表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
K3部  作者: 沙φ亜竜
第4章 村と魔王と嘘つきと。
11/24

-1-

「う……ん……」


 水気を多分に含んだ涼しい風が頬を撫で、その冷たさに目を覚ます。


 白――。

 目を開けたぼくが真っ先に感じたのは、そんな印象だった。


 明るい日差しの白さとは違う。どちらかといえば薄暗い。

 ただ、それでも白さをしっかりと感じることができるのは、わずかながらも太陽の光が差し込んできているからなのだろう。

 気温もさほど低くはなさそうだ。


 とはいえ、周囲は完全に白いもやによって覆い尽くされている。

 湿気の多さからすると、霧だと考えるのが妥当か。この気温では、雲がかかるほどの高地だとは思えないし。


 ぼやけた頭のまま、ぼくはとりあえず上半身を起こしてみる。

 霧に包まれている状況ではあっても、まったく視界がないわけではない。

 上半身を支える手もとに目を向けてみれば、手首くらいまで鮮やかな黄緑色の草に埋もれていた。


 どこかの草原だろうか?

 仮にそうだとしても、学校で寝ていたはずのぼくたちがどうしてそんな場所にいるのか、説明なんてつかないのだけど。

 説明がつくとしたら、これは夢だ、ということだけかもしれない。


 ……他の部員たちはどうなったのだろう?

 夢だとしたら、いない可能性も高い。でもぼくは、無意識に周りを見回し、人影を探していた。

 霧で遠くまでは見渡せないものの、ごく近い範囲に数名の横たわる姿が見える。


 ぼくのすぐそばに横たわっているのは、どうやらシャムのようだ。気持ちよさそうな寝息が定期的なリズムを刻んでいる。

 シャムの奥にはちわわんの姿も見える。

 他にも、計算部の面々が、それぞれに身を横たえているのが確認できた。


 そこでふと気づく。

 さっきまでぼくたちはみんな、学校にいた。

 当然ながら、制服姿だった。

 それなのに今は、全員が違った服に着替えている。


 服――と呼んでしまっていいのだろうか。

 むしろ、衣装と言ったほうがしっくりくる気がする。そんな感じだった。


 ちわわんは、なんだかヒラヒラしたドレスかなにかのような服で身を包み、部長や蘭香さんは、茶色や紺色のローブをその身にまとっている。

 文鳥先輩は、白を基調とした清潔感のあるワンピース系だし、ウルフ先輩は動きやすくも丈夫そうな軽めの革素材系だろうか。

 リク先輩とミドリ先輩は、双子だからなのかふたりとも同じような服装で、なんというか、格闘家の胴着みたいな感じだ。


 そしてぼくの隣に眠るシャムに至っては、なにやら露出度の高い服装で、おなかや太ももが完全に見えてしまっている。

 こんな格好で寝ていたら風邪をひきそうだ、と思うよりも先に、心臓が高鳴るのを、ぼくは止めることができなかった。

 胸の辺りも、ビキニみたいな布(と呼んでいいシロモノだろうか)をかろうじてつけているくらいで、そのたわわな膨らみの谷間がぼくの目を釘づけにして……。


 どうしてみんな、こんな服を着ているんだ?

 そう考えたぼくは、視線を落とし、自分の姿も確認してみる。

 どうやらぼく自身も、普通に考えたらおかしな服装をしているようだ。


 服装……と言っていいのか、やっぱりわからない。

 なにせぼくは、金属製の鎧を身につけていたのだから。

 兜まではかぶっていないものの、鎧とかって、ものすごい重さがあるはずだけど……。


 見た目の重厚さに反して、さほど重さは感じていなかった。

 身を起こした瞬間も、鎧を着ていることに気がつかなかったくらいだったわけだし。

 いったい、どんな特殊な素材が使われているのだろう。


 それにしても、この状況はいったい……?

 周囲にハテナマークを飛ばしまくり、ぼくの脳内はパニック状態。

 ともあれ、なんとなく考えの至る部分はあった。


 よくコンピューターゲームなんかもプレイするぼくだけど。

 そんなゲームのジャンルとして一番メジャーと言ってもいい、ロールプレイングゲーム――その中でもとくに、現実世界とは異なる世界、いわゆるファンタジー世界を舞台とするようなゲームで主人公たちが着ているような衣装を、ぼくたち計算部の部員全員が身にまとっているようだった。


 とすると、全員で演劇でもやろうとしていたのだろうか?

 もっとも、みんな寝ているというのは腑に落ちないところだけど……。

 どちらにしても、ぼくにはまったく、そんな記憶はない。

 ぼくが寝ているあいだに面白半分で着替えさせたとしても、こうしてみんなも寝てしまっていては意味がないだろう。


「あら、おはよう、フェレットくん……って、これなに……? えっ? ここどこ? みんな、どうしてこんな服を着てるの……?」


 不意に身を起こして挨拶の言葉を投げかけ、状況が理解できず焦りまくっているのは、起き抜けでもお美しい蘭香さんだ。

 なお、蘭香さんは魔法使いかなにかのような紺色のローブに、まさにそのものとも言えるようなとんがり帽子までかぶっている。

 寝ぼけながら身を起こしても帽子が脱げなかったのは、ゴム紐でもついているからなのだろうか?


「ぼくもびっくりしました。でもこれ、なんなんでしょうか? みんなで演劇とかでもしてたんですか?」

「そんなわけないじゃない。……思い出してきたわ。みんなで泊り込みして、妖精を見るためにあらかじめ寝ておいて、深夜くらいの時間になったら起きようとしていて……」

「そうですね。ぼくは一度目を覚ましたんですけど、なんだかすごく眠くて……」

「あっ、わたしもそうだったわ。起きなきゃと思っても、どうしても起きれなくて……」

「ふぉっふぉっふぉ。妖精の怒りを買ってしまったのかもしれんの」


 ぼくと蘭香さんの声が響き始めたことで、他の人たちも目を覚まし始めたらしい。

 それにしても、いきなり寝覚めからその笑い声はやめてもらいたいところだ。


「部長、おはようございます。妖精の怒りって……そんなことあるんですか?」

「フッ……。あるからこそ、今こうしてこんな状況になってるんじゃないか?」


 ぼくの疑問に答えたのは、部長ではなくウルフ先輩だった。もちろん、前髪をかき上げながら。

 この人も、寝覚めからして完璧にいつもどおりの調子だ。

 ……若干寝グセがついていたりするのは、黙っておいてあげよう。


「みなさん、おはようございます~。……今日って、仮装パーティーの予定でしたでしょうか?」


 ちわわんも、寝ぼけまなこをこすりながら起きてきた。

 まだ頭が上手く働いていない様子。イメージどおり、低血圧気味なのだろう。

 こうしてすぐに、みんな目を覚ました。

 ただひとり、シャムを除いて……。


「お~い、シャム~。朝だぞ~。起きろ~」


 声をかけてみるも、反応はない。

 いや、正確には反応はあるものの、「う~ん……」と微妙なうめきを漏らす程度で、起きる気配はまったくなかった。

 これは完全に、「あと五分~」状態のようだ。


「はっはっは! ここはひとつ、フェレットが目覚めのチューを!」


 ふざけてそんなことを言い出すリク先輩。


「ちょ……、リク先輩! なに言ってんですか!」


 ぼくは慌てて怒鳴り返したのだけど。


「ふぉっふぉっふぉ。男ならバシッと決めるべきじゃろう!」


 いつの間にやら背後に回っていた部長がぼくの背中をドンッと押す。

 リク先輩のほうに意識を向けていた状態で、完全に不意打ちを食らったぼくに、成すすべなどなかった。

 バランスを崩しながら、シャムが仰向けに眠っている上に覆いかぶさるように倒れ込む。

 次の瞬間、シャムの寝顔がすぐ目と鼻の先に迫っていた。


 うわ……。

 近くで見ると、意外とまつ毛が長いんだな、シャムって。

 それに、ちょっと変わってはいるけど独特なシャムの匂いを間近に感じながら、穏やかな寝息が直接ぼくの顔を薙いでいくというのは、鼓動を速めるのに充分な状況で。


 もう少しだけぼくが顔を近づけたら、柔らかそうな唇に触れることも……。

 焦りとドキドキ感と、ちょっとの期待と、それらがごちゃまぜでぼくの心の中に渦巻いていた。

 そのとき。


 パチリ。

 不意にシャムが目を開いた。


 ………………。

 ………………。

 ………………。


 さすがに最初は事態がまったく飲み込めなかったものの、頭がはっきりしてくるに従って、今の自分が置かれている状況をしっかりと把握したのだろう。

 というか、把握してしまったのだろう。


 ちわわんみたいに低血圧っぽい感じならごまかせたかもしれないけど、シャムはシャムらしく、起き抜けでもすぐにハイテンションまで持っていけるタイプの人間のようだ。

 ぼく自身が反射的に飛び退くことのできる素早さを持ち合わせていれば、まだ問題はなかったのだけど。

 目の前で開かれたシャムの瞳をじっと見つめたまま、完全に固まってしまっていたぼくには、当然ながら無理ってもので。


 もともと赤く染まっていたぼくの顔の色に、シャムの顔色も徐々に近づいてくる。

 ぼくと同じで恥ずかしさやドキドキ感によるものなのか、それとも怒りのせいなのか……。

 言うまでもなく後者だったようで。


 シャムは顔を離そうとするも、仰向けで横たわっている状態からでは頭を後ろに逸らすことはできず、とっさに腕を使って若干体を浮かし、素早く真横に避ける。

 ……ぼくの顔が近づきすぎていたからか、一瞬――ほんの一瞬だけだけど、唇同士が軽く触れた、ような……。

 それはきっと気のせいだったのだろう。シャムがすぐさま爆発する。


「あ……あんた、なにやってんのよ!?」

「いや、ぼくは……っていうか、部長が……」

「うるさいっ! キモっ! バカ! 近寄るな! ……って、なにこれ!? あちし、なんでこんな恥ずかしい格好してんの!? ちょ……見るな、バカ! はっ、まさか、あんたが着せたの!? 痴漢っ! 変態っ! 死にさらせ、このウ○コ!」


 ぼくに罵声を浴びせながらも、露出度の高い衣装を着ていることに気づき、さらに大爆発を始めるシャムがおとなしくなったのは、それから優に十分以上経ったあとだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ