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ランプの数がエントランス付近以外では極端に少なくなっているのか、この辺りはさっきよりもずっと薄暗くなっていた。
足もとも覚束ない状況の中、慎重な足取りで歩を進める。
重苦しい沈黙が、ぼくたちを包み込んでいた。
「…………」
無言のまま、シャムがぼくに身を寄せてくる。
重くないとはいえ金属鎧を身にまとうぼくには、シャムの温もりは感じられなかったのだけど。
鎧を通じても微かに震えているのは感じ取ることができた。
なんだかんだ言って、怖がりなんだよな、シャムって。本人は強がって絶対に認めないだろうけど。
ぼくも無言のまま、寄り添ってきたシャムをちょっと温かい目で見つめていた。
薄暗い中でも、顔を向けられていることくらいはわかるわけで。
「な……なによ……。どうせまた、くさいとか思ってたりするんでしょ」
いつもの勢いこそなかったものの、シャムはぼくに対して悪態をつき始めた。
普段どおりなら言い争いに発展するところだけど、ぼくのほうも周囲の重苦しい雰囲気に呑まれていたせいか、少し素直な受け答えをしてしまう。
「べつにくさくなんてないってば。変わってはいるけど、ぼくは嫌いじゃないよ、シャムの匂い」
「そ……そう……。な……なら、くっついててもいいわよね」
「うん」
ここまではよかったのだけど。
「腕に触れる膨らみの感触も悪くなさそうだしな!」
リク先輩が不意にそんなことを言い出した。
実際ぼくは鎧に身を包んでいる状態で、腕の部分にだって金属製のガントレットが装着されている。
だから、べったりくっついたとしても、シャムの胸の膨らみなんて感じることができるはずもなかったのだけど。
当然ながら、シャムの攻撃が始まる。
「なっ……!? バカ! エロ! ドスケベ! 死にさらせ、このウ○コ!」
もちろん攻撃対象はリク先輩ではなく、ぼく。
口での攻撃だけではなく、至近距離からのグーパンチ連続コンボも加わる。
「ちょ……ちょっと、シャム! 痛いってば!」
胸の膨らみは感じ取ることができないのに、どうして鎧に受けたパンチの痛みは感じるのだろうか。理不尽だ。
とはいえ恐怖心はまだ残っているようで、シャムはこの状況に至っても、あまり距離を取ろうとはしなかった。
と、そのとき。
足もとから、ガサゴソとなにかがうごめく音が響いてきた。
「チュウ!」
鳴き声で瞬時に理解する。ネズミがいたのだ。
ただ、それはかなり大型のタイプのようで……。
「うぎゃ~~~~っ!」
女の子らしくない悲鳴を上げて飛び退ったシャムが、そばにいたぼくに思いっきり抱きついてくる。
金属鎧姿のぼくだから、強く抱き締められていても温もりは伝わってこない。
だけど、シャムの顔がぼくのすぐ横にまで迫っていて、鎧だけで兜まではかぶっていないため、息づかいは直接頬に感じられて……。
シャムが恐怖で震えているのを感じていたのだから、逆にぼくの心臓のドキドキが伝わってしまわないか、心配になってしまうほどだった。
その状況を見て、リク先輩がまたしても冷やかしの声を向けてくる。
「おお~! やっぱりお前ら、ラブラブなんだな! フェレット、あちしを守って! もちろんだよ、シャム! ……ってな具合か!?」
気色悪いモノマネまじりにそんなことを言われ、無意識に抱きついてきたと思われるシャムも状況を把握し、
「な……なに抱きついてきてんのよ! 死にさらせ、このウ○コ!」
いつもながらの罵声を飛ばしながら、同時にぼくを突き飛ばす。
自分から抱きついてきたくせに、なんて身勝手な。
だいたいその前だって、自分から寄り添ってきていたはずなのに。
などと思ってはみたものの、ぼくのほうに睨みを利かせてキシャーと猫のように威嚇しているシャムに対しては、たとえなにを言ったとしても無駄だろう。
「はぁ~……」
ため息をこぼすだけのぼく。
それを見て蘭香さんは、
「あら、フェレットくん。シャムちゃんが離れちゃって寂しいのね」
と、なにやら勘違いしているご様子。
「だったら代わりに、わたしが抱きついてあげましょうか? うふふ。そうしたらシャムちゃん、嫉妬しちゃうかしらね?」
続けてそんなことまで言い出す始末。
シャムが嫉妬するかどうかはともかくとして、抱きついてもらえたらちょっと嬉しいかも。
……って、蘭香さん、あなたは男性ですってば!
「し……嫉妬なんかしないもん!」
シャムはシャムで、対象をぼく単体からぼくと蘭香さんのふたりに広げ、猫っぽい威嚇を続けてるし。
はぁ……。恐怖心すら呼び起こすような薄暗い場所でまで、どうしてぼくたちはこうなのやら。
ネズミもそんなぼくたちの騒がしさに驚いたのか、もうどこかに行ってしまったようだ。
と、不意にミドリ先輩がぼくの耳もとでぼそっとつぶやいた。
「恐怖心とか重苦しい雰囲気とか、綺麗さっぱりなくなったでしょ?」
……言われてみれば、確かにそうだ。
リク先輩が能天気なことを言うと、それがきっかけとなって、いつの間にか明るいいつもどおりのぼくたちに戻っていた。
もしかしてリク先輩、場を和ませようとしてあんなことを言ったのかな……?
ぼくが感心しそうになっていると、
「本人は思ったことを単純に口にしてるだけなんだけどね。いつも結果的にいい方向に進むって感じかな」
ミドリ先輩が補足説明を加えた。
「……なるほど」
リク先輩はやっぱりリク先輩だったということか。
と同時に、ミドリ先輩の冷静で落ち着いた分析も、やっぱりミドリ先輩らしいと思うぼくだった。
相反する印象の双子の先輩。だからこそ、お互いを上手い具合に補完し合って、いいコンビになっているのだろう。




