわんが水の精霊を呼び出し、魔王の足を水流で絡め取って動きを封じる!
そして部長が居丈高に叫ぶ!
「ふぉっふぉっふぉ、これで役者は揃ったようじゃの!」
美味しいセリフを奪っただけだった!
「ぐっ! 貴様ら、どうやって……!」
「フッ……、玉座の裏に隠し通路があったのさ。いざというときのための避難経路だったんだろうが、それが仇になったな!」
「くっ、そんな通路があったとは……!」
反応を見る限り、どうやら魔王が用意していた隠し通路ではなく、もともとの城の持ち主が用意していた仕掛けだったようだ。
ともかく、これで形勢逆転。
ぼくたちは一気に人数もほぼ倍増。しかも不意打ちで魔王は慌てている状態!
これなら、行ける!
こうしてぼくたちに優位と思われる状況で、魔王との対決は始まった。




