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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
とどける歌声

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27/40

やりきった、そのあとで


 控え室のソファに、三人はほとんど同時に倒れ込んだ。


「……」

「……」

「……」


 誰も、すぐには何も言わなかった。


 さっきまでの照明。

 音楽。

 会場の空気。

 胸をぎゅっと掴まれるみたいな緊張。


 全部が一気に遠ざかっていく。


 体の力が抜けると同時に、今まで自分たちがどれだけ必死だったのか、遅れてわかってくるみたいだった。


 みこが天井を見上げたまま、小さく言う。


「……終わったね」


 マリーが腕をだらんと垂らす。


「終わったぁ……」


 その声は、半分とけていた。


 うさぎもソファの背もたれに体を預けたまま、目を閉じる。


「……もう動けない」


 三人とも、完全にぐったりしていた。


 でも。


 その顔は、どこか晴れやかだった。


 みこがふっと笑う。


「でもね」


 小さな声だった。


「楽しかった」


 その一言に、マリーがすぐ反応する。


「わかる」


 にやっと笑う。


「めちゃくちゃ楽しかった」


 さっきまでの疲れが嘘みたいに、目だけが少し元気になる。

 うさぎも、背もたれに頭を預けたまま小さく頷いた。


「……うん」


 少しだけ目を閉じる。


「思ってたより、ずっと楽しかった」


 その言葉は、うさぎ自身にとっても少し意外だった。


 本番前まであんなに嫌がって、

 あんなに恥ずかしがって、

 最後まで「今回だけ」って言い張っていたのに。


 いざ終わってみたら、 胸の中に残っていたのは、恥ずかしさよりもずっと大きな何かだった。


 しばらく、静かな時間が流れる。

 外からは、まだ他の参加者の歌声がかすかに聞こえてくる。

 その声を聞きながら、みこがぽつりと言った。


「もし」


 少し夢を見るみたいな声だった。


「大きなステージだったら、どこで歌えばいいのかな」


 マリーがすぐ答える。


「大きなステージなら、走り回ればいいじゃん」


 みこがくすっと笑う。


「そっかぁ」


 すぐに想像している顔になる。


 うさぎがゆっくり口を開いた。


「……でも、高いところでしょ?」


 みこが首をかしげる。


「うさ姉さま、高いところ苦手?」


 うさぎは少しだけ間を置いた。


「高いところだと」


 真面目な顔で言う。


「下から見えちゃうでしょ」


 一瞬の沈黙。


 マリーが吹き出した。


「まだソレ心配してるの?」


 うさぎが頬を少し膨らませる。


「気になるものは気になるの!」


 みこもくすくす笑う。

 その空気が、やわらかくほどけていく。

 やりきったあとの、安心した時間だった。

 さっきまでの緊張が、ようやく体の外へ抜けていく。


 その時だった。


 館内放送が入る。


『――それでは、本日のオーディション、合格者を発表します』


 三人の背筋が、同時に伸びた。

 さっきまでの脱力が、一瞬で消える。


 マリーが小さく言う。


「来た……」


 みこが両手をぎゅっと握る。

 うさぎは何も言わなかった。


 ただ、静かに前を見る。


 名前が呼ばれていく。

 一人。

 また一人。

 知らない名前が、次々と会場に響いていく。


 そのたびに、みこの肩が少しだけ揺れる。

 マリーも、さっきまでの軽さが消えていた。

 うさぎはただ、まっすぐ前を見ていた。


 自分たちの名前が呼ばれるのか。

 呼ばれないのか。

 その答えが近づいてくるほど、時間の流れが遅くなるみたいだった。


 ――そして。


 最後の名前が呼ばれた。


 静寂。


 『以上となります』


 それだけ。


 三人の名前は、呼ばれなかった。


 誰も、すぐには動かなかった。


 会場の空気だけが、少しずつまた流れ始める。


 マリーが小さく息を吐く。


「……そっか」


 みこはうつむいたまま。


「……うん」


 その声は、かすかだった。


 うさぎは目を閉じる。


 ほんの一瞬だけ。

 それから、ゆっくりと開いた。

 泣きそうではなかった。

 悔しくないわけでもなかった。


 でも、今ここで何かをこぼしたら、さっきまでの「楽しかった」が全部、違うものになってしまいそうな気がした。


 だから、うさぎは静かに言った。


「帰ろっか」


 その声は、思っていたより穏やかだった。


 みこが小さく頷く。


 マリーも「うん」と短く返す。


 三人は立ち上がった。


 少し疲れていて。

 少し悔しくて。

 でも、どこか満たされてもいた。


 控え室を出る前に、みこが一度だけ後ろを振り返った。


 さっきまで立っていたステージの方。


 何も言わない。


 ただ、小さくひとつ頷いた。


 それは、終わったことを受け入れるみたいでもあって、ちゃんとやりきったと自分に言い聞かせるみたいでもあった。


 三人は並んで、会場をあとにした。


 外へ出ると、夕方の空気が少しだけひんやりしていた。

 でも、その冷たさは嫌じゃなかった。

 火照った頬にちょうどよくて、今日という時間がほんとうに終わったのだと教えてくれるみたいだった。


 オーディションは終わった。


 結果は、届かなかった。


 それでも。


 三人で歌ったあの時間まで、消えてしまったわけじゃない。


 うさぎは歩きながら、ほんの少しだけ空を見上げた。


 まだ言葉にはならない。

 けれど胸の奥に、小さく残っているものがあった。

 悔しさだけじゃない何かが、たしかにそこにあった。

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