表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
はじまりの駅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/40

その子の名前は


 追兎天神駅の夕方は、昼間より少しだけ静かだった。


 改札を抜ける人の流れもゆるやかになって、

 ホームに差し込む光も、やわらかい色へ変わりはじめている。


 その中で、みこは白い猫の前にしゃがみこんでいた。


 真っ白な毛。

 ころんとした身体。

 それから、じっとこちらを見返してくる青い瞳。


 駅長に言われた言葉が、まだ頭の中に残っている。


――追兎天神の神使は、白猫だったんじゃないかな。


「……お父さんに、聞いてくる」


 そう言った時は勢いだった。

 でも今は、その言葉がちゃんと自分の中に残っている。


 ただ可愛いから、だけじゃない。

 ただ一緒にいたいから、だけでもない。

 この子のことを、ちゃんとしたい。


 そんな気持ちが、胸の中で少しずつ形になっていた。


「みこちゃん」


 うさぎがそっと声をかける。


「うん」


「行けそう?」


 みこは小さくうなずいた。


「聞いてくる」


 その返事は、前より少しだけしっかりしていた。

 マリーが横からひょいと顔を出す。


「アタシたちも行こうか?」


 みこは少し考えてから、こくっと首を振る。


「ううん。まずは、わたしが聞いてくる」


 その言い方が、なんだか少しだけ大人びていて、

 うさぎは小さく目を細めた。


「わかった」


「ちゃんと聞いてくるね」


 みこはそう言って立ち上がる。


 白い猫は、そんなみこの足元を見上げて、にゃあと小さく鳴いた。


 まるで「いってらっしゃい」とでも言うみたいに。


「……うん」


 みこはなぜだか、そう返事をしていた。




 その日の夕方。


 追兎天神の境内は、駅前のにぎやかさより少しだけ遅れて静かになっていく。

 石畳の上を、みこは小走りで進んでいた。


 奥の社務所のほうでは、父――宮司が書き物をしている時間だ。

 障子を開けると、案の定そこにいた。


「ただいま!」


 宮司が顔を上げる。


「おかえり。今日はずいぶん元気だね」


「うん、聞きたいことあるの!」


 みこはそのまま、ためらいなく近づいていく。

 こういう時、みこは遠慮しない。

 宮司のほうも、それを止めたりしない。


「追兎天神の神使って、白猫なの?」


 そのひと言に、宮司はほんの少しだけ目を丸くした。


「……誰に聞いたんだい?」


「駅長さん」


 みこは素直に答える。


「駅に白い猫が来たの。それでね、駅長さんが、追兎天神の神使は白猫だったんじゃないかなって」


 そこまで言うと、宮司の表情が少しだけ変わった。

 興味を持った時の顔だと、みこにはわかった。


「その猫、どんな子だい?」

「真っ白で、ふわふわで……」


 みこは手でまるい形を作る。


「あとね、瞳が青いの」


 その瞬間、宮司の目が静かに細められた。


「青い瞳……」

「うん」

「その猫、見てみたいな」

「え?」

「駅にいるんだろう?」


 みこはぱっと顔を明るくした。


「うん! いる!」

「じゃあ、あとで行こう」


 それだけ言って、宮司は書き物を片づけ始めた。

 みこはその様子を見て、胸が少しだけどきどきする。

 ただの迷い猫じゃないのかもしれない。

 でも、だからといって、どうなるのかはまだわからない。


 しばらくして。


 夕方の追兎天神駅に、宮司が姿を見せた。

 うさぎとマリーは、そんな宮司とみこを見て少し驚いた顔になる。


「みこちゃんのお父さん?」

「うん!」


 みこがうなずく。


「見てもらうの!」


 白い猫は、ちょうど売店の裏の日なたで前足をなめていた。

 宮司はそっとしゃがみこみ、白い猫を静かに見つめる。

 猫のほうも、少しだけ警戒しながら、その顔を見返した。


「……うん」


 宮司が小さく息をつく。


「瞳が青い」


 みこがごくりとつばを飲む。


「やっぱり?」

「この子は、先代と血縁がありそうだ」

「先代って?」


 みこがすぐに聞く。


 宮司は白い猫を見ながら、ゆっくり答えた。


「追兎天神には代々、瞳の青い白猫が住み着いていたんだよ」

「代々……」

「ここしばらくはいなかったんだけどね」


 うさぎとマリーも、思わず顔を見合わせる。


 それは初めて聞く話だった。


 みこは白い猫と父の顔を交互に見た。


「でも……どうして兎の神社なのに、猫なの?」


 その疑問は、三人とも少しだけ気になっていたことだった。


 宮司は少しだけ笑う。


「昔話みたいなものだけどね」


 そう前置きしてから、静かに語り始める。


「ずっと昔、追われた白兎がこの神社に逃げ込んできたそうなんだ」

「追われた?」

「悪さをして、怒ったワニに追いかけられていたらしい」


 みこが「わに……」と小さくつぶやく。

 マリーはその時点で、ちょっとだけおもしろそうな顔をしていた。

 宮司は続ける。


「その兎は、この神社にいた宮司に助けを求めた」

「ふむふむ」

「そこへ追いかけてきたワニが、“白兎は来なかったか”と聞いた時、宮司は言ったそうだよ」


 一拍おいて、少しだけやわらかい声になる。


「――ここには猫しかいませんよ、ってね」

「えっ」


 みこの目が丸くなる。


「その時、匿ってもらった兎も、とっさに“ニャ”と鳴いたんだそうだ」

「ニャ」


 マリーが思わず笑う。

 うさぎも、少しだけ口元をゆるめた。


 なんだかその光景が目に浮かぶ。

 必死な白兎と、ちょっと困った宮司と、だまされるワニ。

 それはたしかに昔話みたいで、でも神社らしい優しさもあった。


「それ以来、この神社は「追兎天神」って呼ばれるようになり、神使は“猫のような兎”だと言われるようになった」


 宮司は白い猫の青い目を見る。


「でも、長い時間の中で、その姿は少しずつ変わって伝わったんだろうね」

「変わって?」

「いつしか“白猫”として残るようになったんだと思う」


 その話がほんとうかどうか、みこにはわからない。

 昔話かもしれない。

 伝承かもしれない。

 でも、目の前の白い猫が、夕方の光の中で青い瞳をきらめかせているのを見ると、

 なんだか「そうかもしれない」と思えてしまう。


 マリーがしゃがみこんで、小さく笑う。


「じゃあこの子、すごい子じゃん」

「そうかもしれないし、ただの迷い猫かもしれない」


 宮司は穏やかに言った。


「でも、追兎天神に縁がある子ではありそうだね」


 その言葉に、みこの胸の奥があたたかくなる。

 うさぎも、少しだけほっとした顔をしていた。


 追兎天神に縁がある。

 それなら、この子がここにいても、おかしくないのかもしれない。


 でも――


「じゃあ、飼っていいってこと?」


 マリーが期待たっぷりに聞く。

 宮司はそこで、少しだけ表情を引き締めた。


「そこは、別の話だよ」


 三人が同時に黙る。


 宮司の声はやさしいままだったけれど、

 そこにはちゃんと“大人の話”の重さがあった。


「この子に縁があるとしても、世話をする責任は必要だ」


 みこが、ぴんと背筋を伸ばす。


「ごはんをあげるだけじゃだめだし、病気になることもある。どこで過ごすのか、誰が面倒を見るのか、ちゃんと決めないといけない」


 そのひとつひとつが、みこの胸にまっすぐ落ちていく。


 可愛いから。

 一緒にいたいから。

 それだけじゃ、足りない。


 うさぎもマリーも、真面目な顔で聞いていた。


 しばらくの沈黙のあと、みこが小さく言う。


「……わたしが、お世話する」


 宮司はすぐには返事をしなかった。


 みこは、白い猫を見る。


 真っ白な毛並み。

 青い瞳。

 小さな身体。


 この子が駅にいると、気になる。

 姿が見えないと心配になる。

 ごはんを食べると嬉しくなる。


 それはもう、ただ“かわいい”だけじゃなかった。


「ちゃんとする」


 みこは、今度はもっとはっきり言った。


「ごはんも、寝るところも、お掃除も、わたしがする」


 うさぎが少しだけ目を見開く。

 マリーも黙ってみこを見ている。


「うさ姉さまとマリちゃんにも、手伝ってもらうけど」

「そこで入れるんだ」


 マリーが小さく笑う。

 でもその声も、やさしかった。


「でも、わたしが一番ちゃんとする」


 みこは父を見上げた。


「この子を、ここにいていい子にしたいの」


 その言葉を聞いた時、

 うさぎはみこちゃんが少しだけ大きく見えた。


 宮司はしばらく娘の顔を見つめていた。

 それから、ゆっくりとうなずく。


「……わかった」


 みこの顔がぱっと明るくなる。


「ほんと!?」

「ただし、約束だよ」

「うん!」

「最後まで、ちゃんと面倒を見ること」

「うん!」

「困ったら、ひとりで抱えこまないこと」


 その言葉に、みこは一瞬だけはっとした顔をした。 

 でもすぐに、力強くうなずく。


「うん!」


 白い猫は、そんなやりとりの意味なんて知らないみたいに、ちょこんと座っていた。


 マリーがその前にしゃがみこんで、にこっと笑う。


「じゃあ、これで正式に仲間入りだね」

「名前、どうする?」


 うさぎが聞く。

 その瞬間、みことマリーが同時に猫を見る。

 真っ白で、まるくて、やわらかそうで。

 みこが、小さく言った。


「……しらたま」

「え?」

「しらたま、みたいだから」


 白くて、ころんとしていて、やさしい名前。

 その響きがあまりにもぴったりで、うさぎもマリーもすぐに笑った。


「いいじゃん」

「うん、かわいい」


 みこは少し照れながら、白猫――しらたまを見つめる。


「しらたま」


 その名前を呼ぶと、白い猫はゆっくりと青い目を上げた。


 にゃあ、とひとつ鳴く。

 まるで、その名前を受け取ったみたいに。


 夕方の追兎天神駅には、やわらかい光が残っていた。

 白い猫は、もうただの迷い猫ではない。


 しらたま。


 追兎天神に縁を持ち、みこに名前をもらった、小さな家族だ。

 そしてきっと、

 これからの毎日の中で、

 少しずつ、みんなの大事な存在になっていくのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ