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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
はじまりの駅

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21/44

駅にきた白い子


 追兎天神駅の朝は、今日もやわらかく始まっていた。

 改札を抜ける人。

 ホームへ向かう人。

 売店の前で足を止める人。


 そんな駅のいつもの流れの中で、みこは今日はホームの近くをほうきで掃いていた。


「よぉし……」


 小さく気合いを入れながら、落ち葉を集めていく。

 いつも通りの朝。

 でも、ほんの少しだけ春の匂いが強くなった気がした。

 風が前よりやわらかい。

 空気の冷たさも、どこか遠慮がちだ。


「みこちゃーん、そっち終わった?」

 少し離れたところから、マリーの声が飛んでくる。


「もうちょっと!」

 みこが元気よく返事をする。


 その時だった。


 ほうきの先が、何かふわっとしたものに当たった。


「ん?」

 みこは足元を見る。


 そこにいたのは、小さな白い猫だった。


「わあっ」

 みこは思わずしゃがみこむ。


 真っ白な毛。

 ころんとした身体。

 それから、少しだけ警戒したように細められた、青い瞳。


 猫は逃げなかった。

 でも、近づきすぎるなと言うみたいに、じっとみこの顔を見ている。


「ねこ……」

 みこは、ほとんど息みたいな声で呟いた。


 白くて、まるくて、ふわふわしている。

 なんだか、おもちみたいだ。


 その場から動けなくなっていると、マリーがぱたぱたと駆けてくる。


「どうしたの、みーちゃん……って、うわ!」


 マリーもすぐに気づいた。


「猫だ!」


 その声に、少し離れたところにいたうさぎも振り向く。


「え?」


 うさぎが近づいてきて、みことマリーの間からそっとのぞきこむ。


「ほんとだ……」


 三人そろって、小さな白猫を見る。

 猫のほうも、三人を見ていた。

 にゃあ、と一度だけ小さく鳴く。


 その声が思ったよりもやわらかくて、みこの胸がきゅっとした。


「かわいい……」

 みこがぽつりと言う。


「すっごくかわいい……」

「どこから来たんだろうね」


 うさぎが少しだけ首をかしげる。


「迷い猫かな」

「追兎天神駅の新入りかも!」


 マリーが勝手なことを言う。

 でも、その白猫はたしかに、駅の朝の光の中に妙になじんでいた。

 逃げるでもなく。

 人をこわがりすぎるでもなく。

 でも、簡単には触らせてくれなさそうな、ちょっとだけ気高い顔でそこにいる。


「おなか、すいてるのかな」

 みこが心配そうに言う。


「どうだろう」

 うさぎは猫の様子を見ながら答える。


 するとマリーが、ぱっと顔を上げた。


「売店に牛乳あるかな」

「えっ」

「あと、何か食べられそうなやつ!」

「ちょ、ちょっと待って」


 うさぎがすぐに止める。


「勝手にあげちゃだめかもしれないでしょ」

「でも、おなかすいてたらかわいそうじゃん」

「それはそうだけど……」


 うさぎが言葉に迷う。

 その間にも、みこはもう白猫のほうへそろそろと手を伸ばしていた。


「だいじょうぶだよ……」


 猫は少しだけ後ろへ下がったけれど、完全には逃げなかった。

 青い目が、じっとみこを見ている。


「この子、そんなにこわがってないね」

 みこが嬉しそうに言う。


「ちょっとだけ、わたしたちのこと見てる」

「そりゃ見てるでしょ」


 うさぎが小さく笑う。

 でも、その猫がただの通りすがりではない気がしたのは、うさぎも同じだった。


 やがて、売店のおばちゃんも気づいたらしく、店の奥から顔を出した。


「あらあら、白猫ちゃん」

「知ってるんですか?」


 うさぎが聞くと、おばちゃんは首を横に振る。


「ううん、今日初めて見たよ。でも朝からずっとこのあたりにいるみたい」

「やっぱり迷い猫かなぁ」


 マリーがしゃがみこんで、猫に向かってにっこり笑う。


「ねえ、君、どこから来たの?」


 猫は答えるかわりに、しっぽをひとつだけゆらした。

 みこがまた、ほうっと小さく息をつく。


「かわいい……」


 それから、その日の朝の仕事が終わるまで、三人ともなんとなくその白猫のことが気になって仕方なかった。


 改札の近くを通るたびに目で探す。

 少し姿が見えないだけで、「どこ行ったのかな」と気にする。

 そして、見つけるとちょっと安心する。

 いつのまにか、そんな存在になっていた。


 昼すぎには、白猫は売店の裏の日当たりのいい場所で丸くなっていた。


「寝てる」

 みこが小声で言う。


「寝てるね」

 うさぎも声をひそめる。


「気持ちよさそう」

 マリーはしゃがみこんで、その顔をのぞきこむ。


「うわ、すっごいまるい」

「起こしちゃだめだよ」

 うさぎが言う。


「わかってるよー」

 そう答えたマリーの声も、いつもより少し小さかった。


 なんだか三人とも、その白猫の前では少しだけやさしい声になってしまう。


 夕方になるころには、三人の中に、なんとなく同じ気持ちが芽生えていた。


 この子、駅にいてくれたらいいのに。


 誰が最初に言ったわけでもない。

 でも、三人ともそう思っていた。


「駅で飼えないかな」

 ぽつりと、みこが言った。


 うさぎはすぐには答えなかった。


 だめだとわかっている。

 駅はみんなが来る場所だし、勝手なことはできない。

 でも、それでも。


「……できたら、いいけどね」


 そう返すのが精いっぱいだった。

 マリーはもう少しはっきりと言う。


「いてくれたら絶対楽しいのに」


「うん」

 みこも頷く。


 白い猫は、その時ちょうど前足をなめていた。

 まるで三人の話なんてどうでもいいみたいな顔で。

 でも、そのそっけなさまで可愛かった。




 それから数日。


 白猫は、追兎天神駅に居ついたみたいに毎日姿を見せるようになった。

 朝は売店の近く。

 昼はホームの端の日なた。

 夕方になると、改札の外の植え込みのそば。

 不思議なくらい、駅の中のあちこちにうまく居場所を見つけていた。


 三人も、すっかりその子がいる前提で動くようになっていた。

 みこは毎朝「今日もいる!」と嬉しそうに探すし、

 マリーは勝手に「新入り駅員」と呼ぶし、

 うさぎは「そういう呼び方はだめでしょ」と言いながら、結局いちばん気にしていた。


 そしてもちろん――


 三人だけの秘密みたいに、こっそり面倒を見始めていた。

 売店のおばちゃんに相談して水を置いたり。

 駅の隅に小さなお皿をそっと置いたり。

 人目につかないところで、少しだけ食べられそうなものを用意したり。


「ほんとに、こっそりだからね」

 うさぎは何度も言った。


「駅で飼ってるって思われたら、絶対だめだから」

「わかってるよー」

 マリーが言う。


「秘密の飼育だよね」

「その言い方もどうかと思うけど……」


 みこは白猫の前にしゃがみこんで、そっと笑う。


「でも、ちゃんと食べてくれると嬉しい」


 猫は三人の顔を見て、それから置かれたごはんを見る。

 少しだけ考えるみたいにしてから、ぱくっと食べた。


「食べた!」

 みこが目を輝かせる。


「ほんとだ」

 うさぎもほっとしたように笑う。


 マリーは得意げに腕を組む。


「やっぱりアタシたちのこと、好きなんだよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ。だって探検隊の隊員だもん」

「隊員じゃないよ」

 うさぎがつっこむ。


 でも、その会話すら、いつのまにか白猫の前でのいつもの風景になっていた。

 そんなふうに、少しずつ。

 少しずつ。

 白い猫は、三人の日常の中に入りこんできた。


 だからこそ――


 見つかった時の衝撃は、大きかった。


「これは、どういうことかな」


 その声に、三人の肩がびくっと揺れる。

 振り向くと、そこには駅長が立っていた。

 白猫はちょうど、お皿の前でのんびりごはんを食べているところだった。

 証拠は完璧だった。

 うさぎが真っ先に青ざめる。


「あっ……」


 マリーも、さすがに「あっ」としか言えない顔になる。

 みこはお皿と猫と駅長を交互に見て、完全に固まっていた。


 しばらくの沈黙のあと、うさぎが観念したように頭を下げる。


「……すみません」

「駅で飼うつもりだったわけじゃなくて、その……」


 言い訳しようとして、でもうまく言葉が続かない。

 だって、本当は少しだけそう思っていたからだ。

 駅にいてくれたらいいのに、と。


 駅長は怒鳴ったりはしなかった。


 ただ、白猫を見て、それから三人を見て、静かに言う。


「気にかけていたのはわかるよ」


 その言い方がやさしかったぶん、余計に胸が痛む。


「でも、駅は多くの人が来る場所だ」


 三人とも黙って聞く。


「猫にとっても、駅に来る人にとっても、ここを“飼う場所”にしてしまうのはよくない」


 その言葉は、まっすぐだった。

 やさしいけれど、ちゃんと現実だった。

 うさぎは小さく唇をかむ。


「……はい」


 マリーも珍しく素直にうなずく。


「ごめんなさい」


 みこは白猫を見ながら、少しだけ泣きそうな顔になっていた。


「じゃあ、この子……どうなるの」


 その小さな声に、駅長は少しだけ目を細めた。


 白猫は相変わらず、のんびりと前足をなめている。

 まるで、自分のことを話されているなんて知らないみたいに。


「そうだね……」


 駅長は少し考えるようにしてから、ふっと言った。


「確か、追兎天神の神使は白猫だったんじゃないかな」


「え?」

 みこが顔を上げる。


 駅長は白猫を見つめたまま続けた。


「昔、このあたりでは、瞳の青い白猫は縁起がいいって言われていた気がするよ」


 その言葉に、みこの目がぱちぱちと瞬く。


「青い目……」


 たしかに、この子の瞳は青かった。

 きれいな、澄んだ青。


 マリーも身を乗り出す。


「じゃあ、この子、追兎天神の猫かもってこと!?」

「そこまでは言ってないよ」


 駅長は少し苦笑した。


「でも、宮司さんなら何か知っているかもしれないね」


 みこの顔が、はっと変わる。


「……お父さん」


 そのひとことで、三人の空気が少しだけ動いた。

 うさぎもマリーも、みこのほうを見る。

 みこは白猫を見て、それから駅長を見て、小さく、でもはっきりと言った。


「お父さんに聞いてくる」


 その声には、さっきまでとは違う強さがあった。

 ただ困っているだけじゃない。

 この子のことを、どうにかしたい。

 そんな気持ちが、まっすぐに出ていた。


 駅長はやわらかくうなずく。


「うん。それがいい」


 白猫は、そんな人間たちのやり取りなんてまるで気にしていない顔で、しっぽをひとつだけ揺らした。


 追兎天神駅の夕方は、少しずつやわらかい色に変わっていく。

 その中で、三人は白い猫を見つめていた。


 まだ何も決まっていない。

 駅で飼えるわけでもない。

 でも、道が完全になくなったわけでもない。


 みこは胸の前で、小さく手を握る。


 お父さんに聞いてみよう。

 この子のこと。

 ちゃんと。


 そう決めた時、白猫がようやく三人のほうを見た。


 青い瞳が、夕方の光を映して小さくきらめく。

 その姿は、なんだか少しだけ特別に見えた。

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