帰り道にて
夕暮れの道を、三人は並んで歩いていた。
会場のにぎやかさは、もうずっと後ろに置いてきたみたいだった。
ついさっきまでいたあの場所が、今は遠い街の出来事みたいに思える。
空は薄く茜色で、建物の影が少しずつ長くなっている。
足元に伸びる三つの影も、静かに並んでいた。
みこが小さく言う。
「ダメだったね」
その声は、風にほどけるくらい小さかった。
マリーが隣で、ゆっくり頷く。
「うん」
それ以上は、すぐに言葉が続かない。
しばらく、三人の足音だけが静かに重なる。
みこは足元を見たままだった。
やがて、ぽつりと続ける。
「ダンスは……一番上手かったはずだよね」
マリーがもう一度頷く。
「うん」
みこの声が、少しだけ震える。
「歌は……頑張ったよ」
その瞬間だった。
うさぎがやさしく言う。
「みこちゃんは頑張ったよ」
みこが顔を上げる。
でも、すぐまた俯いた。
「でも、でも……」
その先が言葉にならない。
代わりに、涙がぽろぽろとこぼれてきた。
一度出てしまったら、止めようとしても止まらない。
みこは慌てて目元をこする。
でも、涙は次から次へと落ちていく。
三人はそのまま歩いた。
誰も無理に声をかけない。
誰も急いで励まそうとしない。
ただ、隣にいる。
そのことだけが、今は一番やさしかった。
足音だけが、静かに重なっていく。
しばらくして。
うさぎが前を向いたまま言う。
「わたしたち、頑張ったよ」
ゆっくりとした声だった。
「いっぱい練習もしたよ」
少しだけ間を置く。
「それは、間違いないよね」
みこが涙を拭きながら、小さく頷く。
「うん」
声はまだ弱い。
うさぎは続ける。
「誰よりも、頑張ったよ」
その言葉に、みこの肩が少しだけ震えた。
泣いているのに、その言葉はちゃんと届いているのがわかった。
うさぎは小さく微笑む。
それから、少しだけ考えるように黙った。
今日のことを思い返す。
オーディション会場。
知らない人たち。
照明。
ステージ。
緊張。
楽しかった時間。
呼ばれなかった名前。
その全部を胸の中で並べながら、ふと、別の景色が浮かんだ。
駅のロビー。
いつもの床。
いつもの灯り。
いつもの人たち。
そこで、三人が歌っているところ。
「大きなステージじゃないけど」
うさぎが言った。
マリーとみこが顔を上げる。
「わたしたちだけの場所って、あるんじゃないかな」
マリーが目を瞬く。
「うさちゃん、もしかして……」
うさぎが頷く。
「そう」
ほんの少しだけ、得意げな顔になる。
「駅のロビーで歌えばいいんだよ」
みこが、ぱちぱちと瞬きをした。
「……」
その顔は、まだ涙の跡が残っているのに、言葉の意味を追いかけるうちに少しずつ変わっていく。
うさぎは続けた。
「派手な照明とか、ちゃんとしたステージとか、そういうのは無いけど」
空を見上げる。
夕方の光が、少しずつやわらかい色に変わっていた。
「最初からお客さんいっぱいだよ」
マリーの目が、ぱっと輝く。
「そういう考え方、うさちゃんらしいな」
うさぎは少し照れたように視線をそらす。
「別に……思いついただけよ」
でも、その声はさっきまでより少しだけ軽かった。
みこが、ゆっくり顔を上げる。
涙の跡はまだ頬に残っている。
でも、瞳の奥には少しずつ光が戻っていた。
うさぎが尋ねる。
「みこちゃんは、ステージと駅、どっちがいい?」
みこは、一瞬も迷わなかった。
「うさ姉さまと一緒なら、どこでもイイ!」
その答えがあまりにも早くて、マリーが先に笑った。
「おっ、元気出た?」
みこが大きく頷く。
「出てきた!」
それから、少しだけ胸を張る。
「駅なら、わたしたちが主役だよね」
その言葉に、マリーがにやっと笑う。
「うさちゃん」
ちょっとだけ意地悪な顔になる。
「今回だけってヤツ、まだ終わってないからね」
うさぎが小さくため息をつく。
でも。
口元は、少しだけ緩んでいた。
「わかってるわよ」
その言葉は、もう完全な諦めではなかった。
夕暮れの道。
さっきより、少しだけ軽い足取り。
三人の影が、長く並んで伸びていく。
オーディションには落ちた。
でも。
それで全部終わったわけじゃない。
歌う場所は、まだある。
三人で立てる場所も、ちゃんとある。
そのことに気づいた帰り道は、ほんの少しだけ、行きよりも明るく見えた。




