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リク先輩のおかげで、雰囲気的には明るくなった。
とはいえ、周囲の薄暗さは変わりないわけで……。
ぼくたちは慎重に城の中を歩き続けた。
ゆっくりとした歩みだからなのか、異常なほどの広さがあるように感じてしまう城の廊下を、ただひたすら進んでいく。
リク先輩とミドリ先輩が先頭を歩き、蘭香さんが続き、最後にぼくとシャムがついていくという隊列。
ぼくのすぐ横には、シャムが寄り添うように並んでいる。
薄暗い中での恐怖心はやっぱり残っているみたいで、今でもぼくの腕……ガントレットで覆われていない二の腕辺りにはしっかりとシャムの手が絡みついていた。
爪を立ててぎゅうっと力を込めてつかまっているため、少々痛いのだけど。文句を言うほど、野暮じゃない。
さっきのリク先輩の言葉じゃないけど、シャムのことはぼくが守ってあげないと。
そんな気になるほど、ふるふる震えるシャムの体はとても小さく思えた。
リク先輩とミドリ先輩は、躊躇することもなく薄暗い道をずんずんと進んでいた。
蘭香さんも、ちょっと早足になって遅れまいと必死についていっていた。
だけどぼくは、シャムにしがみつかれているせいで、どうしても遅れがちになってしまう。
ビクッ。
そんなシャムが、なにか感じ取ったのか、一瞬大きく身を震わせる。
そして、しがみついてきていた手にいっそう力を込めた。
「どうしたの?」
「え……その、えっと、なんだろ、ちょっと、音が……」
小声で尋ねると、シャムは自信なさげな弱々しい声で曖昧な答えを返す。
ぼくとシャムの声が気になったのか、それとも立ち止まってぼくたちを待とうとしてくれたのか、蘭香さんは振り向いてこちらに優しげな視線を送っている。
と、その瞬間。
「わっ!?」
「きゃっ!」
目の前を行く三人の足もと……床が突然消えた!
いや、実際には廊下の中央付近からパカッと左右に割れた、というのが正しいだろうか。
すなわちこれは、落とし穴のトラップ!?
床がなくなる前に直感的に気づいたのだろう、素早い身のこなしで前方にジャンプしたリク先輩とミドリ先輩は、落とし穴の向こう側へとその身を躍らせ、難を逃れていた。
対して、おっとりした雰囲気の蘭香さんは、当然ながらそんな敏捷性を持ち合わせているはずもなく。
どうにか落とし穴のヘリに手をかけ、落下を免れるのだけで精いっぱいだったようだ。
「蘭香さん!」
ぼくとシャムは蘭香さんのもとへと駆け寄る。
リク先輩とミドリ先輩も、落とし穴の向こう側から心配の声をかけてくる。
「おい、大丈夫か!?」「ケガとかしてない!?」
でも、答える余裕なんてない。
蘭香さんは今、かろうじて指先だけをヘリに引っかけている状態。必死の形相で力を込め、落下から免れようと頑張っていた。
ぼくは素早く蘭香さんの両腕を引っ張る。とはいえ、ひとりで引き上げるのは大変そうだ。
「あちしもいるわよ!」
すぐさま、シャムが片方の腕を引き受けてくれた。
「せーので引っ張るよ!」
「了解!」
シャムとふたりでタイミングを合わせると、蘭香さんの体はするすると持ち上がり、あっという間に引き上げることに成功していた。
☆☆☆☆☆
「助かったわ、ありがとうふたりとも」
「いえいえ、落っこちなくてよかったです」
「でもわたし、重かったでしょう……? ごめんなさいね」
「そんなことないですよ! すごく軽かったです!」
「あら、うふふ」
「どうでもいいけど、いつまで蘭香さんの手を握ってるのよ、あんたは」
「あっ……ごめんなさい」
「うふふ、いいのよ、べつに」
シャムに言われて慌てて手を離したものの、どうしても忘れてしまうけど、蘭香さんは男なんだよね。
ぼくのほうも、なにを焦っているんだか。
それはともかく。
「こんなトラップがあるなんて……」
目の前の落とし穴の大きさは、優に五メートルくらいはあるだろうか。
ヘリから下をのぞき込んでみると、奥のほうは真っ暗でなにも見えない。もし落ちていたら、どうなっていたことか……。
「そういえばシャム、なにか気づいたみたいだったよね?」
「あ……うん、変な音が聞こえた気がしたの。でも、気のせいって思っちゃって……。あちしがちゃんと伝えてればよかったのよね……ごめんなさい……」
ぼくの言葉に、シャムはしゅんと項垂れてしまった。
大きな耳のようなリボンまで前方に垂れ下がって、気に病んでいる様子を助長している。
べつにぼくは、シャムを責めるつもりで言ったわけではなかったのだけど。
「うふふ。大丈夫よ、こうしてシャムちゃんたちのおかげで助かったんだから。感謝してるわ」
蘭香さんがにこっと笑顔を浮かべて慰める。
無意識だったとはいえ、ぼくの不用意な発言でシャムを責める形になってしまったのだから、ぼく自身がフォローの言葉をかけてあげるべきだったのに……。
シャムは蘭香さんに苦笑いを返していた。
慰められても、やっぱりまだ気にしてはいるのだろう。
そんなシャムを見て、ぼくまで気分が沈んでしまう。
微妙な空気がぼくたちを包んでいた。
「おーい、こんなもんがあったぞー!」
絶妙なタイミングで、不意に大声が響く。リク先輩だ。
その腕には、なにやら長くて大きな物体が抱えられている。
薄暗くてすぐにはわからなかったけど、それはどうやらハシゴのようだ。
「これを使えば、歩いて渡れるだろ!」
そう言いながら、ミドリ先輩とふたりでハシゴを落とし穴の上に渡す。
「リク先輩、ありがとうございます!」
ぼくがリク先輩にお礼の言葉をかけると、すぐ横にいた蘭香さんは、
「都合よく見つけられたものね。とすると、やっぱり……」
ぼそぼそと、そんなことをつぶやいていた。
「蘭香さん、どうしたんですか?」
「あっ……いいえ、なんでもないわ。それじゃあ、お先に渡らせてもらうわね」
「はい、気をつけてください」
僕の疑問を振り払うかのように、蘭香さんは素早い身のこなしでハシゴの上をすたすたと渡っていった。
☆☆☆☆☆
さて……ぼくたちも渡ろう。そう思ったのだけど。
「シャム、どうしたの……?」
気づけばシャムの足は、ガクガクと震えていた。
「な……なんでもないわよ……」
強がりの言葉を返してくるものの、怖がっているのは明らかだった。
たった五メートル程度の距離とはいっても、落ちたらどうなるかわからない落とし穴の上を、ハシゴを渡しただけの不安定な状態で通るのは、それなりに度胸が必要だ。
蘭香さんは軽やかなステップで渡っていったけど……。
意外と度胸があるんだな、蘭香さんって。まぁ、一応仮にも男だから、っていうのもあるのかな。
ぼくにだって怖さはあるけど、これくらいだったら問題なく渡っていけるだろう。
ただ、シャムはかなりの怖がりだ。
こんな状態で渡ったりしたら、足を滑らせてしまう可能性も高まるに違いない。
怖い怖いという思いが、余計に足をすくませるだろうし。
「王子様、お姫様をしっかりとエスコートするんだぞ!」
ぼくの考えを見透かしたのか、リク先輩がニヤニヤしながら声をかけてくる。
シャムは顔を真っ赤にしていたものの、いつものように反論したりはしなかった。そんな余裕もないのだろう。
ちょっと恥ずかしいけど、ここはリク先輩の言ったとおり、しっかりエスコートしないと。
「お手をどうぞ、姫」
「調子に乗るな、バカ……」
そう言いながらも、シャムは差し出しされた手を素直に握る。
ぼくは一歩一歩ゆっくりと、シャムがバランスを崩さないように両腕で支えつつ進み、ハシゴの上を渡りきった。
「ふぅ……」
落とし穴を越えると、一瞬で緊張が解け、大きな息が自然と吐き出された。
「うふふ。あなたたちふたり、とってもいいコンビだと思うわ」
「ああ、オレもそう思うぞ!」
「うん、オレも」
先輩方三人から生温かい視線を向けられ、さすがにちょっと恥ずかしくなってくる。
そう思ったのは、シャムのほうも一緒だったようで。
「そ……そんなことないわ! っていうか、いつまでくっついてるのよ! 死にさらせ、このウ○コ!」
渡りきった安堵感も手伝ってか、いつもどおりのシャムに戻って、ぼくに罵声をぶつけて殴りかかってきた。
「……だからシャム、そういう汚い言葉遣いはやめなってば!」
対するぼくも、いつもどおりに言い返す。
なんだかこんなやり取りも、すごく心地いい。
相反する印象でリク先輩とミドリ先輩のことをいいコンビだなと思ったけど。
蘭香さんが言うように、いつもいつも反発してはしまうけど、ぼくとシャムもこれはこれでいいコンビと言えるのかもしれないな。
などと考え、思わずにやけるぼくだった。
「なにニヤニヤしてんのよ! キモっ! 死にさらせ、このウ○コ!」
シャムに再度殴られてしまったけど。




