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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
はじまりの駅

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14/40

はじめての単独業務

挿絵(By みてみん)



 追兎天神駅の朝は、いつもより少しだけ慌ただしかった。

 ホームには、ふだんより人の流れが多い。

 改札の前でも、駅員たちが行き来しながら声をかけ合っている。


「臨時列車、まもなく入ります!」


「ホームの案内、お願いします!」


「売店の補充、先に回しますね!」


 朝の駅に流れる、いつものにぎわい。

 でも今日は、その中にもうひとつ、少しだけぴんと張った空気が混じっていた。


「今日はずいぶん忙しそうだね」


 うさぎがそう言うと、隣のマリーがうんうんと大きく頷いた。


「なんかみんな早歩きだよね。駅までシャキシャキしてる感じ!」


「駅まで、って……」


 うさぎは小さく苦笑する。

 でも、たしかに今日はいつもより忙しい。

 臨時列車が来る日は、人の動きも増えるし、駅の空気も変わる。


 そんな中で、みこは小さな背筋をぴんと伸ばして立っていた。


 制服よし。

 赤いリボンよし。

 姿勢も、たぶんよし。

 やる気は――もちろん、たっぷりだ。


「よぉし……!」


 こっそり小さく気合いを入れる。


 その時だった。

 駅長が事務所の前で、書類を手にしたまま困ったように立ち止まっているのが見えた。


「あれ?」


 うさぎが気づいて足を止める。


「駅長さん、どうしたんだろう」


 みこも、ぴこっと顔を上げた。

 駅長は手元の封筒と時計を見比べて、それからホームのほうへ目を向けている。

 誰かに頼みたいのに、みんな手が離せない。

 そんな顔だった。


「何かあったのかな」


 マリーが首をかしげる。


 うさぎがそっと近づくと、駅長は気づいて小さく笑った。


「おはよう、三人とも」


「おはようございます」


 うさぎが挨拶すると、みこもすかさずぺこりと頭を下げる。


「お、おはようございますっ!」


「おはよーございますっ!」


 マリーはいつもの調子で手を振った。


 駅長は少しだけ肩をすくめる。


「いやあ、ちょっと困っていてね」


「困ってるの?」


 マリーがすぐに身を乗り出す。

 駅長は手にしていた封筒を持ち上げた。


「この書類を、三つ先の美久宮駅まで届けないといけないんだけど、今日は臨時列車の対応があって、みんな手が離せなくてね」


「三つ先の駅……」


 うさぎが小さく繰り返す。

 たしかに、今の駅の様子を見ると、誰かを送り出す余裕はなさそうだった。


「届けるだけなら、そこまで難しい仕事ではないんだけどね」


 駅長は困ったように笑う。


「でも、こういう日は“届けるだけ”がいちばん難しかったりするんだ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 みこの胸の中で、何かがぴんっと跳ねた。

 三つ先の駅まで。

 書類を届ける。

 駅の仕事。

 それって――


「わたし、行くよ!」


 気づいたら、声が出ていた。


 うさぎもマリーも、駅長も、そろってみこのほうを見る。

 みこはちょっとだけどきどきしながらも、胸を張った。


「わたしが届ける!」


 その目はきらきらしていた。

 役に立てるかもしれない。

 ちゃんと任せてもらえるかもしれない。

 そんな期待が、全身からあふれているみたいだった。


「みこちゃんが?」


 うさぎが少し驚いたように言う。


「うん!」


「でも……」


 うさぎはすぐには言葉を続けられなかった。

 任せたい気持ちはある。

 でも、少し心配でもある。

 その迷いが顔に出ていた。


 マリーはみこを見て、それから駅長を見る。


「たしかに、届けるだけならいけるかも?」


「うーん……」


 駅長はみこを見つめた。


「美久宮駅は、ここより少し大きい駅なんだよ」


「大きい駅?」


 みこがきょとんとする。


「うん。ホームも広いし、改札もいくつかある。慣れていないと、少し迷いやすいかもしれない」


 その説明を聞いて、うさぎの表情が少しだけ曇った。


「みこちゃん、大丈夫かな……」


「大丈夫だよ!」


 みこはすぐに言った。


 あまりにも早い返事だったので、うさぎが思わず目を瞬く。


「ちゃんと行って、ちゃんと渡して、ちゃんと帰ってくる!」


「でも、知らない駅なんでしょ?」


「まかせてよ!」


 みこはさらに胸を張る。


 その姿は、頼もしいような、少し危なっかしいような、そんなぎりぎりのところにいた。


 マリーはにっと笑った。


「おおー。みーちゃん、かっこいい」


「でしょ!」


 褒められて、みこの背筋がさらに伸びる。

 うさぎはそんなみこを見て、少しだけ困ったように笑った。

 この子は本当に、一生懸命だ。

 役に立てると思った時のまっすぐさが、見ているだけで伝わってくる。

 でも、それと同じくらい、無理しそうなところも知っている。


 駅長もまた、少し考えるようにしてから言った。


「届けるだけなら、難しい仕事ではないよ。でも、わからなくなったら駅員さんに聞くんだよ?」


「うん!」


「ひとりで全部なんとかしようとしないこと」


「うん!」


 みこは元気よく頷く。

 でもその“うん”が、ちゃんと届いているのかは少しだけ怪しい。

 うさぎはそんな気がした。


「みこちゃん」


 うさぎは、みこの目線に合わせるように少しかがむ。


「困ったら、ちゃんと人に聞いていいんだからね?」


「だいじょうぶ!」


 みこは笑顔で答える。


「まかせてよ、うさ姉さま!」


 その言葉に、うさぎはますます不安になる。

 だいじょうぶじゃない時ほど、この子はそんなふうに言う。

 本当に頑張る気満々の時ほど、こうやって胸を張るのだ。


 でも今ここで「やっぱりだめ」と止めるのも違う気がした。


 みこにとってこれは、はじめての大事な業務だ。

 任されたい。

 できるって思ってほしい。


 そんな気持ちが、手に取るようにわかる。

 うさぎは少し迷ってから、やわらかく笑った。


「じゃあ……気をつけて行ってきてね」


 その言葉に、みこの顔がぱっと明るくなる。


「うん!」


 マリーもすかさず口をはさむ。


「ちゃんと届けたら、帰ってきた時いっぱい褒めてもらえるかもよ!」


「ほんと!?」


「たぶん!」


「たぶんなんだ……」


 うさぎが小さくつっこむ。


 でも、みこはもうその気になっていた。

 いっぱい褒めてもらえる。

 うさ姉さまに。

 もしかしたらマリーちゃんにも。

 駅長さんにも、ちゃんとできたって言ってもらえるかもしれない。

 そう思うだけで、胸がぽかぽかする。


 駅長は封筒をみこに手渡した。


「これを、美久宮駅の駅長さんに届けてきてくれるかな」


「はい!」


 みこは両手で大事そうに封筒を受け取る。

 なんだか少しだけ、その重みが誇らしかった。

 ただの紙じゃない。

 任されたものだ。

 自分が届ける、大事なものだ。


「では、業務に行ってまいります!」


 みこがぴしっと敬礼みたいなことをすると、マリーが楽しそうに笑った。


「いってらっしゃーい!」


 うさぎも微笑む。


「ほんとに気をつけてね」


「うん!」


 みこは元気いっぱいに頷くと、そのまま改札のほうへ駆けていった。

 小さな背中。

 でも今日は、いつもより少しだけ大きく見えた。

 うさぎはその後ろ姿を見送りながらも、胸の中に小さなざわめきを感じていた。


 だいじょうぶかな。

 ちゃんと行けるかな。


 でも同時に、みこちゃんが自分でやるって決めたことを応援したい気持ちもある。


「うさちゃん、心配?」


 隣でマリーが聞く。


「……うん。ちょっとだけ」


「だいじょうぶだよ」


 マリーはあっさり言った。


「みーちゃん、今日はすっごくやる気だったし!」


「やる気があるのは知ってるんだけど……」


「でも、そういう時のみーちゃんって強いじゃん」


 うさぎは少し考える。

 たしかにそうかもしれない。

 みこは不器用だけど、一生懸命に頑張る子だ。

 それでもやっぱり、ほんの少しの不安は消えなかった。


 そのころ、みこは電車の中にいた。


 封筒を膝の上にのせて、ちょこんと座っている。

 窓の外を流れていく景色。

 聞き慣れたアナウンス。

 でも今日は、いつもより全部が特別に見えた。

 自分ひとりで業務に行く。

 それだけで、なんだか大人になったみたいな気分になる。


「えへへ……」


 思わず笑ってしまう。

 ちゃんと届けて。

 ちゃんと帰って。

 うさ姉さまに「えらかったね」って言ってもらえたらどうしよう。

 頭をなでてもらえるかもしれない。

 やさしく笑ってもらえるかもしれない。

 そんなことを考えるだけで、みこの頬はゆるみっぱなしだった。


 やがて、三つ先の美久宮駅に着く。

 追兎天神駅より大きな駅だった。

 ホームも広い。

 人も多い。

 案内板もたくさんある。


「わあ……」


 みこは思わずきょろきょろした。

 たしかに、少し迷いそうだ。

 でも今日は、任された業務をちゃんとやる日だ。

 みこは封筒をぎゅっと抱えて、駅員さんのいる場所を探した。

 少しうろうろして、でもちゃんと駅長室の場所を聞いて。

 無事に美久宮駅の駅長さんへ書類を渡すことができた。


「追兎天神駅からの書類です!」


 胸を張ってそう言うと、受け取った駅長さんはやわらかくうなずいた。


「連絡をもらって待ってたよ。助かった、ありがとう」


「はい」


 みこも、ぴんと背筋を伸ばして頷く。

 駅長さんは封筒を受け取りながら、にこりと笑った。


「業務お疲れさま。気をつけて帰るんだよ」


「はい!」


 その一言で、みこの胸はまたぽかぽかになった。


 ちゃんと来られた。

 ちゃんと届けられた。

 しかも、“業務お疲れさま”って言ってもらえた。

 やった。

 ほんとうに、やった。


「では、失礼します!」


 元気いっぱいに頭を下げて、みこはまた駅の中を戻っていく。


 さっき来た時より、少しだけ足取りが軽い。

 さっきより、少しだけ自信もある。

 大きな駅だったけど、なんとかなった。

 ちゃんと業務できた。

 うさ姉さま、褒めてくれるかな。

 マリーちゃんも、すごいって言ってくれるかな。


 そんなことを考えながら、みこはホームへ向かった。

 ちょうど電車が入ってくるところだった。


「帰りの電車だ」


 みこはほっとしたように、その車両へ乗り込む。

 ドアが閉まる。

 ふう、と小さく息をついた。

 窓の外には、大きな駅のホーム。

 人の流れ。

 遠くの案内表示。

 みこは窓の外を見ながら、小さく笑った。


「……うさ姉さま、褒めてくれるかな」


 そして、電車は静かに動き出した。


 みこはまだ、気づいていない。

 その電車が、追兎天神駅には止まらない特急だったことに。

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