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第三十二話 幼子の決意

 カマルの遊び相手といえば、ハルゥの子供達――マァやその下の三つ子達――が主であるが、他にもそういう相手はいた。

 ニケの長兄の子供、つまりカマルにとっては義理の従兄弟にあたる子供達がそうで、三つ子達よりも彼等に会う機会は少ないものの、彼等はカマルにとっては数少ない遊び相手だった。


「なぁカマル、次はいつ来るんだ?」

「ん……かかさま、次はいつルーとたんれん出来る?」


 ニケの父に剣の稽古をつけてもらったばかりの、まだ息も荒いカマルにそう尋ねられてニケはどうしたものかと思案した。

 カマルだけならばともかく、ニケがあまり屋敷を空けるのは褒められたことではない。特に最近は実家だけではなくハルゥの家にも頻繁に行っていた。伯爵家に嫁入りして生活に困ることはないが、こうして行動が制限されることを初めて不便だと思いながら、ニケは視線を彷徨わせる。

 その間もカマルと、ニケにとっては甥にあたるルーカスは期待の眼差しでニケを見上げている。


「そうね……八日くらい後かしら」

「…………」

「えー、カマルとニケおばちゃんが来るの、そんなに後なの?」


 しょんぼりとうなだれたカマルに対して、はっきりと不平を口にする甥に性格の差を感じて苦笑しつつも、ニケは眉尻を下げた。

 病人である義父にカマルの付き添いを頼むわけにはいかず、それもニケの実家へとなればなおさらだ。ほかならぬ実家であるというのにニケが伯爵家の屋敷にいてカマルだけ、というのは難しい。信頼出来る使用人でもいれば話は別なのだが、そう上手くはいかない。ニケの兄弟に迎えを頼んで、ということも出来なくはないが、多くが軍に士官していたりその準備をしている兄弟をそうそう呼びたてることは出来ないだろう。

 こればかりは母も助け舟の出しようがないのか、ニケの向かいに座っていた母も溜息をついていた。

 けれど子供心に納得がいかないルーカスを見かねて、その場に居合わせていた義姉が口を挟む。


「ニケちゃんはあんまり簡単にお外に出れないのよ」

「えーと、旦那さんが偉い人だから?」

「そうね、ニケちゃんを攫って悪いことをしようとする人がいるかもしれないでしょう?」

「はーい……」


 不満そうながらも一応納得してくれたらしいルーカスにニケがほっと息をついていると、横に来ていたカマルがくい、とニケの袖を引いた。

 ニケが首を傾げながらカマルを見れば、きゅっと険しい顔をしている。


「かかさま、さらわれる?」


 震えるカマルの手に、ニケはカマルが誘拐されて売り飛ばされそうになっていたことを思い出し、安心させるように微笑んだ。

 けれどカマルの表情は晴れない。


「大丈夫よ、悪い人達もそう簡単に屋敷の中には近づけないわ。お義父様もいらっしゃるし」

「……でも、カマルも強くなってかかさま守りたい」

「カマル、」


 カマルは険しい表情のままニケを見上げる。

 カマルの気持ちは嬉しいのだが、年頃の少年というものが時には無茶をすることをしっているニケにしてみれば、いつかカマルが大変なことに巻き込まれたりはしないかと気が気ではなかった。

 実際、ニケと年の近い兄弟が当時近所でも悪評が立っていたゴロツキの溜まり場に突撃をかけてそれぞれそれなりの怪我をしたことがある。

 もしカマルもそんなことをしたら、と想像してニケはぞっとした。


「……ありがとう、カマル。でもね、かかさまはカマルのことが大好きだから、あんまり無茶や怪我はしないでちょうだいね? ……約束よ」

「うん……」


 ニケとカマルのやり取りを自身にも覚えがあるのか苦笑しつつ見守っていた母は、ふと口を開いた。

 気を利かせて義姉がカマルとルーカスを中庭で遊んでくるようにと外に出す。鍛練の為の木製の剣を手に駈け出していった二人の背を見送って、ニケは母を見る。


「大分暑くなってきたけど、将軍様の体は大丈夫なのかい」

「えぇ……最近は落ち着いているの。出来れば避暑地に行った方がいいと思っていたんだけど、どうもそうはいかないみたいで……この夏は、都にいらっしゃることになるから、少し心配なの」


 義父のことを『将軍様』と呼ぶ母に、ニケは眉を寄せて頷いた。国の英雄である義父の体調のことは義姉も気になるらしく、痛ましげな顔をしている。

 ニケ達の暮らす都は内陸にあり、南の方ほどではないとはいえ夏はそれなりに暑くなる。北の方や山の方に避暑に行くことが出来たならば、病身の義父にとっては夏が過ごしやすくなっただろう。けれどそれは情勢のためか、軍部の要請で叶わないという。現役を退いていても義父は未だ将軍位にあり、周辺諸国への抑止力になりうるのだ。

 ニケとしては将軍位を返上して、療養に専念していて欲しいとも思うのだが、生活の張り合いを考えれば体と相談しながらであるが時折登城する今の生活の方が義父にとってはいいのかもしれない。そう思うと義父に進言することも出来ず、ニケは歯がゆい思いをしていた。


「まぁ気を付けてお世話しな、ニケ。……それと本当に身の周りには気をつけるんだよ。最近は都にも人の入りが激しくて、治安が悪くなってきてるんだ。大した護衛も付けずに出歩く身なりのいい女なんて、いいカモさ」

「分かったわ……」


 最もな母の言い分にニケは神妙な面持ちで頷き、ますます信頼出来る使用人や男手の必要性をひしひしと感じたのだった。






 屋敷に帰り、その日の夕食の席で新しく使用人を雇った方がいいのでしょうか、と零したニケに義父は食事の手を止めて渋い顔をした。


「確かに男手があった方がお前も楽だろうが……そう簡単に見つかるとは思えんし、雇い入れるのも難しいだろうな……」


 屋敷の使用人に関しては母屋の方で古参の執事が一括して管理しており、新しく雇い入れるかどうかも彼の裁量次第だ。母屋と同じ敷地内でありながら疎遠である離れのニケ達に使用人を割いたり、わざわざ新しく雇い入れてくれるかどうかだ。

 それに新しく雇い入れるにしても、信頼出来る人かどうかは時間をかけてみなければ分からない。


「……一応俺も知り合いにそれとなく心当たりがないか聞いてみるとしよう。もし見つかればニケは執事の方に話を通しておいてくれるか」

「はい……すいません、お義父様」

「俺も常にお前とカマルのそばにいるわけではないからな、この時期には護衛も必要だろう」


 苦笑して再び食事を口に運び始めた義父に頷いて、ニケもまた夕食を口に運んだ。



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