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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
はじまりの駅

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20/47

地下通路の向こう側


 扉は、ぴたりと閉じたままだった。


 うさぎが押しても。

 マリーが引いても。

 二人で力を合わせても、びくともしない。


「うそ……」


 マリーが、さっきまでより少しだけ小さな声で言った。

 うさぎは取っ手を握ったまま、もう一度ぐっと力をこめる。

 でも、やっぱり開かない。


「なんで……」


 開かない。

 その事実が、ゆっくりと胸の中に沈んでいく。


 帰り道の先にあるはずの出口じゃない。

 見覚えのない扉。

 しかも、それは自分たちの前に立ち塞がったまま、開いてくれない。


 うさぎは、少しずつ自分の呼吸が浅くなっていくのを感じた。


「……帰れない」


 さっきこぼれたその言葉が、今度はもっと重く胸にのしかかる。

 マリーも扉を見つめたまま、珍しく黙っていた。

 通路の中を、ひゅう、と冷たい風が抜ける。

 それだけなのに、今はその音までいやに不気味だった。


「と、とにかく、ほかの道があるか見よう」

 うさぎが言う。


 声が少しだけ固い。

 でも、黙っていたらもっと怖くなってしまいそうだった。

 マリーはこくんと頷く。


「うん」


 二人は来た道を少し戻ってみる。

 でも、似たような壁。

 似たような配管。

 似たような薄暗さ。

 どこまでが戻った道で、どこからが違う道なのか、だんだんわからなくなってくる。


「こんなに長かったっけ……」

 マリーがぽつりと呟く。


「わかんないよ……」

 うさぎも小さく返す。


 来た時は、ただ“早く戻りたい”って思っていた。

 だからちゃんと道を見ていなかったのかもしれない。

 そのことが今になって、ずしんと重く感じられる。


「……スマホ」


 うさぎがはっとして、ポケットからスマホを取り出した。


「そうだ、連絡できるかも」


 マリーもすぐに自分のスマホを出す。

 二人そろって画面を見る。


 でも――


「圏外……」


 うさぎの声が、かすかに震える。

 マリーも黙って画面を見つめたあと、小さく息を吐いた。


「ほんとだ……」


 それが、じわじわと効いてきた。


 扉は開かない。

 道もよくわからない。

 スマホも使えない。


 つまり、本当に、自分たちだけでなんとかしないといけない。

 その現実が、通路の冷たさよりもずっといやだった。


「うさちゃん……」


 マリーが、めずらしく少し頼りない声を出す。

 うさぎはその声に、どきりとした。

 マリーちゃんがこんな声を出すのを、あまり聞いたことがない。

 いつもなら、「なんとかなるって!」とか、「だいじょーぶだよ!」とか、そういうことを先に言うのに。

 今の声は、ほんの少しだけ震えていた。

 うさぎは思わず、ぎゅっとマリーの手を握り直す。


「……だいじょうぶ」


 言ったのは自分なのに、声にあまり自信がない。

 それでも、言わなきゃいけない気がした。


 怖い。

 本当はすごく怖い。

 暗いし、わからないし、帰れないかもしれないし、こんなのぜんぶ苦手だ。


 でも、ここで自分まで完全にだめになったら、もっとだめな気がした。

 だから、うさぎは小さく息を吸う。


「わたしが、なんとかするから」


 その言葉に、マリーが少しだけ目を丸くする。


 うさぎは自分でもおかしかった。

 怖いのに。

 泣きそうなのに。

 本気では帰りたいのに。


 でも、マリーちゃんが隣で黙っていると、逆に自分がしっかりしなきゃと思ってしまう。


「えっと……たぶん、どこかに別の出口とか、あるはずだから……」


 言いながら、自分でも心もとなかった。

 でもマリーは、それでもちょっとだけ安心したみたいな顔をする。


「うん……」


 その返事が聞こえた瞬間、

 うさぎは胸の奥で、少しだけ腹をくくった。


 怖いけど。

 でも、立ち止まってるだけじゃもっと怖い。


「もう一回、扉のところまで戻ろう」

「うん」


 二人はまた、さっきの扉の前まで戻った。

 通路の中は相変わらず薄暗くて、空気はひんやりしている。

 配管の影が、なんだか変な形に見えてしまって、うさぎはあまり見ないようにした。


「……やっぱり、ここしかないよね」


 うさぎが言うと、マリーもうなずく。


「だね」


 扉は相変わらず閉ざされたままだ。


 うさぎはもう一度、取っ手に手をかけた。


 押す。


 引く。


 動かない。


 マリーもいっしょに手を添える。


 それでもだめだ。


「もう……」


 うさぎの声が、少しだけ詰まる。


 だめだ。

 ほんとうに開かない。


 静かな通路の中で、二人の荒い息だけがやけに近く聞こえる。


「うさちゃん」

「……なに」

「その……ごめん」


マリーがぽつんと言う。

うさぎは思わず顔を上げた。


「なんでマリーちゃんが謝るの」

「だって、探検しようって言ったのアタシだし」

「……わたしも止めなかったし」

「でもアタシが――」

「今それ言っても仕方ないでしょ」


 うさぎは少しだけ強く言った。

 強く言ったつもりなのに、最後は少し震えてしまった。


 マリーはその顔を見て、それ以上は何も言わなかった。

 代わりに、うさぎの手を握り返してくる。

 それだけで、うさぎは少しだけ泣きたくなる。


 怖かった。

 暗いのも。

 わからないのも。

 帰れないかもしれないのも。


 でもたぶんいちばん怖いのは、

 本当に誰も来なかったらどうしよう、ということだった。


 その時だった。


 ギギギギギ……


 突然、目の前の扉が、重々しい金属音を立てた。


「ひっ……!」


 うさぎの肩が大きく跳ねる。

 マリーもびくっとして、うさぎの腕にしがみついた。


「な、なに!?」

「し、知らないよぉ!?」


 扉が、少しずつ動いている。

 自分たちは触っていない。


 なのに。


 ゆっくりと、音を立てながら、扉が開いていく。

 うさぎはもう本気で泣きそうだった。


 怖い。

 これがいちばんだめなやつだ。

 絶対、今いちばん見たくない開き方だ。


「う、うさ姉さま〜! マリちゃ〜ん!」


 向こう側から、聞き慣れた声がした。


「……え?」


 二人の動きがぴたりと止まる。


 次の瞬間、開いた扉のすき間から、みこの顔がのぞいた。

 その後ろには駅長さんもいる。


「いたーっ!」


 みこがぱっと明るい声を上げる。

 それを見た瞬間、うさぎの膝から一気に力が抜けそうになった。


「みこ……ちゃん……」

「もう、心配したんだよ!」


 みこは半分泣きそうで、半分怒っているような顔だった。

 その横で、駅長が少し息をつきながら言う。


「物置から探していたけど見つからなくて……やっぱり、こっちの通路に迷い込んでいたんだね」

「こっちの……」


 マリーが呟く。

 駅長は扉の横を見て、小さく首を振った。


「古い配管が外れて引っかかっていたみたいだ。中からじゃ開かなかっただろうね」


 その言葉で、ようやく全部がつながった。

 ここは、出口ではあったのだ。

 ただ、物置へ戻る正しい道じゃなかった。

 途中で似た通路に入ってしまって、別の出口の前まで来てしまっていたのだ。

 しかも、そこはたまたま配管が引っかかって、内側から開けられなくなっていた。


 助かった。

 ちゃんと助かった。


 その実感が、うさぎの中にじわじわと広がっていく。


 広がっていくのに、胸の奥は逆に苦しくなる。

 安心したら、今度は我慢していたものがいっぺんにこみ上げてきた。


「うさちゃん?」


 マリーが声をかける。

 うさぎは答えられなかった。

 代わりに、ぽろっと涙がこぼれた。


「あ……」


 自分でも驚く。

 でも、止められなかった。


「こ、こわかったぁ……」


 そう言った瞬間、もうだめだった。

 声まで震えて、涙が次々こぼれてくる。

 ずっと我慢していたぶん、安心したら全部ほどけてしまった。


 みこが目を丸くする。


「うさ姉さま……!」


 マリーは一瞬だけびっくりした顔をしたけれど、

 次の瞬間には、いつもの調子に戻ったみたいにけらけら笑い始めた。


「うわ、うさちゃん泣いてる!」

「わ、笑わないでぇ……!」

「だってほんとに怖かったんだもんね!」

「マリーちゃんだって怖がってたでしょ!」

「ちょっとだけ!」

「しがみついてたくせに!」

「それは安全確認!」

「真似しないで!」


 泣きながら言い返すうさぎに、みこも思わずくすっと笑ってしまう。


 さっきまでの怖さが、少しずつほどけていく。

 駅長はそんな三人を見て、やれやれというように目を細めた。


「無事でよかったよ」


 その一言に、うさぎは泣きながらこくこく頷いた。


「はい……」

「すみません……」


 マリーも、今度はちゃんと頭を下げる。

 みこもぺこりと頭を下げた。

 駅長は、しばらく三人を見ていた。

 それから、通路の奥へちらりと目を向ける。


 うさぎは涙をぬぐいながら、小さく聞いた。


「あの……この通路って、なんなんですか?」


 マリーもすぐに顔を上げる。


「やっぱり秘密の地下通路?」


 みこはさらに一歩前へ出た。


「宝物庫とかあるの?」


 駅長は、その質問にすぐには答えなかった。

 ほんの少しだけ困ったように笑って、それから静かに言う。


「入っちゃダメだよ」

「ええーっ」


 三人の声がそろう。


 でも駅長は、それ以上は何も言わなかった。

 ただ、「ほら、戻るよ」とだけ言って、先に歩き出す。

 うさぎとマリーとみこは、顔を見合わせた。


 地下通路は、本当にあった。

 しかも、まだ何か隠していそうな顔までされた。

 謎は深まるばかりだ。


 でも今は、それよりも地上の明るさがありがたかった。


 追兎天神駅の物置へ戻った時、うさぎはまだ少しだけ目元が赤かった。

 それを見てマリーがまた笑うので、うさぎは「もうっ」と頬をふくらませる。

 みこはそんな二人を見て、うれしそうに言った。


「でも、ほんとに探検隊っぽかったね」

「よくない探検だったよ……」


 うさぎはそう言いながらも、少しだけ笑った。


 怖かった。

 でも、ちゃんと戻ってこられた。

 それだけで今は十分だった。


 そして、あの通路の向こうに何があるのか。

 その答えは、まだ誰も知らないままだった。

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