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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
はじまりの駅

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16/46

終電のあとの駅で


 追兎天神駅の夜は、終電が行ってしまうと急に静かになる。


 ついさっきまで人の気配が残っていたホームも、今はもう、蛍光灯の白い光と、遠くに消えていくレールの余韻だけだった。

 駅長は改札の外を見つめたまま、小さく息をつく。

 さっきまでそこにいた三人の姿は、もう見えない。

 うさぎとマリーが、眠ってしまったみこを家まで送っていったのだ。


「……無事でよかったですね」


 後ろから声がした。

 振り向くと、若い駅員が記録簿を抱えながら立っていた。


「ええ。本当に」


 駅長は静かにうなずく。

 それから事務所の中へ戻り、いつもの机に腰を下ろした。

 駅員も向かいの席へ座る。

 記録簿を開く音。

 ペン先のかすかな音。

 駅の一日が、ようやく終わっていく。

 でも今夜は、いつもより少しだけ長く感じた。


「みこちゃん、ずいぶんがんばってたんですね」


 駅員が書類を見ながら言う。


「美久宮駅までは、ちゃんと行けてたんですもんね」


「ええ」


 駅長は頷く。


「書類も、きちんと届けていたそうです」


 そこまでは、立派だった。

 本当に立派だった。

 だからこそ、そのあとのことが胸に引っかかる。


 知らない駅で、どれだけ不安だっただろう。

 誰かに聞けばよかったのに、それができなかった。

 その小さな背中を思い浮かべて、駅長は少しだけ目を伏せた。


「まじめなんですよね、あの子」


 駅員がぽつりと言う。


「まじめすぎるくらいに」

「そうですね」


 駅長は少しだけ笑った。


「任されたことを、ちゃんとやろうとする子です」

「うさぎちゃんも、そういうところありますよね」

「ああ」


 その名前が出ると、駅長の声も少しやわらかくなる。


「うさぎちゃんは、責任感が強いですからね」


 言われた仕事をきちんと覚える。

 相手の様子をよく見て動く。

 困っている人がいたら放っておけない。

 まだ高校生なのに、時々こちらが驚くくらいしっかりしている。


 でも――


「しっかりしすぎて、抱え込む時もありそうですけどね」


 駅員がそう言うと、駅長は静かにうなずいた。


「ええ。あの子は、自分でなんとかしようとしすぎるところがあります」


 それでも今日、みこを迎えに行くと決めた時のうさぎの顔は、迷いがなかった。

 ためらいなく立ち上がって、まっすぐ「迎えに行こう」と言った。

 ああいう子がいると、まわりも自然に前を向けるのだろう。


「マリーちゃんも、なんだかんだで頼りになりますしね」


 その言葉に、駅長は少しだけ苦笑した。


「本当に困った子ですよ」

「またそんなこと言って」


 駅員が笑う。


「でも駅長、あの子の笑顔には弱いでしょ」

「……否定はしません」

「やっぱり」


 駅長は記録簿に目を落としたまま、小さく息をついた。

 マリーは本当に困った子だ。

 思いつきで動く。

 余計なこともする。

 時々、こちらの予定までひっくり返してくる。

 それなのに、なぜか本気で怒りきれない。

 明るくて。

 人なつっこくて。

 こちらが構える前に、もう笑っている。

 あの子がいると、駅の空気が少し軽くなるのはたしかだった。


「三人、ほんとにバランスがいいですよね」


 駅員が言う。


「マリーちゃんが動いて、うさぎちゃんが整えて、みこちゃんが一生懸命ついていく感じ」

「そうですね」


 駅長も自然にうなずいた。


 不思議な三人だと思う。

 しっかり者のうさぎ。

 明るさの塊みたいなマリー。

 まっすぐで、まだ危なっかしいみこ。

 タイプはぜんぜん違うのに、三人でいると妙にちゃんとかみ合って見える。


 駅員は記録を書き込みながら、ふと口を開いた。


「でも、地域貢献科の子たちって、今まであんまり続かなかったですよね」


 その言葉に、事務所の空気が少しだけ静かになる。

 駅長は、ペンを持つ手を止めた。


「ええ」


 短く答える。


 地域貢献科。


 名前だけ見れば立派だし、聞こえもいい。

 でも実際は、地味で、細かくて、気を配ることばかりの仕事だ。

 誰かと向き合うことも多い。

 責任もある。

 思っていたのと違った、と離れていく子は少なくなかった。

 最初は興味を持っても、続ける前にいなくなってしまう。

 そんなことが何度もあった。


「だから先輩もいないんですね」


 駅員がぽつりと言う。


「ええ。今の三人より上で残っている子は、いませんから」


 言葉にすると少し寂しい事実だった。

 でも、だからこそ今の三人は特別に見える。


「辞めないでほしいですね」


 駅員のその一言に、駅長は顔を上げた。


「……ええ」


 それは本音だった。

 うさぎたちには、続けてほしい。

 できれば、楽しいだけじゃないこの仕事の良さも知ってほしい。

 誰かの役に立つことの重さも、やさしさも。

 そして、この駅で過ごす時間を、好きになってほしい。


「きっと、大丈夫ですよ」


 駅員が笑う。


「今日のことがあっても、あの子たち、たぶん明日も来ます」


 その言い方に、駅長も少しだけ笑った。

 たしかにそうだ。

 落ち込むことはあるだろう。

 失敗もするだろう。

 でも、あの三人は、そこで終わるような子たちではない気がする。


「……そうですね」


 駅長は頷いた。


「彼女たちは、ちゃんと前を向ける子たちです」


 それから、少しだけ間を置いて続ける。


「だから私たちも、できるだけ支えてあげたいですね」


 駅員が、うれしそうに「はい」と返す。


「応援してあげましょう」


 終電のあとの駅は静かだった。

 けれどその静けさは、冷たいものではない。

 一日が終わったあとの、やわらかな静けさだ。

 

 記録簿に今日の出来事を書き込みながら、駅長は改札の向こうを思い浮かべる。

 明日になれば、またあの三人の声が聞こえるだろう。

 マリーが笑って。

 みこが元気いっぱいに挨拶して。

 うさぎが少し困った顔をしながら、それでもちゃんと隣にいる。

 その光景を思うと、不思議と胸の奥があたたかくなった。


 追兎天神駅の一日は終わる。


 けれど、あの子たちの物語は、まだ始まったばかりだ。

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