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第二十六話 思わぬ繋がり

 マァが呼んできた警邏兵――軍の兵士のうち、位の低い一般兵達が主にその役目についている――が駆けつけるまでにそう時間はかからず、兵士達は控えめではあるが上等な貴族が着る服を纏ったニケが被害に遭ったことに恐縮していた。

 比較的身なりのいい、兵士達の上役だろう年かさの兵がニケに歩み寄る。


「真に申し訳ありませんでした」

「いえ、人気の少ない路地にいた私共も悪かったのですし……お役目御苦労様です」

「お怪我などはございませんか?」

「特には……」

「かかさま、怪我した!赤いの……」

「どこか切られたのですか?」

「違います、すこし掴まれたところが痣になっているだけで……」


 怪我、という言葉にニケの腕の中のカマルが声を上げた。

 赤いの、と聞いて血を連想したのか、兵の顔色が変わるがニケはそれを首を振ることで否定する。たかが痣程度で流血沙汰になっては大事になってしまう。


 ニケの否定に目に見えて安堵の表情を浮かべた兵は、次いでニケの隣に立つ男――リエーフへと目をやった。

 商人の服装をしたリエーフがニケと共にいることを不思議に思ったのだろう。


「こちらは……」

「この方に危ないところを助けていただいたのです」

「それは……我々が至らぬばかりに……ありがとうございます。それにしても見事な腕をお持ちで……」

「……まぁ隊商に加わってればそれなりに、な」

「残念ながら報奨金等は出ないのですが、この一帯に警邏の人数を増やすよう手配しておきましょう」

「ん、頼みます」


 そうして警邏兵達はゴロツキ達を捕縛して引き上げていき、その場にはニケ達とリエーフが残る。

 マァは警邏兵を呼んだ後すぐにハルゥを呼びに行ったのでこの場にはいない。


 何となく話しかけづらいとニケが思っていると、腕の中のカマルがひょっこりと顔を出してリエーフに話しかけた。

 売られそうになった過去があるからかどうも人見知りの気――ニケの兄弟達にすらそれは発揮された――があるカマルが自分から話しかけたことにニケが驚いているうちに、カマルとリエーフの会話は弾んでいく。


「おじちゃん、強いね……すごい……」

「ありがとよ、ボウズ。にしても『おじちゃん』たぁ……俺も年か?」

「……おにーさん?」

「んー、『おじちゃん』で構わねぇよ」

「ん!おじちゃん、カマルとかかさま、助けてくれてありがと」

「おう」


 リエーフの背は高く、カマルが視線を合わせようと首をかなり上向けるのを見かねたのかリエーフがしゃがみ込む。

 フードで大半が隠されてはいるが、その体つき間近で見てもニケの父や兄弟のような武官と並ぶような見事なもので、とても商人だとは思えない。どことなく肉食獣を思わせる敏捷な身のこなしもそうだ。


「……本当にありがとうございました、リエーフさん」

「あんた……ニケ、だったか。こいつとは……」

「ニケ、カマル!大丈夫なのかい?」


 リエーフの言葉を遮るようにしてかけられた声にニケが振り返ると、そこには肩で息をするハルゥの姿があった。その後ろには山ほどの荷物を持たされているマァもいる。

 ハルゥはニケ達に駆け寄ると、心配そうに眉を寄せた。


「ハルゥ」

「あぁ、初めてだってのにマァだけ残して行くんじゃなかったね、あの人だったらともかく……マァから少し怪我してるって聞いたけど、どうなんだい」

「腕を掴まれて、痣が少し」

「あんたも大概細っこいからねぇ。人間の薬も少しは分かるけど、あいつの主治医がすぐ来るならそいつに診てもらった方がいい。薬の合う合わないもあるしね」


 矢継ぎ早に喋るハルゥは一通り言葉を交わした後、警邏の兵と同じようにニケの隣でしゃがみ込んだままのリエーフに視線を送り――――くわっと目を見開いた。

 もしや誤解を、と慌ててニケが腰を上げようとするも、先にカマルがリエーフの異変に気付いてぎゅっとニケの袖口を握ったためにそれが叶わない。


「あ、あんた――」

「……まさかここで会うとはな……ハルゥばば……!」

「誰がババアだい、このクソガキが!」


 そのまま悪魔もかくや、といった鬼の形相で怒りを露わにするハルゥに対し、リエーフは軽口をたたきながらもどこか気まずそうな表情を浮かべている。

 流れについていけないニケとカマル、そしてマァの三人は二人の口論が終わるまでただ唖然としていた。




 ――そして、ようやく口論とも言えないような、ある種説教じみた会話がようやく終わりを迎え。




「悪かったねニケ……こいつがガキの頃からの知り合いでね」

「そこのボウズがあん時のガキか……10年ぶりだと分からねえもんだな」

「マァも5歳かそこらだったんだからね」

「ハルゥばばは若作りしすぎだ。こいつの下に四人いるとか信じられねぇよ」

「せめてハルゥと呼びな」


 ぽんぽんと言葉の応酬を繰り広げる中で、ニケはふと首を傾げた。

 先程から話を聞いていればリエーフはハルゥを『ハルゥばば』と呼んでいる。今まで気にしたことはなかったが、ハルゥは一体何歳なのだろうか。義父とも古い知り合いのようだし、案外ニケが思っているよりも年上なのかもしれない。獣人の中には長命の種族もいると聞くが、女に年齢の話はタブーだと幼なじみのエレオノーラも言っていたから聞くに聞けない。


「ハルゥ、おじちゃん……仲良し?」

「昔からのお友達みたいね」

「んー、母ちゃんがこんな口聞くってことはそこそこ仲いいと思うんだけどな。さっき十年前とか言ってたし久々の再会なんじゃない?」

「ふーん」

「カマル、お水は?」

「飲む!」


 カマルに水を飲ませてやっている間もリエーフとハルゥの言葉の応酬は続く。

 けれどここが日影で良かったとニケがのんびりと考えているうちにようやくひと段落したらしく、ハルゥがバツの悪そうな顔でニケの方を見た。


「……突然放浪の旅に出てから十年ぶりに都まで戻って来たらしい……全く、あんたのことはうちの人もサイードも心配してたんだよ」

「そりゃ悪いことしたな……そういやその、『常勝将軍が病気になって引退した』って聞いたが本当か」


 不意にリエーフの口から飛び出た義父の話題にニケは顔を上げる。

 義父は英雄とも言われる人だからそういった噂話が流布するのは珍しいことではない。

 北の方にもそういった話が流れているのかもしれないし、都に来てから聞いたのかもしれない。

 そうは思うも、どうも話の流れが気になっていた。


「本当だよ。前線からは完全に退いた」

「マジかよ……そりゃおやっさん出世早かったけど、確かまだ四十五か八そこらだろ」

「怪我したわけじゃないけど、内臓をやられちまってるからね、無理は出来ないらしい――そこらはあたしよりニケの方が知ってるはずだよ」


 ハルゥに、そしてリエーフに視線を向けられたニケは反射的に背筋を正していた。

 何故か緊張してしまう。


「この嬢ちゃんが?」

「この子、サイードの嫁だから」

「おやっさんの!?」


 ぎょっとした顔でリエーフに見つめられてニケは少したじろいだ。そんなに驚かれることだろうか。

 どうも義父と知り合いのようだから、夫のことも知っていて、夫が結婚するはずないと思っているのかもしれない。

 ひとまず事実だからと肯定のために頷くと、リエーフは呆然としていた。


「…………まぁ、いいかね。サイードに任せる」


 ハルゥのどこかおかしそうな声だけが、妙にその場に響いた。

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