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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
はじまりの駅

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18/46

非常ボタンの向こう側


 追兎天神駅の朝は、今日もにぎやかだった。

 改札を抜ける人。

 ホームへ向かう人。

 売店の前で足を止める人。

 

 いつもの流れの中に、いつもの三人の姿がある。

 そのうちの二人――マリーとみこは、駅の柱のそばでぴたりと足を止めていた。


 そこにあるのは、赤い丸いボタン。

 非常ボタンだ。


 みこはそれを見上げながら、きっぱりと言った。


「押しちゃダメだよ」


 その声は、前よりずっとしっかりしていた。

 マリーが「えーっ」と口をとがらせる。


「そんなこと言わないで、話を聞いてよ」

「聞くだけならいいけど……押さないからね」


 みこは両手を胸の前でぎゅっと握った。

 その言い方がやけに真面目で、マリーはにやっと笑う。


「今回はね、前とはちがうんだよ」

「前も、ちがうって言ってた」

「今回はほんとにちがう!」

「ほんとかなぁ……」


 みこはちょっと疑わしそうにボタンを見る。

 前に“幸せのボタン”と言われて、あやうく押しそうになったことを、まだちゃんと覚えているのだ。

 だから今回は、簡単にはひっかからない。


 ……はずだった。


 マリーはそんなみこの顔を見て、声をひそめた。


「実はね、このボタン」

「うん」

「押すと、秘密の地下通路が開くんだよ」


 みこの目が、ぱちっと大きくなる。


「ち、地下通路……?」

「そう」


 マリーは真顔でうなずいた。


「追兎天神駅の地下にはね、ふつうの人は知らない秘密の道があって――」


 そこでわざと少し間を置く。

 みこはごくりとつばを飲んだ。


「その入り口が、このボタンの向こうにあるの」

「向こうって、壁だけど……」

「それは表向き!」

「表向き……!」


 みこの中で、何かが少しずつぐらつき始める。


 押しちゃダメなボタン。

 でも、秘密の地下通路。

 その組み合わせは、ずるかった。


「地下通路って……どこに行けるの?」


 思わず聞いてしまう。

 マリーは待ってましたとばかりに笑った。


「それは、入ってからのお楽しみ」

「わあ……」

「駅の下をずーっと通っててね、もしかしたら宝物庫とか、秘密の部屋とか……」

「宝物……!」


 みこの声が、少しだけ弾む。

 マリーはさらに畳みかける。


「それに、探検隊っぽくない?」

「た、たしかに……!」


 みこの目が、きらきらし始める。


 探検隊。

 秘密の地下通路。

 宝物。


 その言葉たちは、みこの心の中の“わくわくするところ”を正確にくすぐってきた。

 でも、みこはぐっとこらえるように首を振る。


「でも、押さないよ」

「そうなの?」


 マリーは残念そうに眉を下げる。


「押したらすごい発見があるかもしれないのに」

「で、でも……非常ボタンだし……」

「そうだよ?」

「そうだよって……」


 マリーは柱にもたれながら、いかにも惜しそうに言った。


「みーちゃんが隊員になってくれたら、アタシ隊長としてはすごく心強いんだけどなぁ」

「た、隊員……」


 みこの胸がどきんと鳴る。


 隊員。


 その響きもちょっと魅力的だった。


「でも押さない」

「えらい」

「えへん」


 ちょっとだけ誇らしげに胸を張るみこ。

 けれど視線は、まだボタンから離れていない。

 マリーがそれを見て、くすっと笑った。


「でもね、ほんとはちょっと気になってるでしょ」

「き、気になって……ないよ」

「じゃあなんでそんなに見てるの?」

「それは……地下通路があるなら、ちょっと見たいなって……」

「気になってるじゃん」

「うっ……」


 みこが言葉につまる。


 その時だった。


 ピーッ!、ピーッ!、ピーッ!


 駅の中に、鋭いアラーム音が響いた。


 みこは飛び上がりそうなくらいびっくりした。


「ひゃっ!?」


 マリーもさすがに目を丸くする。

 アラームは、まちがいなく非常ボタンの作動音だった。


「わ、わたし、押してないよね!?」


 みこが両手をぶんぶん振る。


「どうして!?」


 マリーは一拍だけ真顔になって、それからにやっと笑った。


「みこちゃんの念力だよー」

「ね、念力!?」

「地下通路に呼ばれたんだよ」

「そんなわけないよぉ!?」


 みこは半泣きみたいな顔でボタンと自分の手を見比べる。

 押していない。

 ほんとうに押していない。

 でも、鳴っている。

 じゃあどうして?


「ど、どうしよう、どうしよう……!」


 その場であわあわしていると、聞き慣れた声が飛んできた。


「だいじょうぶだよー!」


 うさぎだった。

 小走りでこちらへやって来る。


「今、設備点検で動作確認してるんだって」

「……え?」


 みこがぴたりと止まる。


「て、点検?」

「うん」


 うさぎは少し息を整えてから続けた。


「駅員さんが今ちょうど確認してるところだったの。だからびっくりしなくて大丈夫」


 その言葉に、みこの肩から力が抜ける。


「そ、そっかぁ……」


 そのままへなっとしゃがみこみそうになる。


「よかったぁ……」


 マリーはそんなみこを見て、けらけら笑った。


「念力じゃなかったね」

「もう! マリちゃん!」

「でも、ちょっとそれっぽかったよ?」

「それっぽくないよぉ!」


 みこがほっぺたをふくらませる。


 うさぎは二人を見比べて、小さくため息をついた。


「また非常ボタンの前で変なことしてたの?」

「変なことじゃないよ」


 マリーが胸を張る。


「探検隊の大事な作戦会議」

「なにそれ」

「このボタンを押すと秘密の地下通路が開くらしいよ」

「らしいよ、じゃないよ」


 うさぎがすぐにつっこむ。


「そんなわけないでしょ」

「でも隊長はそう言ってた!」


 みこが言う。


「隊長?」

「マリー隊長」

「隊長になってる……」


 うさぎは思わず額に手を当てた。


 でもその一方で、少しだけ気になる単語でもあった。


 隊長。

 地下通路。

 探検隊。


 みこが妙に目を輝かせているところを見ると、たぶんこの話はこれで終わらないのだろう。

 マリーはそんなうさぎの顔を見て、得意そうに笑った。


「うさちゃんも入りたいなら、今なら入隊できるよ?」

「しないよ」

「即答だ」

「当たり前でしょ」

「でも、地下通路だよ?」

「ないから」

「あるかもしれないじゃん」

「ないよ」


 みこがその横で、そっと言った。


「……でも、ちょっとだけあったらいいな」


 うさぎはその一言に弱かった。


「みこちゃんまで……」

「秘密の通路、ちょっと楽しそう」

「ほらー!」


 マリーがすぐに食いつく。


「みーちゃんはわかってる!」

「でも押さないからね」


 みこはすぐにきりっとした顔に戻った。

 その言い方があまりにも真面目で、うさぎは思わず笑ってしまう。


「うん、それはえらい」

「えへへ」


 ほめられて、みこはちょっとだけ得意げになる。


 その時、少し離れた場所で点検をしていた駅員さんがこちらを見て苦笑した。

 どうやら、さっきのやりとりも少し聞こえていたらしい。

 うさぎはあわててぺこっと頭を下げる。


「すみません……」

「いえいえ」


 駅員さんは笑いながら手を振った。


「押してないなら大丈夫ですよ」


 みこはその言葉に、もう一度ほっとしたように息をついた。


 追兎天神駅の朝は、今日もにぎやかだ。

 ボタンの向こうに秘密の地下通路なんて、本当はないのかもしれない。

 でも、そんな話をしているだけで少しわくわくしてしまう朝も、きっと悪くない。


マリー隊長と、みこ隊員。


そこに、現実担当のうさぎがひとり。


そんな三人の姿を見ていると、駅の柱のそばの小さなやりとりまで、なんだかちょっとした冒険の始まりみたいに思えてくるのだった。

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