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第二十二話 獣人の教育

 ──カマルはニケの籍に入った、れっきとした養子であるが種族としては人間ではなく紛うことなき獣人になる。


 ニケの養子である以上、人間としての教育を受けさせることには代わりないが、将来カマルが獣人としての生き方を選ぶという時にそれでは不都合が生じる。

 かといって獣人のことをよく知らないニケや、交流があるとはいえ育児などそういった面に明るくはない義父が獣人としての教育をするのには無理があった。


 そこで白羽の矢がたったのが、ニケの料理の師となりつつある獣人の薬屋、ハルゥだった。



「ほらあんたたち、勉強の時間だよ」

「「「はーい」」」

「ん!」


 ハルゥの声に店の裏手の庭で遊んでいた子供達がばたばたと部屋に入り、用意された席についた。

 ハルゥの子供だという三つ子の、猫の獣人の子供達はカマルより年かさで、最初こそどうしていいか分からないといった風だったカマルもすっかり三人に懐いていた。犬と同じような系統らしいカマルの方が成長が早いのか、体格がそう変わらないのもあったのかもしれない。

 今も四人揃ってハルゥの手元を熱心に見つめている。


「これはどういう時に使う薬草だい、ムゥ」

「綺麗な水がない時の、消毒!」

「そうだ。どこに生えてる、メェ」

「森とかの、陰になってるところ!」

「あぁ。ならこっちの実は、モォ」

「毒草を食べちゃった時に、急いで食べる!」

「そうだね。ならこれはどこになってる、カマル」

「んと……アポルの木の近く」

「そうだ」


 ハルゥが手に取る、獣人にとっては一般的な薬草や毒草、食糧になる木の実に関する質問に子供達が順番に応えていく。

 文字などよりも先に生きるための術を教えるというのが獣人にとっての教育らしく、見学してそこそこの時間が経つが、ニケはハルゥが小難しい論理や理屈を引き合いに出したり、草の名前をどこかに書くということをするのを見ていない。

 特に肉食の獣人は定住するにしても傭兵などになるにしても、こういう知識を持っているに越したことはないらしい。ニケも今まで料理に使う香草や簡単な手当てに使う薬草くらいしか知らなかったのが、一緒に話を聞いていて随分知識が深まったように思える。かつての手慰みに本を読み漁って知識を集めていた時には知りえなかったことだろう。


 そんなことを思いながら子供達の『お勉強』を見ていると、ハルゥがとある木の実を取り出して、子供達に順番にその匂いをかがせた。


「……よし、その匂いを覚えるんだよ。今から庭にいって、この木の実を取ってきな。教えあいっこはなしだよ。持ってきた順番に今日のおやつをあげるよ」

「「「おやつー!?」」」

「あま、いの!」

「あぁ、ニケに頼んで木の実の入ったやつを作ってきてもらったのさ。さ、行ってきな」


 ハルゥの声に子供達が先を争って部屋を飛び出していく。

 普段ではあまり見ないくらいはしゃいだ様子のカマルに、やはり同年代の子供と交流することはよいものだ、と改めてニケは実感した。


「さて、もうしばらくかかるだろうから先にケーキを切り分けて、空いた時間はこないだの……化粧水の感想でも聞かせてもらおうかねぇ」

「えぇ」


 子供達の先生がハルゥなら、『お勉強』の後のご褒美を作るのはニケの役目だった。

 貴族の間では流通している砂糖も、まだ市井には広く出回っているわけではない。甘いものは贅沢品という認識なのだ。

 ニケはカマルに色々と教えて貰っている代わりにハルゥにそういった品を融通していた。今日のおやつのケーキもその一環だ。


「今日のケーキはこの間もらった香草を練り込んでみたものと、子供達のものと作ってきたの」

「そりゃ助かる。うちの人もサイードも甘いもんはそこそこ、って感じだしねぇ」

「お義父様には夕食の時に食べていただこうと思ってるの」


 子供達が戻ってくるまではささやかながら女同士のおしゃべりといった感じだ。

 ハルゥと話していると幼なじみのエレオノーラと話しているように話がはずむ。ただ、内容は子供のことが多いので交流の質は少し違うかもしれないが。


「……で、今の時期なら北からの行商が都に来る頃だ、色々と珍しい食べ物とかも出回るだろうねぇ」

「そうね……また市の方を覗いてみようかしら」

「でも行商や隊商と一緒にガラの悪い奴等も流れてくる、あんまり一人で行かない方がいいだろうし、なんだったらあたしと一緒に買い物に行けばいい、うちの人も用心棒にはなるさ」


 現役の傭兵であるハルゥの夫を買い物の用心棒代わりに使う、ということにニケが思わず笑っていると、庭の方から足音が聞こえてきた。

 どうやら子供達が戻って来たらしい。


「……っ、いちばん!」

「違うよ、メェが一番だよー!」


 団子状態になってもつれ込むように部屋に入って来たカマルと三つ子の末っ子の手には、同じ木の実がある。

 二人を追うようにして他の二人も部屋に戻って来た。


「母ちゃんー、メェったらカマルが見つけたのに横取りしようとしたんだよー!」

「カマルが一番最初に見つけたんだよー!」

「あ、言っちゃダメー!」

「いち、ばん……!」

「はいはい、メェもズルはダメだねぇ。罰としておやつの順番は最後かねぇ……ほら、カマルが一番だ」

「……はーい!」

「「やーいやーい!!」」

「ムゥもモォもうるさーい!」


 賑やかな三つ子をしり目にカマルはぜぇぜぇとうずくまっている。全力で走ったらしい。

 ニケはそんなカマルに近寄ると額に浮かぶ汗を手巾で拭いてやった。


「かかさま……カマル、いちばん」

「そうね、すごいわカマル、一番なんて。お家に帰ったらどういう風に探したのか聞かせて頂戴ね」

「……ん!」


 今まで地の利というか、こういうことがあっても三つ子達に負けていただけに今回一番を取ったのが嬉しかったのだろう、カマルはふるふると尻尾を右に左に振っていた。


(ここはお義父様にもお話しして、ちょっとお祝いでもしようかしら)


 我が事のように喜んでカマルをぐりぐりと撫でまわす義父の様子が想像できて、ニケは笑いながら子供達のためにケーキを切り分けてやった。

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