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第二十三話 重なる剣筋

 庭先で剣を振るう義父とカマルに、窓際で繕いものをしていたニケは目を細めた。

 剣の練習をするための体力作りをここ最近続けて来ていたがようやく練習用の剣を握ることを義父に許されて、昨日の晩から今日の練習を楽しみにしていたカマルを思うとニケまで嬉しくなってくる。


「ほらカマル、剣はこう構えるんだ」

「……ん!」

「そうだ、ゆっくり振ってみろ」


 義父に教えられたことをゆっくりと忠実に再現しようとしているカマルはいつになく真剣で、どれだけこの練習を心待ちにしていたのかが分かる。

 もうすぐ夏になろうとしている今の時期、剣の練習を始めるのには少々不安があったが、義父もついてくれていることだしきっと大丈夫だろう。

 そう思ってニケは練習後に飲むための飲み物や軽くつまめるものを用意しようと繕いものを置いて立ち上がった。

 カマルのために買いそろえた衣服もカマルが日に日に成長していくおかげでこまめな手直しが必要になった。成長を見越して大きめのものを買ってはいたが、新しく買い足す必要があるかもしれない。着なくなった服は、兄に聞いて必要なら甥達にあげればいいだろう。


 台所で汲み置いておいた水に塩と砂糖を入れたものを用意して、カマルのものには飲みやすいように先日買い求めた南特産の果実の汁を絞ってやる。口にしたことがなかったらしい酸味の強いこの果実の汁を飲み物に足すのにカマルは最近夢中になっているのだ。

 用意したものをトレイに載せて窓際まで運ぶと、カマルが義父の手本を真剣に見ていた。


 義父も最初は貴族の子供が教わるような様々な作法がある剣術を教えようか迷ったらしいが、結局は義父本来の剣筋を教えることにしたようだった。

 カマルはニケの養子だといっても獣人で、きっと軍に仕官するようなことにはならないだろうから、将来身を守るのに役立つ実戦的なものを教えようということで義父とニケの父の間で話がついたようだ。

 カマルと一緒に練習することもあるだろう甥も、兄の──ニケの生家の格が男爵家である以上、国王陛下の前で披露される御前試合や貴族の子息が集まる士官学校に通うこともなく、格式ばった剣術を習う必要はない。

 ニケにとっても兄や弟達が習っていたような剣筋をカマルが覚えることが何だか嬉しくもあった。


「じーじ、こう?」

「そうだ。カマルは筋がいいな、きっとすぐに強くなる」

「ほんと?……がんばる」


 体を動かしたせいで紅潮している頬で夢中になって剣の練習をしているカマルに、義父も嬉しそうな顔をしている。

 部下の指導をすることはあったと聞いているが、きっと一から教えるのは初めてなのだろう。かつて自分が老人から剣を教わった時のことを思い出しているのかもしれない。


(男は誰だってちゃんばらが好きだって兄様が豪語していたのも的を得ていたのかも……)


 その言葉通り剣に夢中になっている二人を見て笑って、ニケは声をかけるのを止めて椅子に座り二人を眺めることにした。

 二人を見ながら、これからしばらくの予定を頭の中で組み立てる。


 ハルゥに連絡して、北からの隊商が運んできたものを買い付けに行こう。きっと普段ならば見れないものがたくさんあるはずだ。

 国の都だけあって普段から国中のものが集まると言っても差支えないだろう市場も、この時期しか訪れない隊商が来るとなれば話は別だ。

 義父曰く、こうした隊商の多くは普段は農民や狩人などをしていて、特産のものが取れればこうして都などに持ってきて品物を金銭に替え、生活に必要なものなどを買い付けてまた故郷に戻るのだという。特に北の、極寒と伝え聞く地域からの隊商は雪が溶けて道が出来た短い夏の季節を逃すまいと、自身の冬支度を揃えるために都に品売りに来るのだという。

 都が秋の頃にはもう北では雪がちらつき始めるというし、きっと北の暮らしは大変なのだろう。比較的南北に長い国土の、やや南方に位置する都に暮らしていてはなかなか知ることのない北の地に思いを馳せて、ニケはそっと目を閉じた。


 ──カマルの毛並みのような、白が全てを覆い尽くす北の地。

 考えるだけならば美しいその光景も、そこに住む人にとっては恐ろしいものなのだろうか。


 北への行軍を経験したこともある父から聞いた話を記憶の中から掘り起こして、想像してみようとするも上手くはいかない。

 北には険しい山脈が連なっているからか他国との争いの場になることはほとんどなく、父や義父が赴いた戦場も西や南が多い。気候が厳しく実りも少ない北の地を訪れる人は少なく、ニケが持っている情報もわずかなものだ。


(……あまり考えても、どうということはないでしょうが)


 北の地に父や義父、兄弟達が赴くことはまずないだろうし、気にするほどのことでもないと片づけてニケは立ち上がった。

 練習を始めてから結構な時間が経っているし、さすがにそろそろ声をかけた方がいいだろう。


「お義父様、カマル、そろそろ休憩に致しませんか?」

「むー」

「こらカマル、しっかり休憩することも強くなるためには必要なことだ」

「…………!!」


 練習を中断することに不満そうだったカマルも義父の言葉に慌てて剣を置いてニケの方に駆け寄ってくる。

 飲み物を手渡してやると相当喉が渇いていたのかごくごくと勢いよく飲み始めたカマルに苦笑してしまう。同じように苦笑している義父にも飲み物を手渡して、ニケは空を仰いだ。


 青い空にはもくもくとした雲が浮かんでいる。


「──夏ですね」

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