第十三話 充実した日々
義父の案内でハルゥを訪れ、様々なことを教えて持ってからニケは精力的にカマルの世話に務めていた。
カマルの食事の材料を揃えるために五日に一度は獣人が多く住む地区で食材を買い入れ、時にはその足でハルゥを訪れたりもする。おかげで薬草の知識なども増えて得をした気分だった。
「かかさま」
くい、と服の裾を引かれる感覚にニケが下を見れば案の定カマルがニケを見上げていた。
視線を合わせるためにしゃがみこめば、それだけで嬉しそうにカマルが顔を綻ばせる。
汚れて臭っていた身なりもしっかりと汚れを落とし、定期的に湯を使うようになってからは抱きしめれば太陽の匂いがするようになった。もさもさと茂っていた毛もハルゥに教えてもらった床屋に連れて行けばさっぱりとして、耳や尻尾以外は人間の子供とそう変わらない。
ハルゥが言っていた通り食事の量も今ではニケよりも多い。それと一緒に口数も多くなって、今では少し引っ込み思案な子供、といったくらいだった。
引っ込み思案という言葉も、徐々にそぐわなくなっていきているが。
「どうしたの、カマル」
「じーじ、とっても力持ち!」
「お祖父様だもの」
「カマルも力持ち、なれる?」
「いっぱい食べて眠って走ったら、きっとね」
「ん!」
ニケの言葉に大きく頷くとカマルはまたとてとてと庭に面した窓の方に急ぐ。
東の工芸品だという籐を編んだ揺り椅子に座る義父の膝によじ登って、時折義父に椅子ごと揺らしてあやされご機嫌といった様子にニケも笑って昼食の片づけを終えた。
テーブルを拭こうとすれば先日注文して仕上がったばかりのカマルのための子供用の椅子が目に入り、幸せな気持ちになる。
(こうして、一つ一つ増えていくのかしら)
明後日にはカマルのために仕立てていた服がいくつか仕上がる期日だろうし、ハルゥが勧めてくれた毛を梳くためのブラシも取りに行かないといけない。義父のためにこっそりと注文した綿で仕立てた衣服はいつ頃出来上がるだろう。それに明日はまたハルゥの店を訪れる約束をしている。
最近肌の手入れをするのに自分で薬やなにやらを調合しているというハルゥにそれを教えてもらう約束をしているのだ。薬草や香草から作ればそう匂いもきつくはなく、義父やカマルが嫌がるような匂いではないだろう、というハルゥのお墨付きのものだ。
本当は自分で薬草や香草を育てて作るというのもやってみたかったが、流石にこの屋敷の庭にそういう畑のようなものを作ってしまうのは使用人に苦言を呈されてしまうだろう。カマルの口に入る野菜も買いに行くのはなかなか大変なので、出来ることなら作ってみたかったのだが仕方がない。
それに名目をつけて屋敷の外に出るのはニケにとっても気晴らしになっていた。
思えば結婚してから外に出る機会がぐんと減り、日がな一日屋敷に閉じこもって過ごすことが大半になっていた。
それが結婚前のように出歩けるというのは意外なほど楽しい。
この家ではあまり感心されないような下町と呼ばれるような地区に足を踏み入れるのは懐かしいものだったし、自分で物を見て買い物をするのも久しぶりだった。
それを薄々感じ取っていたのか義父もニケが外を出歩くのを勧めるほどだった。
詳しく聞けば、自分の世話でニケが自分にかかりっきりになることを心苦しく思っていたらしい。重病人でも怪我人でもないのだから、と。
そう言われてニケは義父がまだまだ健康で、きっと義父自身もやりたいことをニケを気遣って口に出さなかったのかもしれないと思うようになった。義父はものの分からない赤ん坊ではないし、療養中だとは思えないほどしっかりしている。
そうすると心の余裕も生まれて、ニケはいささか義父に過保護すぎた自分を反省して義父がちょっとした運動や家事をするのを止めないことにした。案外それは効果があったようで、義父も楽しそうにカマルの面倒を見たりたまに練習用の軽い剣を出してきては素振りをしたりしている。
素振りをしている義父をカマルがきらきらとして見つめているのを見ると、つい義父の武勇伝に憧れていた小さい頃の自分を思い出して笑ってしまうのが最近のニケの秘密だった。
(ひょっとしたら、そのうち自分もしてみたい、なんて言い出すんでしょうか)
なら今度実家の母か父に手紙を書いて、昔兄達がどうしていたかを教えてもらわないといけない。
こんな手間さえ楽しく思えた自分がおかしくて、ニケはテーブルを拭く手に力を込めた。
「じーじ、カマルもぶんぶん」
「ぶんぶん……あぁ、素振りか」
「ん、ぶんぶんする」
────手紙はこの後すぐに書いた方がよさそうだ。