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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
とどける歌声

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26/44

だいじょうぶ、だって3人だよ


 オーディション会場へ向かう道は、いつもの駅前とは少しだけ空気が違って見えた。


 休日の午後。

 人通りは多いのに、どこか落ち着かない。

 駅から少し離れたその通りには、


 同じ方向へ歩いていく女の子たちの姿がいくつもあった。


 手には応募用紙。

 衣装の入った袋。

 きれいに巻いた髪。

 少し背伸びした靴。

 そして、期待と緊張が混ざったみたいな顔。


 その中を歩きながら、マリーがきょろきょろと辺りを見回した。


「わぁ……」


 思わず声が漏れる。


「すごく可愛い子がいるよ」


 前を歩く二人組を見て言う。


 おそろいみたいな髪型。

 きらきらした衣装袋。

 歩くだけでも、なんとなく目を引く雰囲気があった。


 みこもその背中を見て、ぱちぱちと目を瞬く。


「あの子たちも、オーディションに行くんだ」


 少しだけ緊張した声。


 その言葉に、マリーはすぐ返した。


「でも、アタシたちも可愛いよ」


 自信満々だった。


 みこが小さく笑う。


「歌も練習したし……多分」


 最後だけ少し弱い。


 マリーはそれでも元気にうなずいた。


「だいじょーぶ!」


 そう言い切れるのが、マリーちゃんのすごいところだと、うさぎは少し離れた場所でぼんやり思う。


 でも、そのうさぎはさっきからずっと静かだった。

 二人の少し後ろ。

 歩く速さも、ほんの少しだけ遅い。

 視線は前ではなく、足元へ落ちている。


 マリーがふと気づいて振り返った。


「うさちゃん?」


 返事がない。


 マリーは少し前へ回り込む。


「どうしたの?」


 うさぎはそこでようやく立ち止まった。


 小さく首を振る。


 それから、絞り出すみたいに言う。


「……無理」


 みことマリーが同時に顔を見合わせる。


「え?」


 うさぎはもう一度、今度はもっと小さな声で言った。


「無理、無理」


 それは冗談でも、照れ隠しでもなかった。


 本気の声だった。


 みこが慌てて近づく。


「うさ姉さま?」


 うさぎは視線を上げられないまま言う。


「わたし、出来ないかも」


 その言い方に、みこの顔が変わった。


 ほんとうに不安なんだ、とわかったのだ。


「うさ姉さま、一番歌が上手かったし」


 まっすぐ言う。


「うさ姉さまなら出来ると思うな」


 うさぎは少しだけ視線を逸らす。


「……あの衣装でダンスもするんでしょ」


「そうだよ」


 マリーが素直に頷く。


「アタシたち、ダンスだけなら一番かもね」


 うさぎはぽつりと続けた。


「……あの衣装でダンスしたら、見えちゃうでしょ」


 一瞬の沈黙。


 マリーとみこが同時に固まる。


「あっ」


「……あっ」


 次の瞬間、マリーが吹き出した。


「心配してるのソレ?」


 うさぎの顔がかっと赤くなる。


「ソレだけじゃ無いけど!」


 少しだけ声が強くなる。


 でも、そこに本気の恥ずかしさが混ざっているのが、余計に可愛かった。


 マリーは笑いをこらえながら言う。


「うさちゃん、そういうとこ妙に現実的だよね」


「現実的っていうか、普通でしょ……!」


「普通かなぁ」


「普通よ!」


 うさぎは言い返してから、少しだけ黙った。


 それから、声を落として言う。


「……人前で歌ったことないのよ」


 その一言は、


 さっきの「見えちゃうでしょ」よりずっと静かで、ずっと本音だった。


 風が少しだけ吹く。


 通りを歩く人の声が、遠くで混ざる。


 みこがそっと言った。


「わたしも自信ないよ」


 うさぎが顔を上げる。


 みこは、少しだけ照れたみたいに笑っていた。


「でも」


 小さく拳を握る。


「3人だから、大丈夫」


 その言葉に、マリーがすぐうんうんと頷く。


「そうそう」


 両手を腰に当てる。


「失敗してもさ」


 うさぎを見る。


「3人一緒なら笑えるじゃん」


 うさぎは少し驚いた顔をした。


 マリーはそのまま続ける。


「成功したら嬉しいし、失敗しても一緒だし」


 肩をすくめる。


「なら、やるしかないでしょ」


 みこが大きく頷く。


「うん!」


 二人が、まっすぐうさぎを見る。


 少しの沈黙。


 うさぎはその視線を受け止めて、ふっと息を吐いた。


 不安が消えたわけじゃない。

 恥ずかしいし、逃げたいし、やっぱり無理かもしれないと思う。


 でも。


 ここまで来た。


 みこちゃんが隣にいて、マリーちゃんも当然みたいに前を向いている。


 そんな二人を見ていたら、自分だけ立ち止まったままでいるのも、なんだか違う気がした。


「……もう」


 小さく言う。


「ここまで来たら、やるしかないわよね」


 マリーの顔がぱっと明るくなる。


「その通り!」


 みこも嬉しそうに、うさぎの手をぎゅっと握った。


「がんばろうね!」


 うさぎは少しだけ照れた顔で前を向く。


「……がんばるしかないわね」


 それでも声は、さっきよりちゃんとしていた。


 もう足元ばかりは見ていない。


 少し先。


 通りの向こうに、会場の建物が見えていた。


 人の流れも、そこへ向かっている。


 胸の奥がまた少しだけざわつく。


 でも、そのざわつきの中には、さっきまでとは違うものも混ざっていた。


 怖いだけじゃない。

 不安だけでもない。

 三人でここまで来たんだ、という小さな実感。


 その時、遠くで会場の看板が光を受けてきらりと光った。


 マリーが指をさす。


「あっ、見えた!」


 みこも顔を上げる。


「ほんとだ!」


 うさぎも立ち止まらずに、その建物を見た。


 あそこに行くんだ。


 オーディション会場。


 知らない人がたくさんいて、


 知らない目がたくさんあって、


 自分たちの歌を聞かれる場所。


 怖くないと言えば、うそになる。


 でも。


 隣にはちゃんと、二人がいる。


「行こう」


 うさぎが小さく言う。


 その声に、マリーとみこが元気よく返した。


「うん!」


「うんっ!」


 三人は並んで、会場へ向かって歩き出した。


 期待と緊張と、少しの不安と、少しの勇気を抱えたまま。


 それでも足は、ちゃんと前へ進んでいた。

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