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K3部  作者: 沙φ亜竜
第4章 村と魔王と嘘つきと。
14/24

-4-

『平和だったこの村に災厄が訪れたのは、もうどれくらい前のことだったでしょうか。

 太陽の丘にある城に、魔王が住み着いてしまったのです。


 悪名高い魔王がいるという話は、以前から聞いていました。

 ですが、わたしたちには無縁のこと。

 そう高をくくっていました。


 魔王の住んでいた城の近くには村があったのですが……。

 その村の人たちが、魔王に怯え、村を捨てて逃げてしまうとは……。


 魔王はその村から食べ物をせしめて暮らしていました。

 村人がいなくなれば、生活できなくなるのは道理。

 それで魔王は住む場所を変えることにしました。

 ……わたしたちの住むこの村から見える、あの太陽の丘に。


 その日から、村は闇に包まれてしまいました。

 噂どおり、食べ物の要求が始まったのです。

 村人は怯えながら暮らしました。


 わたしたちは、この地を捨てて逃げるわけにはいかない。

 先祖代々住み続けたこの地に眠るご先祖様を、置いてゆくわけにはいかない。

 その思いを胸に、耐え凌ぐ毎日。


 数年ほど豊作が続いていたおかげで、村人全員が少々我慢すればどうにか生活していくことができるくらいの蓄えはありました。

 ですが、そんな日々は長く続きませんでした。

 食べ物だけでなく、魔王は、若い娘までをも要求してくるようになったのです。


 さすがにそんな要求は呑めないと、断固抵抗しようとするグループ。

 村人全員のためなのだから、たったひとりだけの犠牲ならば仕方がないと考えるグループ。

 まっぷたつに分かれ、対立抗争に発展してしまいました。


 小さな村なのに。

 一致団結して乗り越えていかなければいけないときなのに。

 どうしてこんなことになってしまうの?


 この村の村長として代々続いてきたわたしの家系。

 その歴史の中で、今は一番の危機と言えるのかもしれません。

 村長であるお父さんも、お父さんをずっと支えているお母さんも、もうすっかり疲労が溜まり、精神的にも病み始めています。


 これ以上今のままの状況が続けば、この村は崩壊してしまうでしょう。

 誰か、わたしたちを助けてください!』



 -----



 ウルフ先輩が赤い玉を見つけた瓦礫のそばから、薄汚れた日記が出てきた。

 ぼくたちは今、それを読んでいるところだった。


「どうして日本語で書かれてるのかしら?」


 シャムが素朴な疑問を口にする。


「別世界と言っていたからの。言語体系は同じじゃが、社会体系は違う世界、ということなんじゃろうな」

「ふ~ん? そういうものなのね」


 いまいち納得の行っていない様子ではあったけど、シャムはそれ以上ツッコミを入れたりはしなかった。


「でも、やっぱりこの建物は、村長さんの家だったのね」

「そうですわね。この日記は村長さんの娘さんの日記のようですし」


 文鳥先輩とちわわんが読み上げられた日記の内容を分析する。

 ……分析というほどでもないとは思うけど。

 どうでもいいけど、その日記を読み上げる役目が、なにゆえぼくに回ってきているのやら……。

 普通に文章を読み上げるだけならべつに構わないけど、これって若い女性の日記なわけで。正直、かなり恥ずかしい。


「ふぉっふぉっふぉ、部長命令じゃ! 早く続きを読むのじゃ!」

「……はいはい、わかりました」


 抵抗したところで無駄なことはわかりきっている。ぼくは観念して続きを読んだ。



 -----



『各地に古い時代の城が残されているのは周知の事実だと思いますが。

 小高い丘に建設されていることの多い、それらの城跡は神聖な場所と考えているため、村の人々は近づきません。

 だからこそ、魔王が目をつけ、自らの居城としてしまったのでしょう。


 わかってはいても、わたしたちにはどうすることもできません。

 古くから続くしきたりに背くわけにはいかないのです。


 とはいえ、そんなことを言っていられる状況ではないのかもしれません。

 魔王の横行は続いています。

 若い娘を差し出せというひどい要求も、いまだに続いています。


 これまでに七人の女性が、魔王のもとに送られました。

 彼女たちがいったいどうなったのか。それを考えると、わたしは夜も眠れません……。


 考えてみれば、少しおかしいのです。

 以前から聞いていた、悪名高き魔王の話……。

 その話では、魔王は食べ物しか要求してこなかったはずなのです。


 もっとも、要求される食べ物の量の多さから、村人は村を捨てて逃げ出してしまったわけですが。

 それでも、こんなふうに若い女性を要求してきたことなんて一度もなかったはずなのに……。


 それに、魔王は自ら名乗りを上げます。

 以前噂にあった魔王は、『青き海の魔王』と名乗っていたと聞いたことがあります。

 ですが、今わたしたちを苦しめている、太陽の丘に住むあの魔王は、『時空魔王』と名乗りを上げています。


 ただ単に名乗りを変えただけ、という可能性もありますが……。

 それよりも、まったく別の魔王と考えるべきなのでしょう。


 時空魔王……。どんな意図を持って、そんな名乗りを上げたのか……。

 村人たちのあいだでは、時空を操ることができる能力を持っているからだと、まことしやかにささやかれています。

 まさか、そんなことはないと思いますけど……。


 もし本当にそうだとしたら、わたしたちは一体どうなってしまうのでしょうか。

 ああ……。本当に誰か、救世主様が現れてくれないかしら……』



 -----



「時空を操る能力って、そんなの、あるはずないじゃない」

「だけど、魔王なんて存在からして普通ならあるはずないわけだし、現に魔王はいたみたいだし……」

「ん……そうね……」


 シャムとぼくのやり取りを、他のみんなも黙って聞いていた。

 沈黙は続きの催促。

 ぼくは日記の読み上げを再開する。



 -----



『ついにこの日が来てしまいました。

 若い娘の要求、その対象が、わたしへと向けられてしまったのです。


 お父さんもお母さんも、断固反対しています。

 ですが、今まで村の若い女性を差し出す際に表立って止めたりできなかったため、自分の娘だけは守りたいという姿勢に当然ながら反発が起こります。


 大丈夫。わたしは行きます。

 力強く村人全員の集まる前で宣言しました。


 もちろん、わたしだって怖いです。

 行きたくなんかありません。

 それでも、行かないわけにはいかなのです。

 わたしが行かないと、他の村人たちに被害が出てしまうでしょう。


 出発は明日――。

 救世主さんは、結局現れませんでした。


 それはそうですよね。

 物語の世界じゃないんですから。


 わたしは明日、魔王の手に落ちます……。

 もう、覚悟はできています』



 -----



「村長の娘さん、かわいそう……」


 シャムが目に涙をたくさん溜め、まぶたでは抑えきれなくなった雫が頬を伝う。


「うん……」


 ぼくも読んでいて目頭が熱くなってくるのを感じていた。

 他の人も同じ思いなのだろう。

 でも、日記にはまだ続きがあった。



 -----



『……そんなの嘘!

 覚悟なんて、できるはずない!

 いやっ、行きたくない!

 誰か助けて!


 どうしてわたしなのっ!?

 他の人でいいじゃない!

 村長の娘なのよ!? ひとり娘なんだから!

 代々続いた家系が、ここで途絶えてしまうわ!


 ……ううん、そんなこと関係ない!

 わたしは行きたくないの!


 だってまだ、恋だって知らないのに!

 どうして魔王なんかのもとに行かなくちゃいけないの!?


 そうだ、逃げよう!

 ……でもダメ、逃げたら他の村人が……。


 そんなの関係ない!

 身勝手かもしれないけど、わたしはいやだもん!

 だけど、だけど……!』



 -----



 そこから先は、涙で濡れてしまったからなのか、それとも本人もなにを書いているのかわからないほど錯乱してしまったのか、文字として認識できない状態になり、読み進めることができなかった。

 ただ最後に、


『かごめかごめ』


 とだけ、殴り書きのような文字で書き記されていた。



 ☆☆☆☆☆



「うう……」


 シャムだけでなく、ちわわんや文鳥先輩、蘭香さんといった女性陣が涙を流していた。

 ……いや、蘭香さんは男性だけども。


 確かに村長の娘さんはかわいそうだ。

 だけど、それよりも気になったのは、最後の殴り書きのほうだった。


「……かごめかごめって……童謡のあれ、かな?」

「まあ、そうじゃろうの」


 ぼくのつぶやきに、部長が答える。


「ここだけ、他とは筆跡が明らかに違う。村長の娘さん以外の誰かが、あとから書き込んだ可能性が高いな」


 ウルフ先輩が分析を加える。


「時空魔王ってのが、オレとしては気になったな!」

「そうだね。時空を操る能力か……。もしかしたら、この村の人たちがいなくなったのって、その力によるのかも」


 リク先輩とミドリ先輩も、それぞれに頭の中で状況を整理しているようだ。

 と、そのとき。


『ガハハハハハ!』


 唐突に笑い声が響いた。

 深い、地の底から響き渡ってくるかのような、重低音の声――。

 一瞬で理解する。こいつが、時空魔王か!


『要求の食べ物が届いていないぞ!? どうなっている!?』


 ……おや? 魔王は、村人がいなくなったことを知らない……?


『まぁ、今までの蓄えで、食べ物には不自由していないがな。そうだな、今回は代わりに、村長家に代々伝わるという真紅の宝玉を差し出せ!』


 真紅の宝玉……?

 さっきウルフ先輩が見つけた、あの赤い宝石のことか!


『……返事がないな……。まぁ、よい。聞いているのはわかっているからな。すぐに城まで持ってこい! もし来なかったらそのときは、村を壊滅させるからそのつもりでいるがよい! ガハハハハハハ!』


 時空魔王の声は、一方的に要求と脅迫の言葉を響かせると、最後には重低音の笑い声を残して消えた。


 それからほんの少しだけ間を置いて。


「うにゅ……」


 シャムの髪の毛の中から、エルちゃんが顔を出す。

 まだ顔は赤く、酔っ払っている状態のままのようだ。

 でも、


「ごめんなさい。実はウチ、みなさんを騙していました。あの魔王を倒してほしくて、みなさんをこの世界にお呼びしたんです!」


 エルちゃんは意外にもはっきりとした声で、そう言って頭を下げた。


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