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再びシャムが落ち着くまで数分待ったあと、ぼくたちは妖精のエルちゃんに先導され、彼女の住む村まで連れていってもらうことになった。
エルちゃんは妖精だから空を飛べる。でも、飛び続けるのは意外に疲れるものらしい。
「このままずっと、まっすぐです」
そう言って指示を出すエルちゃんは、シャムの頭の上に乗っかっていた。
なにやら、シャムの盛ってある髪の毛が腰をかけるのにちょうどよく、大きなリボンもつかまるのに最適だからだとか。
そんなわけで、ぼくたち一行の先頭に立って歩いているのが、頭の上にエルちゃんを乗せたシャムだった。
シャムという暴れ馬を駆る騎手、エルちゃん。
そんなふうに考えると、なかなか楽しく思えてくる。
歩き始めて一時間くらいは経っただろうか、ぼくたちの視界に、ようやく目的地の村が見えてきた。
歓迎してくれるという話だから嬉しいけど、それだったら最初から村に出るようにしてくれればよかったのに。
疲れているからか、ついつい苛立ってしまう。もう少し体力をつけるべきかな……。
ともかく、ぼくたちは村に足を踏み入れた。
規模としては、さほど大きくない。
村人の数も、きっと百人とか、そのくらいがせいぜいだろう、という印象の村だった。
だけど……。
なんだか違和感に包まれる。
そう感じているのは、ぼくだけではないはずだ。
さっきから誰も……エルちゃんでさえも、押し黙ってしまっている。
静かすぎるのだ。
さっきまでいた草原でもずっと霧に包まれていた。その霧は村の中にも渦巻いている。
だからといって、まだ時間的には昼間のはずなのに人っ子ひとり見えないなんて、いくら小さな村とはいえ、ありえることなのだろうか?
そんな疑問を抱いたのは、やはり正しい思考の流れだったようで……。
「どうして……?」
シャムの頭の上で、エルちゃんが小さなつぶやきを漏らす。
「どうして、誰もいないの……?」
その声で、みんなも感じていた不安が現実のものだったことを知る。
「どうしたのかの?」
尋ねるまでもなく、わかってはいただろう。
それでも、部長は代表して口にする。全員がしっかりと現状を把握するために。
「村人が……誰もいなくなっているんです……! それに、ウチと同じ、妖精たちもみんな……!」
エルちゃんの言葉に、息を呑む者はいない。見るからに明らかだったからだ。
村の中に人の姿を見かけないだけではなかった。
まったく生活感がない。
木造の建物がちらほらと並んでいるのは確かに見える。
とはいえ、もう何十年も放置されているかのような、そんなホコリと蜘蛛の巣にまみれた家屋ばかり……。
廃墟と化して久しい、人々から忘れ去られた村。そう表現するのがしっくりくるほどの寂れた光景だった。
「おい、いったいどうなってるんだ!? オレたちを歓迎会に招待してくれたんじゃなかったのか!?」
リク先輩がエルちゃんに食ってかかる。
歓迎会がそこまで楽しみだった、というわけでもなく、ただ混乱した思考を向ける先が見つからず、エルちゃんに八つ当たりしているといった状態なのだろう。
エルちゃんが頭の上に乗っているせいで、シャムとしては自分自身が怒鳴られているように思えたのだろう、複雑な表情をしていたけど。
相手は仮にも先輩だからか、ぼくに対してみたいには怒鳴り返したりできないようだった。
そして当のエルちゃんはといえば――、
「うう~ん、むにゃむにゃ……」
シャムの頭の上でうつらうつらしていた。
「寝るな!」
完全に寝ぼけている様子のエルちゃんを、さらなる勢いで怒鳴りつけるリク先輩。
それに合わせて、シャムがビクッと肩をすぼめる。
「うにゅ……ごめんなしゃい……。なんだか気持ちよくなってきてしまって、眠く……。むにゃむにゃ……ひっく」
「え? ひっく……?」
よく見れば、エルちゃんの頬は赤く上気している。
ろれつも微妙に回っていない感じだし、単に眠いだけというよりはむしろ……。
「エルちゃん、酔っ払ってる?」
「乗り物酔いかの?」
「部長、乗り物酔いで酩酊状態にはならないですってば」
と答えはしたものの、さて、それじゃあどうして、エルちゃんはこんな状態になっているのか……。
「なんか……匂いが、癖になる感じといいますか……」
「ああ、なるほど。シャムの髪の匂いで酔っ払ったのか」
ぼくが結論づけると、みんなうんうんと頷いていた。
もちろん、シャム本人を除いて。
「ちょ……っ!? なによそれ!? あちしの匂いで、どうして酔っ払うのよ!?」
「変わってる匂いだから、妖精にはお酒に近い効果があるとか、そんな感じなんでしょ」
「変わった匂いなんかじゃないもん! とってもベリースウィートで、いい匂いなはずだもん!」
「はいはい、もういいから」
「よくないっ!」
シャムは納得してくれなかったけど(当たり前か)、エルちゃんが酔っ払っていると話にならない。
そう思い、エルちゃんをシャムの頭の上から持ち上げようとしたのだけど。
「いやぁ~、ここにいたいです~! むにゃっ」
酔っ払いは駄々をこねてシャムのリボンにしがみつき、ボリュームのある髪の毛の中へと潜り込んでしまった。
☆☆☆☆☆
エルちゃんが役に立たない状態では仕方がない。
とりあえず今は、ぼくたちだけでどうにかするしかないだろう。
……シャムの髪の匂いで酔っ払ったのだとしたら、エルちゃんが復活するかどうかも怪しいわけだけど。
まずは現状を把握しなければ。
そう考え、ぼくたちは村の中を歩き回ってみることにした。
薄汚れた木造の家屋は、ドアなんかも外れ、中に家具らしきものがあったとしてもボロボロに朽ち果てていた。
たまに動くものを目にすれば、それはネズミかなにかの小動物。
案の定、どこにも人影らしきものは見つけられなかった。
壊れた家屋の中にも入り込み、状況を調べてみたりはしたものの、今現在、人が生活しているような痕跡はまったくと言っていいほど見当たらなかった。
ひととおり散策していると、村の一番奥、高台の辺りにひときわ大きな家屋があるのを発見した。
おそらくは村長など、村の権力者が住んでいたのだろうと思われる。今までに見てきた木造の家屋と違い、石造りの建物だ。
でも他の家と同様、外壁や屋根は見るも無残に崩れ落ち、完全なる廃屋と化していた。
ぼくたちは、その崩れた石造りの家屋の中にも足を踏み入れてみた。
「危険じゃないかしら……」
蘭香さんが不安そうに震えた声をこぼす。
そんな蘭香さんに優しく声をかけたのは、先頭を切って建物の中に身を潜り込ませようとしていたウルフ先輩だった。
「フッ……、大丈夫だ蘭香。ここはオレに任せときな。なにせオレは、盗賊らしいからな」
「ウルフ、なにか盗むつもりだな! 盗掘だ!」
「調査するだけさ。……ま、なにか目ぼしいものがあったら別だが」
「やっぱり盗掘じゃん……」
リク先輩とミドリ先輩から続けざまにツッコミを入れられていたけど。
ぼく自身も、いつ崩れてくるのではないかと、ちょっとした怖さはあったものの、どういうわけか大丈夫だろうと安易に結論づけて、ウルフ先輩のすぐあとに続いた。
中の様子は、外観からイメージしたとおりだった。
瓦礫に埋もれ、足の踏み場を見つけるのも苦労するほど。かなりホコリっぽく、瓦礫をどかしていろいろと探すには、相当の労力が要だと推測できる。
突然、ウルフ先輩が周囲をぐるりと見回すしたかと思うと、ある場所に向かって一直線に歩き出した。
そして部屋の片隅、瓦礫にまみれた辺りに座り込み、ちょっとした隙間に手を入れる。
「ウルフ先輩、なにかあったんですか?」
「ああ……。よし、取れた」
そう言ってウルフ先輩が瓦礫の中から取り出したのは、きらきらと輝く、ひとつの真っ赤な宝石だった。
「やっぱり盗掘じゃないか!」
リク先輩がツッコミを入れたのは言うまでもない。




