自分たちでステージを作れ!
「……あれ?」
駅ロビーの中央で、うさぎはふと立ち止まった。
さっきまで頭の中では、
歌う位置や立ち順や、
ロビーのどこで始めるか、
そんなことばかり考えていた。
でも、そこで急に足が止まったのは、
とても大事なことに今さら気づいてしまったからだった。
少し前を歩いていたマリーとみこが振り向く。
「どうしたの、うさちゃん?」
「うさ姉さま?」
うさぎはロビーを見渡した。
床。
ベンチ。
案内板。
自販機。
行き交う人の流れ。
そして――
何もない。
ほんとうに、何もない。
「……ステージ」
ぽつりと、うさぎが言った。
「ステージ?」
マリーが首を傾げる。
うさぎがゆっくり振り向いた。
その顔は、さっきまでの“少し不安だけど頑張ろう”ではなく、
もっと現実的な青ざめ方をしていた。
「ステージが無いのよ」
沈黙。
三秒。
「「あっ」」
マリーとみこが、ぴったり同じタイミングで声を上げた。
「えっ、待って」
マリーがあわてて周囲を見る。
「ほんとだ!ステージ無いじゃん!」
「どうしよう!」
みこも一気に慌てる。
うさぎは腕を組んだまま、しばらく固まっていた。
それから、ようやく小さく言う。
「……どうしよう」
「ライブまであと……」
マリーが腕時計を見る。
みこも隣からのぞきこむ。
うさぎが静かに答える。
「五時間」
また沈黙。
そして次の瞬間。
「「「五時間!?」」」
マリーとみこの絶叫が、駅ロビーに響いた。
あわてて周りを見ると、少し離れたところにいた駅員さんが、びくっとしてこちらを見ていた。
うさぎは反射的にぺこっと頭を下げる。
「す、すみません……」
でも謝っている場合じゃない。
五時間。
あと五時間でライブなのに、肝心のステージがない。
それはもう、お弁当を開けたら中身がなかった、くらい大問題だった。
三人はそのまま駅事務室へ駆け込んだ。
「どうするの」
机を囲んで座るなり、うさぎが言った。
その声は落ち着いているようでいて、ちゃんと焦っていた。
「どうするのって言われても!」
マリーが両手を広げる。
「今わかったばっかじゃん!」
みこが勢いよく手を挙げた。
「ダンボールで作る?」
「潰れるでしょ!」
うさぎが即座につっこむ。
「えっ、じゃあ箱をいっぱい重ねて……」
「もっと潰れるわよ!」
マリーががたっと立ち上がる。
「よし!ベンチ並べよう!」
「危ないわよ!」
「じゃあ床にテープ貼って、ここステージですって言えば――」
「それステージじゃない!」
「えー!」
「えー、じゃないの!」
みこがまたおそるおそる手を挙げる。
「えっと……神社のお祭りの時みたいに、木の台とか……」
三人が同時に考え込む。
静寂。
机の上にはノートとペンと、どうにもならなさそうな空気だけが広がっていた。
うさぎちゃんがポツリと
「……駅長さんに相談してみたら」
その一言に、空気が少しだけ動く。
次の瞬間には、三人そろって立ち上がっていた。
駅長室の前で、うさぎが一度だけ深呼吸する。
「よし」
「行くよ!」
「うん!」
扉を開ける。
駅長が書類から顔を上げた。
「どうしたんだい?」
「ステージ!」
マリーが言う。
「ステージが必要なんです!」
「ライブまであと五時間しかないんです!」
みこが続く。
「なんでもします!」
うさぎもぺこりと頭を下げる。
「お願いします!」
駅長はしばらく黙っていた。
三人を見て。
それから少しだけ天井を見る。
考えている顔だった。
やがて、ぽつりと言う。
「……資材倉庫」
三人が同時に顔を上げた。
「駅のイベント用の簡易ステージ、しまってあるはずだ」
「ほんと!?」
マリーが目を輝かせる。
「ただし」
駅長の声が少し低くなる。
「組み立ては自分たちでやること」
三人同時に答えた。
「やります!!」
資材倉庫の扉が開く。
中には、
折りたたみの台。
パネル。
赤い布。
謎のネジ。
謎の棒。
そして、見たことはあるけど、どう使うのかはまったくわからない部品たちが並んでいた。
「……」
「……」
「……」
マリーがぽつりと言う。
「説明書ないね」
うさぎが静かに答える。
「無いわね」
みこがきっぱり言った。
「……なんとかなる!」
「ほんとに?」
うさぎのつぶやきは、たぶん誰にも届いていなかった。
組み立ては、想像以上に大変だった。
「それ逆!」
「えっ!」
「みこちゃんそこ押さえて!」
「うん!」
「マリー踏んでる踏んでる!」
「えっどこ!?」
がたっ。
「きゃっ!」
「大丈夫!?」
ネジが転がる。
布が落ちる。
パネルが逆さになる。
一度立てたと思ったものが、次の瞬間にはぐらっと揺れてやり直しになる。
うさぎは必死に形を考え、
マリーは勢いで部品を運び、
みこは一生懸命押さえて、
外れて、また押さえる。
とにかく、止まっている暇がなかった。
「これ、ほんとに合ってる?」
「たぶん!」
「たぶんってなによ!」
「でも合いそう!」
「合いそうじゃなくて!」
そんなやり取りを何度も繰り返していた、その時だった。
「おっと、そこ押さえるの手伝おうか」
後ろから声がして、三人がそろって振り向く。
そこには駅員が立っていた。
「えっ」
「駅員さん?」
「駅長に言われて手伝いに来たよ」
そう言って、駅員は苦笑する。
「駅長は無愛想だけど、ああ見えてきみたちのこと応援してるんだから」
その言葉に、三人は一瞬だけ顔を見合わせた。
うさぎが少しだけ目を丸くする。
マリーはにやっと笑う。
みこはぱっと顔を明るくした。
「ほんと!?」
「ほんとほんと」
駅員は慣れた手つきでパネルを支えながら言う。
「ほら、この棒はこっち。ネジは先に仮止めしてから締めるんだよ」
「わあっ」
「なるほど!」
「最初からそう言ってほしかった……」
うさぎが小さくつぶやくと、駅員がくすっと笑った。
「でも、自分たちで作るって大事だからね」
そうして、四人になった作業は少しだけ速くなった。
赤い布をかけて、
台の高さを合わせて、
ずれていたパネルもきちんと立て直す。
さっきまでの“どうしよう”が、少しずつ“間に合うかも”に変わっていく。
二時間後。
「……できた」
最初にそう言ったのは、みこだった。
三人そろって一歩下がる。
そこには。
ちょっとだけ歪だけど。
ほんの少しだけ布の端が曲がっているけれど。
それでも、ちゃんとステージがあった。
赤い布がかかっている。
小さな段差がある。
立てば、ちゃんと「舞台」になる形をしている。
「すごい……」
みこが目を輝かせる。
「ほんとに出来た……」
マリーが胸を張る。
「アタシたち、天才!」
うさぎは息を整えながら言った。
「……なんとか、なったわね」
言葉にした瞬間、ようやく本当に出来たのだと実感が湧いてくる。
その時、駅のスピーカーから静かに発車メロディが流れた。
いつもの駅の音。
毎日聞いているはずなのに、今は少しだけ特別に聞こえる。
三人は出来上がったステージを見つめた。
まだ誰もいない。
まだ始まってもいない。
でも――
ここが今日の舞台なんだ。
その実感が、じんわり胸の奥に広がる。
うさぎが小さく言った。
「わたしたち」
マリーとみこが振り向く。
「最初から、ここでやるためだったのかもね」
マリーが笑った。
「うん」
みこが大きく頷く。
「うん!」
オーディションに落ちたから、仕方なくここでやるんじゃない。
たぶん、ずっと前から。
この駅で歌うために、ここまで来たのかもしれない。
そう思えるくらい、その小さな手作りのステージは、ちゃんと三人の場所になっていた。




