表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/94

お疲れさまの晩ごはん


 清音寺駅での二日目の仕事を終えたころには、四人ともすっかりくたくたになっていた。


 夏の夕方の空気はまだあたたかくて、海の近くの風が少しだけ肌に張りつく。


「……つかれたぁ」


 マリーが、駅から清音寺へ向かう道の途中で、ついに声をもらした。


「今日は昨日より動いた気がする……」


「それは、たぶん気のせいではありませんわね……」


 アリスまで、少しだけ足どりが重い。


 うさぎも小さく息をついた。


「昨日より慣れたぶん、逆にやること見えちゃったのかも」


「それはあるかもしれません」


 しおんが静かにうなずく。


「気づけることが増えると、そのぶん疲れ方も変わりますから」


「うぅ……しおんちゃんの言うこと、すごく正しい……」


 うさぎはそう言いながらも、頭の片隅では別のことを考えていた。


 ――みこちゃん、きっと待ってるよね。


 朝はあんなに元気だった。

 今日は清音寺のお掃除を頑張るって言っていたけど、きっと夜になったら、

「海行こう!」

とか、

「花火しよう!」

とか、

「肝試しも!」

とか、

言い出しそうな気がする。


 でも正直なところ、今の体力では海まで行くのは無理だった。

 花火だって、元気が残っているかどうか怪しい。


「みこちゃん、怒るかなあ」


 うさぎがぽつりと言うと、マリーが笑った。


「怒りはしないでしょ」


「でも、しょんぼりはしそう」


「それは少しわかりますわ」


 アリスがうなずく。


「みこちゃん、今日ずっと楽しみにしておりましたもの」


 うさぎは、清音寺の門が見えてきたところで、小さく息をついた。


「……どう言おうかな」


 そんなことを考えながら離れの戸を開けると。


「みんな、お疲れさま!」


 ぱっと明るい声が飛んできた。


 顔を上げると、みこがにこにこと立っていた。


 その後ろには、低い机。

 その上には、湯気の立つお味噌汁と、皿に並べられた卵焼き、それから小さなおにぎりがいくつも並んでいる。


 一瞬、四人とも止まった。


「……え?」


 うさぎが、最初に声を出した。


「ごはん、作っておいたよ!」


 みこが得意そうに胸を張る。


「みんな疲れてると思って!」


 マリーが目を丸くする。


「えっ、これ、みこちゃんが?」


「はいです!」


「すごい……」


 うさぎは、思わず机に近づいた。


 おにぎりは、ひとつひとつ大きさが少しずつ違う。

 三角というより、ちょっと丸っこいのもある。

 卵焼きも、よく見ると端っこのほうが少しだけ焦げていた。


 でも、すごくあたたかい。


 作ってくれたんだ、と思った。


「お味噌汁もあります!」


 みこが蓋を取ると、湯気と一緒にやさしい匂いが広がった。


「……なんか、急に元気出てきた」


 マリーが本気でそう言って、みんなが少しだけ笑う。


「では、冷めないうちにいただきましょう」


 しおんが静かに言った。


 みんなが机を囲んで座る。


「いただきます」


 四人の声が重なって、みこはうれしそうに「どうぞ!」と言った。


 うさぎは、いちばん近くのおにぎりを手に取った。

 少しだけ形はいびつで、握り加減もやわらかめだ。


 でもひと口食べた瞬間、思わず顔がほころんだ。


「……おいしい」


「ほんと?」


 みこが身を乗り出す。


「うん」


 うさぎは素直にうなずいた。


「すごくおいしい」


「やったぁ……」


 みこは安心したように笑った。


 マリーも卵焼きを食べて、すぐに目を輝かせる。


「これ、めっちゃおいしい」


「ほんとですか?」


「ちょっとだけ焦げてるけど、それが逆にいい感じ」


「逆にいい感じ……!」


 みこはなぜかうれしそうに繰り返した。


 アリスも、お味噌汁をひと口飲んで、ほっとしたように息をつく。


「……あたたかいですわ」


 それは温度のことだけじゃないように聞こえた。


「とてもおいしいです」


「ありがとうございます!」


 しおんは静かに箸を置いてから、みこを見た。


「きちんと考えて作られたのが伝わってきます」


「えへへ……」


 みこは照れくさそうに頬をかく。


「おにぎり、ちょっと変な形になっちゃったけど」


「そこがみこちゃんっぽくていいよ」


 うさぎが言うと、みこはますますうれしそうに笑った。


 疲れた体に、あたたかいごはんがしみていく。


 今日一日の緊張が、少しずつほどけていくみたいだった。




 ごはんを食べ終わるころには、さっきまでの疲れが少しやわらいでいた。


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした!」


 みこも元気よく頭を下げる。


 うさぎは、ふと気づいてみこを見た。


 てっきりこのあと、

「海行こう!」

とか、

「お散歩しよう!」

とか、

言うものだと思っていた。


 でも、みこは言わなかった。


 食器を片づけながら、にこにこはしている。

 でもそれ以上、何かをねだるようなことはしない。


「みこちゃん」


「はいです?」


「……今日、清音寺のお仕事どうだった?」


 うさぎが聞くと、みこはぱっと顔を上げた。


「がんばりました!」

「廊下もはいたし、お庭も少しきれいにしたし、住職さんにも“助かったよ”って言ってもらえました!」


「そっか」


「はいです!」


 元気いっぱいに答える。


 でも、そのあともやっぱり

「海行こう」

とは言わない。


 うさぎはなんとなく、みこがそうしている理由がわかった気がした。


 きっと、みこちゃんはみこちゃんで気をつかっているのだ。

 今日はみんな疲れてる。

 明日もお仕事。

 だから、自分が行きたいからってわがままを言わない。


 それがわかってしまうと、なんだか胸があたたかくなる。


 アリスも同じことに気づいたらしく、しおんのほうをちらりと見た。

 しおんも静かに、みこを見ていた。


「ねえ」


 うさぎが口を開く。


 みこが「はい?」と振り返る。


「みこちゃんも来てくれたんだから」


「うん?」


「この離れの前で花火ぐらいは……いいよね」


 一瞬、みこの目がまるくなる。


「花火?」


「うん」


 うさぎは少しだけ笑った。


「海まで行く元気はないけど、手持ち花火くらいなら」

「……だめ?」


 みこの顔が、ぱっと明るくなる。


「いいの!?」


「わたくし、それがよろしいと思いますわ」


 アリスがすぐに乗った。


「離れの前なら、歩かなくてすみますもの」


「花火なら座っててもできるしね」


 マリーも笑う。


 しおんは少し考えてから、静かにうなずいた。


「住職に確認は必要ですが、手持ち花火程度なら問題ないかと」


「やったー!」


 みこが思わず飛び上がる。


「花火です!」


「急に元気になったね」


 うさぎが笑うと、みこはまっすぐに言った。


「だって、うれしいです!」


 その顔があまりにも素直で、四人ともつられて笑ってしまった。




 その夜、離れの前の少し開けた場所で、みんなで手持ち花火をした。


 ぱちぱちと、小さな光が暗がりの中に咲く。


 大きな花火じゃない。

 にぎやかな祭りでもない。

 でも、今日の五人には、それくらいがちょうどよかった。


「きれいです……」


 アリスが、火花を見つめながらつぶやく。


「うん」


 うさぎも小さくうなずいた。


 みこは、きらきらする花火を持ちながら、もうすっかりいつもの笑顔だった。


「明日もがんばれそうです!」


「それはよかった」


 しおんがやわらかく言う。


 マリーは、光の先を見ながら笑った。


「なんかさ」

「海とか肝試しとかじゃなくても、こういうので十分かもね」


「マリーちゃんがそんなこと言うなんて」


 うさぎが少し驚くと、マリーは肩をすくめた。


「たまにはね」


 夏の夜の空気は、昼よりずっとやさしい。


 みこが作ってくれた晩ごはんと、みんなで囲む小さな花火。


 派手ではないけれど、それはたしかに、この五人だけの特別な夏の夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ