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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
お嬢様も、いつもの駅で

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しらたまも隊員です


「行っちゃだめです」


 しおんの静かな声が、ぴしゃりとその場を閉じた。


 三人は何も言い返さなかった。

 アリスは少しだけ頬をふくらませ、マリーとみこも不満そうな顔で物置のほうを見ている。

 その重たい空気を破ったのは、改札の向こうから近づいてくる、小さな白い影だった。


 てちてちと、静かに歩いてくる。


「あっ」


 最初に気づいたのはみこだった。


「しらたま!」


 ぱっと顔を明るくして駆け寄る。


 白い猫――しらたまは、何事もないような顔で駅の中へ入ってきていた。


 みこちゃんの家、追兎天神は駅のすぐ前にある。

 だから、しらたまがふらりと駅まで来ることはよくある。


「しらたま、また来ちゃったの!?」


 みこが抱き上げると、しらたまはおとなしく腕の中に収まった。


「しらたま、いまね、探検隊のお話してたんだよ」


 みこがすっかり上機嫌で話しかける。

 マリーもすぐに乗った。


「あっ、いいじゃん」

「なに?」

「しらたまも隊員にしようよ」


 にやっと笑って、マリーが言う。


「幸運のネコって感じするし」

「たしかに……!」


 みこの目がきらっとする。


「しらたまも隊員です!」

「探検隊にネコまで入るの?」

「入るのです!」


 アリスも少しだけ身を乗り出した。


「この子がしらたま?」

「はい! わたしが飼っている追兎天神のネコです!」

「ふうん……」


 アリスはしらたまをじっと見る。


 白くて、丸くて、妙に落ち着いている。

 いかにもただの猫ではなさそうな、不思議な空気があった。


「たしかに、ちょっと特別そうね」

「でしょ?」


 マリーが得意そうに言う。


「探検隊にぴったり」

「幸運のネコです!」


 みこが嬉しそうに、しらたまの前足をそっと持ち上げる。


 その少し後ろで。

 しおんは、ぴたりと固まっていた。


 何も言わない。

 でも、目線だけがしらたまから離れない。


 姿勢はきれいなまま。

 表情もいつも通り。

 それなのに、肩がほんの少しだけ固くなっている。


「……しおん?」


 アリスが振り向く。

 しおんはすぐに返事をした。


「はい」

「さっきからちょっと変よ」

「変ではありません」


 その答えは落ち着いていた。

 けれど、しらたまのほうを見る目は、明らかにいつもと違っていた。


「しらたまも一緒なら、もっと強い探検隊になるよね!」

「幸運担当だね」

「いま作った役職でしょう、それ」

「いいのいいの。似合うから」


 マリーとみこが盛り上がる。


 アリスも少しだけ笑った。


「ネコが隊員、悪くないわね」


 しおんだけが笑っていなかった。


 近づこうともせず、でも露骨に離れもしない。

 ただ少しだけ遠い場所に立ったまま、静かに緊張している。


「しおん、来ないの?」

「ここで十分です」

「何が?」

「……いえ」


 その返事の間にも、みこはしらたまを抱いたままごきげんだ。


「しらたま、今日から隊員だよ」

「隊員って、ちゃんとわかるのかしら」

「きっとわかります!」

「でもしらたまだし」

「それで通るんだ……」


 アリスは少し感心したように言う。


 その時だった。


 しらたまが、するりとみこの腕の中から抜け出した。


「あっ、しらたま?」

「どこ行くの?」


 床に降りたしらたまは、そのまま静かに歩き出す。


 向かった先にいたのは――しおんだった。


 しおんのまつげが、ぴくっと震える。


「……」


 空気が変わった。


「しおん?」


 アリスがもう一度呼ぶ。


「どうしたの」

「問題ありません」

「そうは見えないけど」

「問題ありません」


 二回言った。


 その声は静かだったけれど、少しだけ硬い。


 しらたまは、てちてちと進む。

 いつも通りの、ゆっくりした足取りで。


 しおんはその場に立ったままだった。

 でも、指先がほんの少し強ばっている。


 マリーが小声でつぶやいた。


「しおんちゃん、もしかして……」

「ちがいます」


 即答だった。


「早いなあ」

「ちがいます」


 また言った。


 みこがしおんを見て、ぱちぱちと瞬きをする。

 アリスもじっと見ている。

 しおんはその視線から少しだけ目を逸らした。


 とうとう、しらたまはしおんの足元まで来た。

 そしてちょこん、と座る。


 その瞬間。


 しおんはふっと目を伏せ、それから静かに言った。


「……ちょっと急用を思い出したので、失礼します」

「えっ」

「いま!?」


 マリーが思わず声を上げる。


 アリスも目を丸くした。


「急用?」

「はい。急ぎますので」


 しおんはその場で一礼した。


「申し訳ありません、アリス様」

「しおん、待ちなさい」

「失礼いたします」


 声はいつも通り丁寧だった。

 でも、足取りは明らかに速い。


 しおんはそのまま、駅の奥へ消えていった。


 一瞬、三人がぽかんとする。


 しおんの足元に座ったしらたまだけが残された。


 そして、その時だけ。


「にゃ」


 小さな、小さな声だった。


 みこがぱっと顔を上げる。


「いま鳴いた!」

「ほんとだ」

「どういう意味かしら」

「隊員になるってことじゃない?」


 マリーが言う。


「都合よく解釈したわね」

「でもタイミング的に、そうとしか思えないでしょ」

「たしかに……!」


 みこはすっかりその気になる。


「しらたま隊員も行くって言ってます!」

「そうね」


 アリスがすぐにうなずいた。


「しおんもいないし、今なら行けるわ」

「おっ」

「たしかに!」


 三人の視線が、そろって窓の外の物置へ向く。


 さっきまで、しおんにきっちり止められていた探検隊。

 でも、その門番はいまここにいない。


 みこがしらたまを抱き上げる。


「しらたま隊員、出発です!」


 しらたまはおとなしく抱かれたまま、何も言わない。

 でも、みこはそれで十分らしかった。


「よし、行こう」

「ええ」

「はい!」


 三人と一匹は、そろって物置のほうへ向かった。


 その先にある地下通路は、今日も静かに待っている。

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