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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
お嬢様も、いつもの駅で

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39/44

扉の向こうから


 しばらくして、しおんは何事もなかったような顔で戻ってきた。


 呼吸も乱れていない。

 表情も、いつも通り。


 ほんの少し前に、明らかに急いで立ち去った人と同じとは思えないくらい、きれいに整っている。


 けれど――駅事務所の前まで来たところで、しおんは足を止めた。


「……」


 いない。


 マリーも。

 みこも。

 アリスも。


 さっきまであれだけ騒がしかった三人の姿が、きれいに消えていた。


 しおんはすぐに構内を見回した。


 改札の近く。

 待合のあたり。

 ホームへ向かう通路。


 どこにもいない。


「アリス様……?」


 小さく呼んでみても、返事はない。


 しおんはほんの少しだけ眉を寄せた。


 そのまま、もう一度探す。


 今度は少し足早に。

 売店の前。

 ベンチの近く。

 駅の隅。


 それでも、見つからない。

 胸の奥が、いやな感じにざわついた。


 そこでようやく、しおんは駅事務所へ向かった。

 ちょうどその時、うさぎが中から出てくるところだった。


「あれ、しおんちゃん? 戻ってきたの」

「はい」


 しおんは一礼して、それから、いつもより少しだけ硬い声で言った。


「アリス様たちを見ておられませんか」

「アリスちゃんたち?」


 うさぎは首をかしげる。


「さっきまでこの事務所にいたと思うけど……え、いないの?」

「見当たりません」

「ほんとに?」


 うさぎも中をのぞく。


 やっぱりいない。


「三人そろって?」

「はい」


 しおんは、ほんの少しだけ間を置いた。


「……そういえば、探検隊と言っておりました」

「やっぱり」


 うさぎは額に手を当てた。


「ほんとに行ったのかな……」


 二人はいろいろ探してみた。


 改札の近く。

 ベンチのまわり。

 窓際。

 ホームへ続く通路。


 けれど、やっぱり見つからない。


 その時だった。


「ん?」


 うさぎが駅事務所のテーブルの上に、小さな紙切れを見つけた。


「なにこれ」


 拾い上げる。


 そこには、妙に楽しそうな字でこう書かれていた。


ぼうけんメモ

スマホ、ペン、おやつ


 うさぎはしばらくその紙を見つめた。


 それから、ゆっくり顔を上げる。


「……これ、絶対そういうことよね」

「はい」

「行く気満々じゃない」


 しおんが静かに目を伏せた。


「止めたのですが」

「だよね……」


 うさぎはため息をついた。


「でも、どこに行ったんだろう」


 紙切れを裏返してみても、続きはない。

 行き先も書いていない。


「スマホ、ペン、おやつって……」

「準備だけはしていたようです」

「準備の方向がおかしいのよ」


 うさぎはもう一度、あたりを見回した。


 一方、そのころ。


「だいじょうぶだよ」


 マリーはいつもの調子で言っていた。


「今度は地図も書きながら来たから、迷わないって」


 手には、小さなメモ。


 そこには途中途中で描いたらしい、かなりざっくりした地図がある。


 みこがその横で、ちょっとだけ不安そうに通路を見回す。


「そう言って、前も迷ってたよね」

「今回はだいじょうぶ」

「マリちゃん、ホント?」

「だいじょうぶだってば」


 アリスは二人の少し後ろを歩いていた。


 物置の中から始まった地下通路は、思っていたより広い。


 じめじめしているわけではないし、怖い感じもしない。

 ただ、妙に静かで、同じような壁がずっと続いている。


「でも、不思議ね」


 アリスが言う。


「ただの物置の中に、こんなものがあるなんて」

「でしょ?」

「ちょっと秘密基地っぽいです!」

「それはわかるわ」


 アリスも、そこは素直にうなずいた。


 そして、しらたまはみこの腕の中でずっとおとなしかった。


「しらたま隊員も、静かに探検してます」

「隊員ってより、いちばん落ち着いてるよね」

「たしかに」


 アリスが少しだけ笑う。


 やがて三人は、見覚えのある場所まで戻ってきた。


「あっ」


 みこが声を上げる。


「出口だ、戻ってきた」

「ちゃんと帰ってこれたじゃない」


 アリスも、少しだけ誇らしそうに言う。


 出口の扉は、すぐ目の前だった。


「ほらね、迷わなかったでしょ」


 マリーが得意げに扉へ手をかける。


「じゃあ帰ろっか――」


 ぐっ。


「……あれ?」


 扉が開かない。


 いや、少しだけ開く。

 でも、本当に少しだけだ。


「ん?」


 マリーがもう一度引く。


 ぎい、と隙間が開いて、また止まる。


「なにこれ」

「開かないんですか?」

「ちょっと待ってね」


 マリーが体重をかけて引っ張る。

 でも、やっぱり少ししか開かない。


 アリスが眉をひそめた。


「どういうこと?」

「うーん……」


 扉の隙間から外をのぞこうとしても、よく見えない。


 みこが小さく言う。


「もしかして、何か引っかかってるんでしょうか」

「ありそう」


 マリーが答える。


「この前、駅でミニライブした時の舞台、ここにパイプを片付けてたでしょ」

「立てかけてたパイプが倒れたのかも」


 アリスが扉の隙間を見つめる。


「じゃあ、押せばいいんじゃない?」

「外側に倒れてたら無理だよ」

「そういうものなの?」

「そういうもの」


 一瞬、沈黙。


 でも、怖くはなかった。


 出口の扉の前まで戻ってきている。

 ただ、出られないだけだ。


「……困ったわね」

「困ったね」

「困りました」


 その時、マリーがぱっと顔を上げた。


「でも大丈夫」

「なにかあるの?」

「こんな時もあろうかと――」


 得意げに取り出したのはスマホだった。


「マリーちゃん!」

「さすがです!」

「でしょう」


 マリーは自慢げに画面を見た。


 そして次の瞬間、固まった。


「……あ」


「なに」

「どうしたんですか」

「充電切れてた」

「ええっ!?」


 みこが声を上げる。


 アリスも、あきれた顔になる。


「こんな時もあろうかと、じゃないでしょう」

「いや、昨日の夜まではあったんだけど」

「それを切れたと言うのよ」


 マリーは少しだけしゅんとした。


「ごめん」

「隊長」

「はい」

「しっかりしてください」

「みこちゃんまで……」


 その時だった。


 しらたまが、みこの腕の中からするりと抜けた。


「あっ、しらたま?」

「どこ行くの?」


 しらたまは迷うことなく、扉の少し開いた隙間へ向かう。


 そして、するり。


 本当にぎりぎりの隙間を抜けて、外へ出ていってしまった。


「えっ」

「しらたま隊員!?」

「出たわ」


 三人がそろって扉の隙間に顔を寄せる。


 でも、もう白い姿は見えなかった。


 そのしらたまが、物置のあたりから出てくるのをうさぎが見つけた。


「あっ」


「しらたま?」


 白い猫は、何事もなかったような顔で二人の前を通り過ぎていった。


 しおんの表情が、わずかに変わる。


 うさぎはすぐに物置のほうを見る。


「……もしかして」

「はい」


 しおんも、今度は迷わずうなずいた。


「物置の地下通路かもしれません」


 二人は急いで物置へ向かう。


 物置の中に入った、その瞬間だった。


「うさ姉さま~!」


 みこの声が、すぐ目の前から飛んできた。


「みこちゃん!」


 うさぎが駆け寄る。


 出口の扉は少しだけ開いていて、その隙間から中の三人の姿が見えていた。


「うさ姉さま! ここです!」

「見えてるわよ。みんな無事?」

「無事です! でも出られません!」


 扉の向こうでは、マリーが苦笑いしていた。


「いやー、ちょっとだけ困ったことになってて」

「ちょっとじゃないでしょ」


 アリスも扉のそばまで来ている。


「外側に何か引っかかっているみたいなの」

「やっぱりそうか……」


 うさぎが扉の外側を見ると、立てかけてあったパイプが何本か倒れて、扉の前に引っかかっていた。


「これね」

「どかします」


 しおんがすぐに言う。


 二人で倒れたパイプを持ち上げて、少しずつずらしていく。


 がしゃ、がしゃ、と音がするたびに、扉の隙間が少しずつ広がっていった。


「うわっ」

「マリーちゃん、頭!」

「だいじょうぶだって!」


「静かにしてください」


 しおんがぴしゃりと言うと、向こうは少しだけ静かになった。


 最後の一本をどかした時。


 うさぎが扉を引く。


 今度は、さっきまでとは違って素直に開いた。


「開いた!」


 まず最初に飛び出してきたのはみこだった。


「うさ姉さま~!」

「無事でよかった……!」


 次にマリー。


「いやー、ちょっと焦ったね」

「ちょっとで済ませないで」


 最後にアリスが出てくる。


 少しだけ髪が乱れていたけれど、ちゃんと胸は張っていた。


「……助かったわ」

「そうでしょうね」


 しおんが静かに言う。


 でも、その声には、いつものぴしゃりとした感じより、少しだけ安堵が混じっていた。


 アリスはそれに気づいたのか、小さくしおんを見る。


「なによ」

「いえ」

「何か言いたいなら言いなさい」

「後ほど申し上げます」

「いま言いなさいよ」


 そのやり取りに、うさぎはようやく小さく息をついた。


「とにかく、三人とも無事でよかった」


 少し離れたところでは、しらたまが静かに座ってこちらを見ていた。


 まるで最初から全部わかっていたみたいな顔で。

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