第十一話 子煩悩な娘
ついつい矢継ぎ早に質問しそうになるのを押さえながらニケがハルゥに聞きたかったことをあらかた聞き終えた頃には、すっかり淹れてもらった茶も冷めてしまっていた。
横に座るカマルもついでにと出された肉を詰めたパイを平らげて満腹になったのか、うとうとと舟を漕ぎそうになっている。
「ほんとあんたもサイードも変わってるねぇ。養子にするのはともかくまるっきり自分の子供と同じ扱いするなんて」
呆れたようなハルゥの声にニケは首を傾げた。
「養子に迎えるのだから当然でしょう?養子と実子を隔てる方もいるとは聞いていますが、そういうことをするつもりは……カマルは私の子です」
「へぇ……あんた、子供はまだ産んでないね、骨盤見れば分かる」
「えぇ」
「言っとくけどね、この年の獣人の子供を育てるのは大変だ。人間と一緒に考えるんじゃないよ。いくらあんたが頑張ったって、体のつくりからして違う。その子は毛玉みたいなナリでもその年の倍くらいの人間の子供なみの力や体力がある。それを人間のあんたが世話しようなんて、とてもじゃないけど今みたいなお綺麗な格好が出来るとは思わないことだねぇ」
どこか厳しいハルゥの言葉にニケはぐっと背筋を伸ばした。
綺麗な格好にもそれほど興味はない。子供をたくさん抱えた母親が自分の身なりを構っていられなくなるのは育った環境で分かっている。
「覚悟してます」
「ふぅん。……ま、あんた、家事はしてるみたいだね。サイードのとこの嫁っていうから使用人任せだと思ってたけど指が荒れてる」
「お義父様の世話は私がしていますので」
「まぁあんなトコだしねぇ。まぁ今からちょうど昼の用意をするんだ、獣人の料理を教えてあげてもいいけどどうする?」
くすりと笑いながらハルゥが頬杖をつく。
ニケはすぐさま頷いた。さっきまでカマルが出されたパイを嬉しそうに食べていたのを見ていたのだから、作ってやりたいという気持ちが溢れている。
だから躊躇いなくニケは頭を下げた。
「お願いします」
料理をするのではこんな格好では出来ないとニケはハルゥに服を借りてそれに着替えた。
夜会に行くような一人では到底着つけられないようなドレスを着てこなかったのは幸いだった。
躊躇なく少し汚れた綿の服に袖を通したニケを面白いものでも見るかのようにハルゥが目を細める。猫の獣人だという彼女にその仕草はとてもよく似合っていた。
「カマルだっけ?あの子も肉食の獣人だからね、大概の肉は大丈夫さ。ただ骨つきの鶏肉や魚はダメ。多分あの子は犬系の獣人だからね。葡萄もだ。さっき言った通り香草の一部も食えないよ。薬味も避けな。卵の白身も生は無理だ。貝や海老、真水に住む魚やイカも無理。青い魚は食べすぎてはいけない。何か心配なら食わせる前に聞きに来なよ」
ぽんぽんと言われる言葉を頭に止める。
意外に獣人、カマルの食べられないものは多かった。
ハルゥに教えられた中には生で食べてはいけないものや健康状態によっては取らない方がいいものなど、その種類は多岐にわたる。ハルゥ曰く獣人がやっている店で買った食材ならほぼ安全だ、というが屋敷近くには貴族の屋敷ばかりでそういった店が一切ないのも困ったものだった。
そんな間にもハルゥやニケの手は動き、簡単な昼食があらかた出来上がった。
ただし、その量はとてつもなく多い。
それでもまだ竈で焼いている大皿があるのだから、その量は食べきれるのかとニケが不安になるほどだ。
「獣人は人の二倍や三倍は普通に平らげる。カマルは今まであんまり食べてこなかったみたいだけど慣れればそれくらいは普通に食うさ」
驚いているニケにこれでもあたしとうちの人とサイードとあんたとカマルの分だけさ、子供の分は作ってないよ、と何でもないことのように言ったハルゥを手伝ってニケは料理をテーブルに運んだ。
匂いにつられたのかぱっちりと目を開けたカマルがニケの足元に駆け寄ってくる。
それに笑ってニケはそっと体をかがめた。
「カマル、食事のときに走っては駄目よ、埃が立つから。次からは気を付けましょうね」
「ん!ごはん?」
「そうよ」
「にく?」
「えぇ、あるわ」
「にく!」
「……さて、焼き上がるまでにまだ時間はあるからね、先にカマルを風呂に入れちまうかねぇ、こっちへおいで」
手招きするハルゥにニケは慌ててカマルを抱き上げる。
風呂という単語に顔をしかめているカマルを宥めながら後をついていくと、風呂場らしきところでハルゥが大きなたらいを出していた。
「あんまり汚れがひおいからね、先にこっちでやっちまおう。毛も少しは切らないと虫がわく」
「うー…」
「カマル、大丈夫だから」
「あぁそうだ、獣人にはね、普通の石鹸じゃなくて専用のがあるんだ。あとで一つ二つあげるけど、次からは買いな。うちに来ればサイードのとこだし安くしてあげるよ」
たらいに湯を張りながらそう言うハルゥにニケは首を傾げた。
「薬屋なのに石鹸も?」
「石鹸だけじゃなくて色々作ってるよ」
「匂いのない私が使っても大丈夫な石鹸はあるかしら、カマルがそういうのを嫌がって、」
「まぁあるよ、それにしても香りつきの石鹸でも嫌がるなんて大概鼻が効くもんだねぇ……こんなもんだろ、おいでカマル」
ちょうどいい温度になったらしいたらいに、服をそっと脱がせてカマルを抱きいれる。
不服そうながらも温度はちょうどいいのか嫌がるそぶりはない。
――――ニケの戦いはここからだった。