第二十一話 孫への贈り物
元来ニケは、同年代に比べて大人しいだとか、引っ込み思案であるとか、そういう言葉を多く言われてきた方ではあるがそれは元来の気質というわけではない。
確かに夜泣きなどはあまりなく両親の手を煩わせることも少なかったとはいうが、今の性格に落ちついたのはひとえに片手の指を超える家族の兄弟のためである。
上に四人、下に三人。
子沢山と近所でも評判というか噂になるほどの大所帯だったニケの家では──兄弟間での争いが非常に熾烈なものだった。
ニケはその兄弟の中、唯一の女ということで可愛がられていたがその分、兄弟の仲裁に入ることも多かった。精神的に大人びたのはそのあたりの関係だ。
何故今このようなことを考えているかと言うと、久々に帰った実家の光景のためである。
「あ、兄貴それ俺の!!」
「ハッ、弱肉強食というセラピア家の家訓を忘れたのかぁ!!」
「…………もらうね」
「ゼノ、ちゃっかり漁夫の利取るなよ……」
「ごめんねニケ、相変わらずだろ、うちのロクデナシどもは」
「母様……相変わらずというより前より強烈だわ」
笑っている母にそう言って、ニケは隣で目を見開いているカマルを見た。
食事の手も止まるほど驚いている、その口元に食べ物の残りかすがついているのを手巾で拭ってやれば、カマルの目が細められる。
「ん、」
「すごいでしょう?私の兄様と弟達は」
「ん! 競争、してる?」
「そんな感じかしら……ほら、カマルも早く食べないと取られてしまうわ」
「……!!」
ニケの冗談に慌てて食事を再開したカマルに笑って、ニケは母に視線を戻した。食事を巡って争っている兄弟達はいつものことなので放っておく。
大勢の子を生んだだけあって少しぼっちゃりとした体格の母はちょうど果実の皮を器用に剥き終わったところで、切り分けた果肉をニケに寄越した。
実家にいた時は滅多に食べられなかった好物の実が、今日こうして食卓に饗されていることが自分に対する気遣いであると気付いて思わずニケの顔がほころぶ。
それに母はおかしそうに笑って、親子二人で仲良く果実を口に運んだ。
「……あんたが嫁いでからは男共が遠慮とかしなくなったからね、ここ最近はあれが『当たり前』さ。でも流石にゼノンは一番末だから要領がいい」
「そうね。しばらく見ないうちにもう私の肩くらいに頭が来ているから……」
ニケが家を出るときには胸ほどまでも身長がなかった末の弟が、今日会ってみればニケの肩を追い越そうというくらいに背が高くなっている。
いずれ追い抜かれると言うのは分かってはいるが少し悔しいというか寂しいというか。
(カマルもいつか私より大きくなるのかしら)
獣人は大柄なものが多いというから、きっとそうだろう。
隣で必死にスープを呑み込んでいるカマルをちらりと見て、そんなことを思う。
思えばニケが引き取ってからまだ三月程度しか経っていないが、少し大きくなったようにも思える。
捕まっていた時に悪環境のために叶わなかった成長がまた再開されているのだろうと義父も言っていたし、案外追い抜かれる日は遠くないのかもしれない。
「そういやあの人もその……カマルに会いたがっていたよ。新しい孫だってね」
「ルーカスとベルナ、それにバシルに加えて四人目になるのね」
「ディノスがまた連れてくるって言ってたから、日にちを会わせて子供同士遊ばせてやりな」
ニケが長兄の子供である甥姪の名前を上げると母が鷹揚に頷く。
ニケより五つほど年長の長兄は既に結婚してこの家を出ており、ほど近いところに義姉と三人の子供と共に住んでいる。甥や姪は一番年長の子がカマルとそう変わらないか少し下くらいで、後の二人はカマルよりも年下だろう。
「それにあんたから昔使ってた練習用の剣を欲しいなんて言われたから、あの人ったら張り切ってルーカスも稽古始めさせて孫達と一緒にやるんだ、なんて言ってるのさ。ルーカスも気合入ってるしね」
「そうなの……」
「今日は仕事で訓練が入ってるからね、あんた達が来るのに、って散々朝から愚痴をこぼして」
父が愚痴をこぼしては母に叱り飛ばされて渋々仕事に向かうのが容易に想像出来て、ニケは笑った。
横からくい、と袖を引かれる感触に横を見れば食事を終えたカマルがニケを見上げている。何だろうかと思っていると。
「カマル、負けない。今日からじーじとぶんぶんする……!!」
会話を聞いていたらしいカマルがまだ見ぬルーカスに対抗心を燃やしていた。
心なしか普段は垂れている尻尾も逆立っているような。
そんなカマルの様子に笑って、ニケは頼んでいた練習用の剣を母から受け取った。
考えてから 実際こうしてカマルに子供用の練習剣を渡すまでに間が空いてしまったが、これでカマルにも練習させてやれる。
「ありがとう母様……あら?」
確認のために包みをほどいたニケは、使い古されたもののほかに真新しい練習剣まで入っていることに驚いて顔を上げた。
母がおかしそうに笑う。
「あの人がルーカスとカマルに一本ずつ、ってね。いいもんじゃないけど孫へのプレゼントだって酒の量減らして買ったやつだよ」
「父様ったら……」
「あのまま酒の量も減らしてくれたら文句ないのに、買っちまったらまたバカ飲みに逆戻りさ、まったく」
「今度お礼を言わなくちゃね、カマル」
「……ぶんぶん!ん、じーちゃにお礼!」
尻尾を大きく左右に振っているカマルに、ニケと母は顔を見合わせて笑った。
家に帰った二人が、留守の間に知り合いのところで買ってきたらしい子供用の練習剣を手にした義父に沈黙でもって出迎えられるのはまた別の話だった。