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「まったく、騒がしい人たちですねぇ」
ぼくたち部員の誰のものでもない声が、霧に包まれた草原に突然響き渡った。
声のしたほうを、みんなで一斉に振り返る。
そこには、青白い光を放つ、羽根の生えた人型の物体が……。
まさしくそれは、昨夜も見た、さらにはその前日、前々日と続けて見た、あの光!
「妖精!?」
「やっぱり夢じゃなかったのよ!」
ぼくの言葉に、ようやく怒りの収まったシャムも叫び声を重ねる。
「そう。ウチは草原の妖精、エルッタブラニフ」
「えるったぶら……?」
若干発音なんかの問題もあるせいか、それとも単純にぼくの記憶力のなさが原因か、(おそらくは後者だけど)正確に妖精の名乗った名前を復唱できなかった。
「言いにくいから、エルちゃんで!」
シャムがさくっとあだ名をつける。
……そのまんますぎる、と言えなくもないけど。
「……まぁ、いいですけど」
少々憮然としつつも、妖精――エルちゃんは受け入れてくれた。
と、そこでさっきの部長の言葉を思い出す。すなわち、妖精の怒りを買ってしまった、という言葉を。
「あっ、ぼくたち、エルちゃんを怒らせてしまったんだよね? だから、こんな場所に飛ばされて……」
「違いますよ。ウチがあなたたちをこの世界にお呼びしたのは確かですが。世界というものは、幾多もの時空に分かれて存在しています。それらの世界間で交流を持つことは、今まではほとんどありませんでした。でも、ウチたちは別世界へと移動する手段を見つけました。そこで、別世界の住人であるあなたたちと友好関係を結ぼうと思って、この度、ご招待することにしたんです」
エルちゃんが空中にふわふわと浮かびながら、可愛らしい声で説明してくれた。
青白い光に包まれた彼女の体は、ぼくたちと比べるとずっと小さい。
ものさしで測ったりはしてないから正確ではないけど、たぶん十センチとか、そのくらいしかないと思う。
エルちゃんは、背中から生えているトンボかなにかのような左右二枚ずつの羽根をゆっくり動かし、宙に浮かんでいる。
そのくらいの速度の羽ばたきで、しかも垂直に立っている状態の背中にある羽根で、どうしてホバリングできるのだろう?
そんな感想も抱いたりはしたのだけど。
もっと気になっていたのは、エルちゃんの体のほうで……。
エルちゃんは服なんて着ていない状態、つまり、全裸だったのだ。
いくら体長十センチくらいとはいえ、しっかりと意思を持って喋っている相手が素っ裸では、どうしても気になってしまう。
胸の辺りには膨らみも見て取れるから、女性だというのは間違いないのだろう。
ただ、全身を包み込む青白い光の関係か、じっと目を凝らしても、大事な部分は見えてこない。
そう考えると、光の服を着ている、と言えなくもないのかもしれないけど……。
「ちょっと、なにじろじろ見てんのよ、いやらしい!」
「え……? あっ、そ……そんなんじゃ……! でも、そうだね……。ごめんね、エルちゃん」
シャムから指摘されて初めて、エルちゃんの体を凝視していたという気まずい状況だったことに気づく。
「いえ、ウチは全然……」
そう答えながらも、エルちゃんはポッと頬を染める。なぜだかシャムが、ものすごい形相でぼくを睨んでいた。
「ふぉっふぉっふぉ。ところでエルちゃんとやら、招待ということは、歓迎会でも開いてもらえるということなのかの?」
他の部員たちは黙って成り行きを見守っていたようだけど、ぼくとシャムでは話が進まないと思ったのか、ここで部長が笑いながら会話に入ってきた。
「はい、そうです。ここから少し歩いた先に村があります。あっ、普通に人間さんたちの暮らす村ですよ。ウチはその村の人たちと一緒に生活しているんです。他にも何人かの妖精が、生活をともにしています」
「へぇ~、妖精と人間が共存する村なんだね。フッ……、絵になりそうだ」
ウルフ先輩が前髪をかき上げながらそう言って目を閉じる。妖精と人間の共存する風景をイメージしているのだろう。
つい忘れがちになってしまうけど、ウルフ先輩はCGなんかを描くグラフィックデザイナー志望だから、映像とか風景とかに対するこだわりはとても強いみたいなのだ。
「それにしても、この服はなんなの? ちょっと恥ずかしいんだけど……」
文鳥先輩が、ワンピース(と断言していいのかわからないけど)の裾を手で押さえてもじもじしながら抗議の声を上げる。
文鳥先輩の服は丈が短くて、太ももがかなり上のほうまであらわになっていた。
それだけじゃなく、腰から上の部分が締めつけられる構造になっているのか、なんだか大きな胸の膨らみがやけに強調されていて、しかも襟から真っ直ぐ下がった辺りに十字の形の切れ込みが入っているため、谷間までもがくっきりと見えている。
「そう、それなのよ! なんであちしたち、こんな服着てんの? あちしも、すっごく恥ずかしいんだけど!」
シャムも抗議に乗っかるものの、両手を腰に当てて仁王立ちしている現状を見ると、すでに慣れてきているのではないかと思われる。
「向こうの世界の服装では、さすがに目立ってしまいますからね。ウチのイメージで、それぞれ冒険者風の衣装に着替えてもらいました。……あっ、べつにウチが脱がせて着替えさせたってわけじゃないですよ? こちらの世界へ転送する際に、着ている衣装をトランスフォームさせただけですから」
……学校の制服が、こんなにもいろいろな服に変化するなんて驚きだ。
「エルちゃんのイメージなんですのね、この衣装。わたくし、結構気に入ってますわ」
ちわわんが満面の笑みをこぼす。
確かにヒラヒラしたドレスのような衣装は、ちわわんにとてもよく似合っていると思う。
「あなたは、精霊使いをイメージしました」
「妖精だけじゃなくて、精霊もいるんだね」
「そういうあなた――フェレットくんは、剣士のイメージです」
「ぼくたちの名前、知ってるんだね」
「はい、友好関係を結ぼうと、少し前から観察してましたから……」
「そっか。ぼくが泊り込んだときに見たのは、観察されてたからだったのか」
謎はすべて解けた!
「……でも、観察するなら昼間のほうがよくない? 普通ならオレたち、夜には学校になんていないでしょ?」
いや、解けていなかった。
ミドリ先輩の鋭い指摘。……単に、ぼくが鈍いだけかもしれない。
ともかく、エルちゃんはミドリ先輩の指摘にも素直に答える。
「昼間にも観察はしてましたよ。ただ、太陽の光でカモフラージュされるので、見つかりにくかったというだけなんです」
「なるほど」
納得するミドリ先輩。
「で、ミドリさんと双子のお兄さん――リクさんのふたりは、武道家のイメージです」
「なるほど」
今度はミドリ先輩と同じ顔のリク先輩が同じ言葉をつぶやく。
ふたりの着ている胴着のような服、さっきは見えなかったけど、背中に大きく「亀」の文字が入っている。
亀井という名字からのイメージだろうけど、それとは別の意図がありそうな気がしなくもない。
……だけどそれは、触れてはいけない部分なんだろうなと、大人の対応を決め込む。
「ウルフさんは盗賊、さくらさんは司祭のイメージです」
言われてみれば、素直に頷ける。
ちょっと悪いかなとも思うけど、ウルフ先輩のイメージとして、盗賊というのは確かにピッタリかもしれない。
もちろん、盗みを働きそうという意味じゃなくて、雰囲気的な部分と言えばいいだろうか。
文鳥先輩のほうも同様に、面倒見がよくて優しいお姉さんといった雰囲気だから、これまたピッタリだ。
若干気になるのは、その露出度の高さだけど。
どうしてこんなに丈が短くて太ももが見えまくりだったり、胸もとの十字の切れ目で谷間が見えたりする衣装なのだろう?
「それはまぁ、サービスってやつですかね?」
身もフタもない言い草だった。
「すると、ワシや蘭香は、魔法使いということじゃな?」
茶色いローブを身にまとう部長と、紺色のローブを身にまとう蘭香さん。
部長の言うとおり、そう考えるのが妥当だろう。……と思ったら。
「蘭香さんは魔法使いで合ってます。でも、部長さんは魔法使いではないですよ?」
「ほう。じゃあ、なんだというのじゃ?」
「仙人です」
なんというか、これまた、イメージピッタリだった。
「はっはっは! 喋り方からしても、それが一番合ってるな!」
「あはははは、そうだね!」
「フッ……、完璧な配役だな!」
「ふふふ、確かにそうね」
リク先輩とミドリ先輩、ウルフ先輩とともに、文鳥先輩にまで笑われて、部長は「むぅ……」と言葉にならない声を漏らす。
「そんで、あちしはなんなの?」
最後に残るはシャム。
上半身はビキニとしか思えないような感じだし、下半身も腰にちょっとした布を巻きつけた程度という、かなり高露出な衣装だ。
そんな姿の冒険者っていったい……。
全員が見守る中、エルちゃんの答えは。
「……遊び人、です」
………………。
「な……なんでよぉ~~~~!? どうしてあちし、そういうイメージなの!?」
うん。憤慨するのももっともだ。
ぼくはそう思った。
と同時に、意外とお似合いかも、と思ったのは、当然ながら内緒にしておかなければならない。




