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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
とどける歌声

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はじまりの駅ライブ

挿絵(By みてみん)


 手作りのステージは、駅ロビーの真ん中に静かに置かれていた。


 赤い布がかけられた小さな台。

 照明は、駅の天井灯だけ。

 特別なライトもない。

 幕もない。

 派手な飾りもない。


 でも――


 そこはたしかに、三人の舞台だった。


 ライブ開始まで、あと少し。


 三人はステージの裏に立っていた。

 表から見れば、ほんの少し身を隠しただけの場所だ。

 でも今の三人には、そこが最後の避難場所みたいに思えた。


 マリーは手を握って開いてを繰り返している。

 みこは何度もつま先をそろえ直していた。

 そして、うさぎは小さく息を吐いた。


「ねぇ……」


 その声は、思ったよりずっと弱かった。


 マリーとみこが振り向く。


 うさぎは少しだけ視線を落として言う。


「もし誰も来てくれなかったら、どうしよう」


 マリーは一瞬きょとんとした。


 でも次の瞬間には、いつもの調子で笑った。


「いいじゃん!」


 明るく言い切る。


「誰もいなくても、アタシたちはやるんだよ」


 その言葉は、あまりにも迷いがなかった。


 みこもすぐに頷く。


「うん!」


 でも、うさぎの不安はまだ消えない。


「でも……」


 小さく続ける。


「告知とか、してないよね」


 みこがぱっと手を挙げた。


「駅の掲示板に案内貼ったよ」


 うさぎが少し驚く。


「え、ほんと?」


「うん!」


 みこは得意げだった。


「小さい字でだけど、ちゃんと“本日ミニライブあります”って書いたの!」


「それはもっと早く言ってよ……」


 うさぎは小さく肩の力を抜く。

 少しだけ安心する。


 けれど、その安心は長く続かなかった。

 また別の心配が浮かんでしまったのだ。


 うさぎは少し考えてから、ぽつりと言った。


「でもね……」


 マリーとみこが待つ。


「駅に来るお客さんって、電車に乗るために来てるんだよね」


「まあ、そうかな」


 マリーが答える。


 うさぎは視線を落としたまま続ける。


「だったら……」


 少し間。


「電車の時間になったら、みんないなくなるよね」


 沈黙。


 みこが、はっとした顔になる。


「あっ!」


 マリーも同じ顔になった。


「それは考えてなかったよ」


 三人同時に固まる。


 少しの沈黙。


 遠くで、発車メロディが静かに鳴っていた。

 その音が、妙に現実的に聞こえる。


 駅はライブ会場じゃない。

 駅は駅だ。

 人が来るのは、音楽を聴くためじゃなくて、電車に乗るため。


 それは、うさぎがいちばんよく知っていることだった。


 だからこそ、不安になる。


 もし途中でみんな行ってしまったら。

 もし誰も立ち止まらなかったら。

 もし最初から最後まで、自分たちだけだったら。


 胸の奥が、きゅっと細くなる。


 その時だった。


 マリーがふっと顔を上げた。


 それから、にやっと笑う。


「でもね、うさちゃん」


 胸を張る。


「お客さんが、電車に乗ることも忘れるくらいに」


 指を一本立てる。


「アタシたちが盛り上げればいいんだよ」


 みこの顔が、ぱっと明るくなる。


「マリちゃん、それだよ!」


 両手を叩く。


「頭イイー!」


 マリーが得意げに笑う。


「でしょ」


 うさぎは少しだけ呆れた顔をした。


「もう二人とも、お気楽なんだから……」


 でも。


 その言葉の最後には、ほんの少しだけ笑いが混ざっていた。


 お気楽。


 たしかにそうだ。


 でも、そのお気楽さに何度も救われてきたことも、うさぎは知っている。


 不安を真正面から見つめすぎると、足が止まる。


 でもマリーちゃんは、そこを飛び越えてくる。

 みこちゃんは、その明るさをまっすぐ信じる。


 その二人に挟まれていると、うさぎまで少しだけ「なんとかなるかも」と思えてしまうのだ。


 うさぎは小さく息を吐く。


「……じゃあ」


 顔を上げる。


「次の電車が発車したら、始めるよ」


「いよいよだねー!」


 みこが胸の前で手をぎゅっと握る。


「全部マリーに任せなさい!」


 マリーがどんと胸を張る。


 うさぎがすぐに返す。


「頼りにしてるわ」


「えっ、そこは否定しないんだ」


「今はしてる場合じゃないの」


 やり取りはいつも通りなのに、その奥で、三人の鼓動はちゃんと速くなっていた。


 発車メロディ。


 電車がゆっくりと動き出す。


 扉が閉まる。


 ホームが少しずつ静かになる。


 ロビーの空気も、次の時間へ移っていく。


 うさぎが前を見る。


 ステージ。

 ロビー。

 少し離れたベンチ。

 足早に改札に向う人たち。


 全部が一気に視界に入る。


 怖い。


 本当に怖い。

 

 でも。


 ここまで来たのだ。


 三人で作ったステージ。

 三人で練習した歌。

 三人で立つ場所。


 もう逃げたくない。


「……行こう」


 うさぎが言った。


 マリーとみこが頷く。


 三人は並んで、ステージへ上がった。


 最初の一歩は、少しだけ頼りなかった。


 でも、並んだ瞬間に、それぞれの中で何かが揃った気がした。


 一曲目が始まる。


 最初は、足を止める人なんてほとんどいないと思っていた。


 実際、最初の数秒はそうだった。


 いつもの駅だ。


 誰もが自分の行き先を持っていて、自分の時間を持っている。


 それでも、うさぎは歌い始めてすぐに思った。


 ちゃんと届いているかもしれない、と。


 それは大きな反応じゃない。


 誰かが立ち止まるとか、

 拍手が起こるとか、

 そういうわかりやすいことではない。


 でも、遠くを歩いていた人が少しだけ顔を向けた。


 ベンチに座っていた人が手を止めた。


 その小さな変化が、歌いながらでもわかる。


 みこは、最初の緊張を歌いながらほどいていった。


 “届けたいって思って歌う”。


 雪乃に言われたその言葉を、今はちゃんと胸の中に置いている。


 うまく歌うことより、

 間違えないことより、

 この場所にいる誰かに届いてほしい。


 その気持ちが、声を前に押してくれる。


 マリーは、もう最初から楽しんでいた。


 楽しい気持ちは隠せない。

 隠さなくていいとも思っていた。


 歌って、

 動いて、

 笑って。


 三人の真ん中で、自分が火をつけるみたいに声を飛ばしていく。


 そして、うさぎは歌いながら少しずつ気づいていった。


 怖さが消えることはない。

 恥ずかしさも、たぶん消えない。

 でも、その上にちゃんと別の気持ちが乗ってきている。


 届けたい。

 この歌を、

 この場所で、

 この二人と一緒に。


 その気持ちが、少しずつ不安より大きくなっていた。


 一曲目が終わる。


 息が少し上がる。


 でも、まだ誰も何も言わない。


 三人はすぐに次へ入る。


 二曲目。


 その頃には、立ち止まる人が少しずつ増えていた。


 ほんの少し前まで通り過ぎていた人が、今は視線を向けてくれている。


 そのことに、みこが歌いながら気づく。


 あ、聴いてくれてる。


 その実感が、胸の奥をあたたかくした。


 マリーはもっと露骨にわかっていた。


 見てる、見てる、と思う。

 だったらもっと楽しくしよう。

 もっとこの場を明るくしよう。


 その勢いが、さらに声を前に押し出した。


 うさぎも、二曲目の終わりごろにはもう足元を気にしていなかった。


 いや、少しは気にしている。


 でも、それよりも前を見ていた。


 ベンチに座っていた人がこちらを見て笑った。


 小さな子がリズムに合わせて体を揺らしている。


 駅員が少し離れた場所で見守っている。


 その景色が、思っていた以上にやさしかった。


 三曲目。


 その頃には、小さな拍手が起きていた。


 歌の終わりに重なるように、ぱち、ぱち、とやさしい音が広がる。


 三人は、少しだけ息を整えてから顔を上げた。


 そして――


「え……?」


 みこが最初に声を漏らした。


 目の前には、たくさんの人がいた。


 駅員。

 学生。

 買い物帰りの人。

 小さな子ども。

 

 年齢も、服装も、立っている場所もばらばらだ。


 でも、その全員が三人の方を見ていた。


 さっきまで“駅に来た人たち”だったはずの人たちが、今はちゃんと“自分たちの歌を聴いてくれた人たち”になっていた。


「えーっ、もう終わり?」


 どこかから、そんな声が飛ぶ。


「お姉ちゃんたち、カッコいい!」


 小さな子どもの声。


「まだ電車まで時間あるから、もう一曲やってよ」


「そうね、まだ聴いていたいわ」


 いくつもの声が重なる。


 三人は、そろって固まった。


 うそみたいだった。


 誰も来ないかもしれない。

 途中でみんないなくなるかもしれない。


 そんなことばかり考えていたのに。

 

 マリーが最初に笑った。


 それは、あまりにもマリーちゃんらしい笑い方だった。


「うさちゃん、みーちゃん」


 振り向く。


「まだ出来るよね?」


 みこが大きく頷く。


「もちろん!」


 その顔は、もうさっきまでの不安を半分忘れていた。


 うさぎは少しだけため息をつく。


 でも――


 笑っていた。


「……仕方ないわね」


 その声には、もう照れも不安も混ざっていたけれど、同じくらい確かな喜びもあった。


 次の電車が来るまで。


 その間ずっと。


 駅には三人の歌声が響いた。


 大きなステージじゃない。

 眩しい照明もない。

 でも、ここには届く声があった。


 立ち止まってくれる人がいて、

 笑ってくれる人がいて、

 「もう一曲」と言ってくれる人がいる。


 それだけで十分だった。

 いや、十分すぎるくらいだった。


 オーディションには落ちた。


 でも今、三人はちゃんと知った。


 自分たちの歌う場所は、ここにある。


 そのことを、駅のロビーそのものが教えてくれているみたいだった。

うさぎちゃんたちが歌った曲 「手をつないで」

https://youtu.be/CVrQiockGgQ


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