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第二十四話 夏の猛威

 ハルゥが言っていたように、都にも北からの隊商とおぼしき商人達の姿がちらほらと目立つようになってきた頃。

 ニケは知人を訪れるという義父と賃馬車で送り届けた後、その足でハルゥを迎えに行っていた。

 目的は勿論、一緒に北の商人達が臨時で店を構えている市場を訪れるためだ。


「今日はサイードは別なのかい?」

「お義父様も一度市場に行きたいと言っていらしたけど、今日は知人と約束していると」

「へぇ……ま、行こうか」

「えぇ」


 ハルゥは特に気にした風もなく、大きな木編みの籠を手にした。

 ニケのものよりも小ぶりなそれに足りるのだろうかと思っていると、家の奥から同じような籠を持ったハルゥの子供が出てくる。

 何度か顔を合わせたことのある、少年と称するのが相応しいだろう年頃の少年にニケの顔も綻んだ。


「マァ」

「もう、マァじゃなくてマルジュだってばニケさん」


 けらけらと笑う快活な少年はハルゥの長男であるマァ──マルジュはもう十四、五歳で、既に傭兵ギルドに見習いとして入っているからか滅多にこの家で顔を合わせることはないものの、たまに会った時には快くカマルの相手もしてくれている。

 そのせいかニケもつい彼の弟妹達と同様に愛称であるマァと呼んでしまうのだが、本人にしてみればどうも子供扱いされている気分になるらしかった。

 籠を持っているということは、今日の買い物にもついて来てくれるのだろう。

 そうあたりをつけたニケの予想は当たっていたらしく、マァは外出用のマントを羽織っていた。


「今日はマァが荷物持ちだよ」

「父さんに急に仕事が入ったらしいからだろ、折角の休みだったのになー」

「下っ端のあんたに大した仕事もないだろ?」

「ひでぇなぁ、母ちゃんは」


 軽口を叩き合うハルゥ親子に苦笑して、ニケは横でそわそわしているカマルを覗きこんだ。

 市場に行くというのもあって、フード付きのマントを着たカマルは落ちつかなさげにしている。

 マントで見えないが、きっと尻尾も揺れているのだろう。


「カマル、本当にムゥ達とお留守番してなくていいの?」

「ん!じーじにお話する!」

「そう……」


 ニケとしては出来ればカマルはハルゥの三つ子と一緒にこの家で留守番していて欲しかったのだが、カマル本人は今日来れなかった義父に土産話を持って帰るのだと意欲に燃えている。

 困ったことだとは思うが慣れているハルゥも一緒だし、マァもついて来てくれるなら安心だろうとニケはカマルを連れていくことに決めた。


「分かったわ、でも離れないようにするのよ?」

「ん、かかさまも!」

「はいはい」


 張り切るカマルに苦笑を深めながらも、ニケは籠を持っているのとは反対の手をカマルに差し出した。

 カマルがきょとん、とニケを見上げてくる。


「かかさまが迷子にならないように一緒に手を繋いでくれる?」

「……ん!」


 あんたも子供の扱いが上手くなったねぇ、というハルゥの言葉をこそばゆい思いをしながら受け流して、マァに促されるままニケは家の外に出た。

 賃馬車は既に道に泊まっておらず、帰るときにはどこかで適当に賃馬車を拾わなければいけない。

 いつもなら適当な時刻を指定してまた来てもらうのだが、今日はいつまでかかるか分からなかったため、そうは出来ない。

 途中、さりげなく賃馬車が集まっているところを確認して歩いていくと、しばらくして明らかに取り扱う商品の顔ぶれが違う店がぽつぽつと目立つようになってきた。ハルゥ曰く、北の商人が店を出しているのは市場の方でも端の、外れの区画にほど近いところだというからもうしばらくは歩かなければならない。


「ニケさん、大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ」


 人が増えてきたからか幼いカマルを連れているニケを気遣ってくれるマァに頷いて、ニケは視線を遠くへやった。

 見慣れない食べ物や、柄の布が周囲で扱われている。

 未だ見ぬ北のものだろうそれらが、ニケの目には新鮮に映った。

 横を歩くカマルも時折首を捻っては不思議そうに店に並ぶ工芸品を見つめている。

 動物の皮を加工したのだろうそれらを横目に眺めつつ、ひとまずは市場の端までどうにか辿り着く。

 心なしか疲れた様子のカマルにやはり留守番させた方が良かったかもしれないと後悔しながらニケはそっと道の端に寄る。


「大丈夫かぃ?」

「えぇ……少し休んでいるから、ハルゥとマァは店の方を見てきてちょうだい」

「……マァ、あたしはいいからニケとカマルについてな」

「うい」

「ここらは都でも外れの方だからね、それなりに治安も悪い。獣人で、鍛えてるあたしはともかく──見るからに弱っちいあんたとカマルだけなんていいカモだよ」


 きゅっと形のいい眉を寄せたハルゥはニケの遠慮をはねつけてここにいるように言うと、さっさと籠を持って雑踏の中に姿を消してしまった。

 マァは肩を竦めてニケを見る。


「母ちゃんもあぁ見えて傭兵の嫁さんだし、自分の身くらい守れるからあんまり心配しなくても大丈夫だよ」

「でも……」

「ニケさん、地味なかっこしてるけどいいとこのお嬢さん的な雰囲気は出てるんだからこうした方がいいんだって。……カマル、大丈夫か?」

「マァ兄……」

「やっぱ長毛種だから暑いのダメみたいだな……」


 マァが顔をしかめる通り、カマルが少し具合が悪いのは気温に加え、マントを着ているからというのも大きい。

 しかしカマルは色が白い、ハルゥ曰くの『変異種』なのでマントを取れば──また物珍しさから裏商人に誘拐されてしまうかもしれない。

 それはニケの望むところではないため、ニケに出来るのは人目につかない路地裏でマントの一部をめくり上げて持っていた扇でそよそよと風を送ってやることだけだった。


「う……」


 折角の市場だったが、カマルの土産話は失敗談になってしまいそうな気配を感じるニケだった。




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