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第四話 義父との生活

「ニケ、茶を頼む」

「はい」


 窓際の椅子に座っている義父からの頼みにニケは頷いて紅茶を入れる準備をした。

 今まで隠居した老人のような生活を送っていたニケにとって、何であれやることがある、という事実は張り合いがあった。

 それが嬉しくて、義父の介護にも自然と熱が入る。

 思ったままを話すのは苦手なので口数は少ないが、ニケはやる気に充ち溢れていた。







「そうか────ならお前に任せる。母上もそれで構いませぬか」

「…………えぇ、お願いしますねニケさん」

「はい、」


 ニケの申し出は渡りに船だったのか、夫と義母はあまり反対することはなく、不自由があれば申しつけるようニケに言って、それきりもう何も言うことはなかった。

 使用人達がニケが義父の介護をすることを知って変なものを見るような、人によっては敵を見るような目でニケを見るようになったのは言われなくても知っていたが、元々親しい使用人もいなかったので大して気にならなかった。

 今のニケの心を占めるのはどうしたら義父に快適に過ごしてもらえるのか、ということである。

 そのためなら嫁いだ娘が頻繁に実家に手紙を送っているのはよろしくない、という体面もあって控えていた実家の父への手紙も厭わない。なにせ父は義父の部下だったのだから、色々と知っていることもあるだろう。



 そんなこんなでやる気に燃えていたニケだったが、少々問題があった。



「お義父様?お手伝いしましょうか?」

「いや、構わん」


 ────他ならぬ義父その人が大抵のことは自分でこなそうとして、しかもそれを難なくこなしてしまうのだ。

 元々この家に義父の世話をしたがる使用人は全くといっていいほどいないため、自然とそういうくせがついたのか、それとも元々なのかは分からないが、義父は身の回りのことは全て自分でこなしてしまう。倒れたと言っても怪我をしたわけではなく、病気の類でしかも戦場はやめた方がいいが日常生活ならば十分送れる程度の病であるためにニケが出来ることは本当に少ない。

 出来る限り動いて最低限の体力を維持しようという義父の心意気は尊敬に値するものなので、ニケはあまり強く言うことも出来ず悶々としていた。環境面を整えることが精一杯にすぎない自分が情けなくてもっとお役に立ちたいと思うのだが、日がな屋敷で時間を潰していたニケでは義父の話し相手にもなれない。義父が苦手らしい、貴族の奥方が好むような話題は極力ふらないことや香水の使用はやめること、部屋に匂いのきつい花は飾らないこと────それは義父のためというより、同じくそういったことがあまり得意でも好きでもないニケにとってもかなり楽で心地がよく、それがますます義父に対する罪悪感を駆り立てた。


(兄様方に頼んで軍の様子でも教えてもらおうかしら……けれど私は単なる貴族の妻だから、あまり知りたがるというのも問題でしょうし……)


 こんな自分は義父の世話をさせてもらっているどころか逆に気を遣わせているような気がしてならない。

 ニケがこうして自己嫌悪に陥る度にタイミングよく義父から何かしらの用事を頼まれることが、ますますその疑念を深めていた。

 いっそのこと父よりも母の方に相談してみようか、と考えたところでニケは義父が複雑そうな顔をして自分を見ているのに気付いた。


「お義父様?何か御用ですか?」

「いや……」

「遠慮などはなさらないで下さいまし」

「その、だな…………ロベルトの娘にしては大人しいな、と思っただけだ」


 唐突に出された父の名前に思わずニケはぱちぱちと目をまたたかせた。

 ただいかにも厳格そうな義父が気まずそうにしているのが何だか可笑しくて、ニケは声に笑いを滲ませながら答える。


「よくお父様の部下にも言われました────そんなに似ていませんか?」

「面差しはところどころ似ていると思うが、雰囲気が違い過ぎてな」


 父を部下に持っていた義父にはそれがどうやら違和感を生じさせていたらしい。

 ニケも頭の中に自分の父を思い浮かべて、納得する。

 ニケの父は叩き上げの軍人に近く、その性格は豪快というのがぴったりな、有り体にいっていまえば大雑把な性格だ。

 逆にニケは外見こそ父の面影があるが全体的に父方の祖母に似たらしく、それに淡白な口調や性格も災いしてか落ち着いているように見られることが多かった。

 そのせいでニケを初めて見た父の部下達には驚かれたものだ。


「兄弟の中では私が一番父に性格は似ていると家族の間では言われているのですが」

「お前がか?」

「はい。私は表情に出にくかったり、父のように騒ぐのが好きな質でもないのですが────あまり物事や自分に頓着しない性格などそっくりだと」

「────あぁ、なるほどな、そう言われてみればそっくりだ」


 言われて納得したものがあったのか、義父はしきりに頷いた。


「年ごろの娘だというのに私が苦手なのを見越してそのドレスも化粧も地味なものにしてあるだろう。手が荒れるようなこともまるで気にしない。いくら既婚といえど、と不思議に思っていたが……そうか、ロベルトの娘なのだからな」


 快活に笑う義父につられて、ニケも思わず笑っていた。

 この短い生活の中でどうやら、義父はニケを厭わず────ちゃんとニケを見ていてくれたらしい。

 それが嬉しくて、ニケは自分から義父に話しかけていた。


「あぁでも、父の身支度に頓着しないところは似ませんでしたわ。母に口を酸っぱくしてしつけられましたもの。その代わり、兄達は揃ってそういうことに鈍感な質になってしまったのですけれど」

「そうか!母君も苦労されたことだろうな」

「そりゃあもう。いつも兄達を追っかけ回していました。父の部下の方々もそれを囃し立てて────」




 そしてこの日から、ニケは義父の昔の話を聞いたり、ニケが子供の頃の話を義父に話すのが日課になった。

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