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「どうしてあちしたちが……」
文句たらたらのシャム。
「ごめんなさい……」
続けてシャムの髪の毛の中から、謝罪の声が響く。
匂いで酔っ払うみたいなのに、エルちゃんは懲りもせずにずっとシャムの髪の毛の中に埋もれている。
喋り方は普通になっているようだから、少しは慣れてきているのだろうけど。
時空魔王のいる城は、村からさほど遠くない太陽の丘と呼ばれる小高い丘の上。
太陽の丘なんて名前なのに、日差しがほとんど感じられないのは、いまだに周囲には霧が色濃く立ち込めているからだ。
むしろさらに濃くなっているだろうか。
そのせいで涼しいことに加え、とくに険しい山道というわけでもないため、疲労困憊の状態にまで陥るほどではない。
なのにシャムがこんなにも文句たらたらなのは、まだぼくに対する怒りが収まっていないという理由もあるのかもしれない。
ぼくが話しかけても、ふんっ、と顔を背けて、まったく答えてくれないし。
村にいるときには、ぼくと一緒になって日記の内容についてあれこれと感想を言い合ったりしていたというのに。
まったく、シャムの気紛れにも困ったもんだ。つかみどころがなさすぎる。
これ以上シャムの機嫌が悪くなると、今度は騒ぎ出したり駄々をこね始めたりして大変なことになりそうだな。
などと考えているうちに、目的地である城に到着した。案外近場にあったようだ。
城の正面には、両開きの大きな金属製の扉が立ちはだかっていた。
はたして人の力で開けられるものなのか。そんなぼくの心配は杞憂に終わった。
重苦しい音を響かせながら、扉はぼくたちを誘うかのように開く。
中は明かりが点いているようで、綺麗なエントランスが視界に飛び込んできた。
――待っていたぞ。
魔王が薄気味悪く笑いながら手をこまねいているように思えてしまう。
「罠とか、あるんじゃないかな?」
「あるでしょうね」
ぼくの言葉に、あっさりと頷いたのは文鳥先輩だった。
「ここは相手の住む城。わたしたちにとっては、アウェイの状態にあるわ。慎重に考えて行動するべきでしょうね」
「ふぉっふぉっふぉ、さくらは相変わらず生真面目じゃの。じゃが、罠だとわかっていても、進まねばならないこともあろうて」
すかさず部長が自らの意見をぶつける。
ぼくとシャムだったら口ゲンカに発展するような場面かもしれないけど。
「……ま、そうね。そういうこともあるわ。行きましょう」
さすがと言うべきなのか、相対する意見を出し合いながらも、衝突することなくすぐさま同じ方向へと軌道を修正する。
幼馴染みの絆というものは、こんなところでも発揮されるものなのか。
罠があるかもしれないとわかっていても進む。そうであっても、慎重さは失わない。
身軽な服装で、エルちゃんが盗賊をイメージしたというウルフ先輩が先陣を切り、蘭香さんがその背後に続く。
そのすぐあとに、ぼく、シャム、ちわわんの三人、そして文鳥先輩と部長のふたりが続き、しんがりをリク先輩とミドリ先輩が守る。
二番目が蘭香さんなのは、ウルフ先輩の望みなのか、蘭香さん自身の意思なのか。
そんなことは、この際置いておくとして。
ぼくたち一行は、慎重に城の扉をくぐり、中に入った。
霧に包まれたままの外よりも、まだ城内のほうが明るいくらいだった。
壁に並ぶランプが周囲を照らしてくれているためだ。
とりあえず、ぼくたちはエントランスを見回せる位置まで歩み進める。
と、その瞬間。
不意に重苦しい音が響いた。
この音は、扉が動く音!
そう思ったときにはもう遅かった。
扉が閉まりきる瞬間の大音量が、広く静かな城のエントランス全体にこれでもかと反響する。
ぼくは反射的に扉に両手を着いて押してみた。
案の定、びくともしない。他のみんなも、ぼくに倣って扉を押すも、やはりピクリとも動かない。
つまり、これは――。
「閉じ込められた……ってことね」
文鳥先輩はいつもどおりの落ち着いた声で確認する。
だけど、まったく動じていないわけでもないのだろう。すかさず部長のほうを向き、意見を求める。
「思ったとおり、罠だったみたいね。どうするつもり?」
「ふむ、どうするもこうするも、戻れないのであれば、進むしかないじゃろう」
「……ま、それしかないわね。みんなも、異論はないわね?」
部長の言葉を瞬時に受け入れ、ぼくたちに確認を仰ぐ。
文鳥先輩の目的は、自分自身が納得するためというわけではなく、他の部員たちに状況を把握させることにあったようだ。
この人はやっぱり落ち着いている。
「そうね、覚悟を決めるしかないみたい」
真っ先に口を開いたのは、意外にも蘭香さん。
いつものほほんとした雰囲気の蘭香さんだけど、男らしくスパッと決断する性格も持ち合わせているようだ。
他のみんなも、言葉にこそ出さないものの黙って頷く。
全員の意思は今ここに一致した。
……ぼくがこの計算部に入ってから、初めてのことではなかろうか。
とにかく、覚悟は決まった。扉に背を向け、歩き出す。
エントランスの先には、幅の広い階段が二階へと向かって延びていた。
ぼくたちは一瞬すら迷うことなく、その階段を上り始めた。
☆☆☆☆☆
階段は途中で二手に分かれていた。
ぼくたちは先頭を行くウルフ先輩に判断を委ねる。
ウルフ先輩は右手の階段を選び、上り始めた。ぼくたちもそれに続く。
階段を上る足音が不規則にリズムを刻むだけで、他に音はない。
誰も言葉を発したりはしなかった。
慎重に進まなければならない。
すでに一度、入り口の扉が開かなくなるという罠を体験したぼくたち。
次は命にかかわる罠かもしれない。
そんな危機感が、重苦しい沈黙の時間を形勢したと言える。
やがて階段は終わりを迎え、その先に、入り口ほどではないものの大きな金属製の扉が見えてきた。
そしてまたしても、ぼくたちを誘うかのように、その扉は開かれていた。
嫌な予感が頭をよぎる。
今度もまた、ウルフ先輩が先頭を切って足を踏み入れるものと考えていた。
そこで、部長さんからストップがかかる。
「突撃部隊はフェレットと亀井兄弟じゃな」
『えっ?』
ぼくとふたりの先輩の声が重なる。
「部長命令じゃ!」
問答無用でぼくたちの背中を押す、仙人スタイルの部長。
三人が押し出されるように扉をくぐるその瞬間、
「あ……あちしも行く!」
なにを思ったのか、シャムがぼくの腕に絡みついてきた。
「わたしも、行くわ!」
続けて、好奇心に負けたのか、蘭香さんまでもがリク先輩とミドリ先輩のそばに寄ってくる。
そんなシャムと蘭香さんを含めた五人が扉を通過した刹那、
「あっ!」
嫌な予感は的中、扉はまたしても大きな音を立てて閉まってしまった。
たださっきと違うのは、扉を通過したのが全員ではなく、ぼくを含む五人……エルちゃんも含めれば六人だけだったということ……。
すぐに扉に手をかけたけど、押しても引いても動きはしない。
反対側からも部長たちが扉を開けようと躍起になっているみたいだったけど、まったく開く気配はなかった。
「分断されてしまったな」
リク先輩がつぶやく。
「そうじゃな。ワシらはワシらで、階段の反対側の道へでも行ってみるとしようかの。そっちはそっちで、先へと進むのじゃぞ」
扉越しに部長の声が聞こえてきた。
「ふぅ、そうするしかないみたいですね」
シャムの髪の毛から顔を出すエルちゃんも、諦めを含んだ吐息を漏らしていた。




