表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
とどける歌声

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/55

形から入るのも大事でしょ?


 放課後の駅事務室は、昼間より少しだけ気が抜けた空気に包まれていた。

 窓の外では、やわらかい夕方の光がホームの端を白く照らしている。

 改札を抜ける人の流れも、朝ほど急いではいない。

 駅の一日はまだ終わっていないけれど、ほんの少しだけ“ひと息つける時間”だった。


 そんな事務室の机の上には、


 ノート。

 ペン。


 そして――


 雑誌の山が積まれていた。


「うさちゃん見て見て!」


 マリーが元気いっぱいに雑誌を広げる。


 そのページには、フリルたっぷりのキラキラ衣装を着たアイドルが大きく載っていた。


「形から入るのも大事でしょ?」


 満面の笑み。


 言いながら、ページをぐいっとみこのほうへ向ける。


 みこもすぐに身を乗り出した。


「かわいい!」


 目がきらきらしている。


 ページがぱらぱらとめくられていく。


「これもいいなぁ……」


「こっちもかわいい!」


「フリルがいっぱいで、キラキラしたドレスがいい!」


 みこはすっかり夢中だった。


 さっきまでの掃除や仕事の顔とはぜんぜん違う。


 完全に“楽しいことを見つけた顔”である。


 その横でマリーも負けていない。


「いいよねー!やっぱりアイドルってこういう感じじゃん?」


「うん!」


「リボンもいっぱいついててさ、ふわって広がって、くるって回ったら絶対かわいいよね!」


「回りたい!」


「わかる!」


 二人で盛り上がる声が、どんどん大きくなっていく。


 その向かい側で――


 うさぎは腕を組んだまま、黙っていた。


 数秒。


 雑誌をめくる音と、二人の楽しそうな声だけが続く。


 それから、うさぎが静かな声で言った。


「……ちょっといい?」


 二人がぴたりと止まる。


 同時に振り向いた。


 うさぎは指先で机を軽く叩いた。


「まだ歌も決まってないのよ」


 ぴしっと言う。


「こっちが先でしょ」


 正論だった。


 マリーとみこは、一瞬そろって固まる。


「えー」


 先に崩れたのはマリーだった。


 頬をふくらませて、雑誌の上にあごを乗せる。


「衣装の方が大事じゃん」


「大事じゃないわよ」


「だって見た目も重要だよ?」


「重要じゃないとは言ってない」


 うさぎは少し言葉を探して、それから小さくため息をついた。


「でも順番があるでしょ」


 みこが小さく首をかしげる。


「順番?」


「そう」


 うさぎは机の上の紙を引き寄せた。


 それから、さらさらと文字を書いていく。


 歌

 ダンス

 衣装


 きっちり並べて、それを二人に見せた。


「普通はこの順番」


 マリーが机に突っ伏す。


「かたいなぁ〜」


「かたくない」


「かたいよ〜」


 うさぎはもう一度ため息をついた。


 この二人と一緒にいると、どうしてもこうなる。


 楽しいほうへ、

 面白そうなほうへ、

 きらきらしてるほうへ、


 すぐに気持ちが飛んでいくのだ。


 もちろん、それは悪いことじゃない。


 悪いことじゃないのだけれど――


「オーディションって、遊びじゃないんだから」


 うさぎが真面目に言うと、みことマリーは少しだけ口をつぐんだ。


 でも、みこはすぐに別のことを考えついたみたいに、ぱっと顔を上げた。


「でも」


「なによ」


「うさ姉さまは、どんな衣装がいい?」


 うさぎの手が止まる。


「……え?」


「確かに」


 今度はマリーが、にやっと笑う番だった。


「うさちゃん何着るの?」


 うさぎが黙る。


 視線がふっと逸れる。


「別に……」


 小さく言う。


「なんでもいいわよ」


「ほんと?」


 マリーは待ってましたとばかりに雑誌をめくる。


「これとか?」


 ページを突きつける。


 そこに載っていたのは、


 ふわふわのフリルが何段も重なった、お姫さまみたいなドレスだった。


 うさぎは即答した。


「着ない」


「じゃあこれ」


 次のページ。


 今度はかなり丈の短いミニスカート衣装。


「着ない」


「これ!」


 さらに次は、王道ど真ん中のキラキラアイドル衣装。


「絶対着ない」


 うさぎの返事が早すぎて、マリーが吹き出しそうになる。


「うさちゃん、拒否だけは超速い」


「当たり前でしょ」


「えー、かわいいのに」


「マリーちゃんが着ればいいじゃない」


「アタシは着る!」


「でしょうね」


 その時、みこがそっと別のページを開いた。


 さっきまでの派手な衣装とは少し違う。


 色合いはやさしくて、形もすっきりしている。


 リボンだけ少しついていて、ちゃんと可愛いけれど、やりすぎてはいない。


「……こういうのは?」


 うさぎの視線が、そこで止まる。


 ほんの一瞬だけ。


 でも、たしかに止まった。


 すぐにまた視線を逸らす。


「……まぁ」


 小さく言う。


「それなら」


 その反応を、マリーが見逃すわけがない。


「おっ」


 にやにや笑う。


「うさちゃん好み出た」


「出てない!」


 うさぎは即否定した。


 でも、頬が少しだけ赤い。


 みこが嬉しそうに言う。


「じゃあ三人で決めよう!」


 うさぎはまた小さくため息をついた。


 でも、今度はさっきみたいな完全な拒否ではなかった。


 椅子に座り直して、机の上の雑誌を自分のほうへ少し引き寄せる。


「……少しだけよ」


 ページをめくる。


 真剣な目。


 マリーがその様子を見て、小声でみこに言った。


「ほらね」


「うん」


 みこも小声でうなずく。


「やる気ある」


 うさぎが顔を上げる。


「聞こえてるわよ」


 二人同時に背筋を伸ばす。


「さ、さぁ!」


 マリーが勢いよく手を叩いた。


「衣装会議だ!」


 みこも元気よく手を挙げる。


「かわいいの選ぼう!」


 うさぎはもう一度ため息をついた。


 でも。


 雑誌をめくる手は、思ったよりずっと素直だった。


「これ、リボン多すぎ」


「じゃあこれは?」


「スカート短い」


「これなら?」


「……それは、まぁ」


「また“まぁ”出た!」


「うるさい」


「でも今の候補っぽいよね!」


「ちがうってば」


 言い返しながらも、うさぎはそのページをちゃんと閉じずに開いたままにしていた。


 そのことに、自分ではまだ気づいていない。


 気づいていないのに、マリーもみこも、なんとなくわかっている。


 うさぎは最初、ぜったい嫌だって顔をする。


 そんなの着ない、そんなのしないって、ちゃんと拒否する。


 でも、一度気になってしまったら、意外と最後まで考えてしまうのだ。


 それがうさぎだった。


「ねえ、うさちゃん」


「なによ」


「これ、着てみたら似合うと思う」


「着ないわよ」


「でも似合うよ」


「着ないって言ってるでしょ」


「じゃあ合わせるだけ」


「なんでよ」


「気になるから!」


「わたしが?」


「衣装が!」


「今ちょっと間があったでしょ」


「気のせい!」


みこがくすっと笑う。


その笑い声につられるみたいに、うさぎも少しだけ口元をゆるめた。


窓の外では、夕方の光が少しずつ傾いていく。


駅事務室の机の上には、広げられた雑誌と、三人分の声が重なっていた。


歌はまだ決まっていない。


ダンスももちろんこれからだ。


それでも、こうして衣装を見ていると、オーディションというものが、少しだけ本当に近づいてきた気がする。


うさぎはページの端を指先で押さえながら、心の中でそっと思う。


ほんとうに出るんだ。


そう思うと、やっぱり恥ずかしい。


でも、それと同じくらい――


少しだけ、落ち着かない。


その気持ちが何なのか、まだ、うさぎ自身にもはっきりとはわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ