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ひとひらびより  作者: 追兎電鉄広報部
はじまりの駅

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12/40

うさぎちゃんの秘密

挿絵(By みてみん)



 追川家の朝は、今日もやわらかかった。

 障子越しに入る光。

 台所のほうから聞こえる小さな物音。

 まだどこか眠たさの残る家の空気。


 そんな中で、雪乃はめずらしく少しだけ足取りが軽かった。


「えへへ……」


 小さく笑ってしまう。


 自分でも、ちょっと子どもっぽいと思う。

 でも、うれしいものはうれしいのだから仕方がない。

 今日は、どうしても早く伝えたかった。

 うさちゃんに。


 こういう時、雪乃が真っ先に顔を思い浮かべるのは、いつだって妹だった。


「うさちゃん、いるかな」


 そう呟いて廊下を歩く。

 その手には、小さな箱があった。


 つやのある上品な箱。

 このあいだ駅に落とし物として届いて、三人をそわそわさせた、あの伝説のケーキのお店の箱だ。

 今日はたまたま朝早く通りかかったら、奇跡みたいに買えたのだ。


 帰ってきて、その話をした時のうさちゃんの顔。

 ほんとはすごく気になってたものね。

 そう思うと、また少し笑ってしまう。


 ノックをしようとして――


 でも、うれしい気持ちのほうが少しだけ先に出た。


「うさちゃん、聞いて聞いて――」


 そのまま、扉を開ける。


 そして、止まった。


 部屋の中には、うさぎがいた。


 鏡の前に立っている。


 でも、いつものうさぎではなかった。


 ふわっと広がるスカート。

 胸元の大きなリボン。

 きらきらした装飾。

 白とピンクを基調にした、いかにも“魔法少女”みたいな衣装。


 うさぎも、固まっていた。


 扉のほうを見たまま、ぴしっと動かない。


 雪乃も、一瞬だけまばたきを忘れる。


 静寂。


 ほんの数秒だったはずなのに、妙に長く感じた。


 先に動いたのは、うさぎだった。


「……お、お姉ちゃん?」


 その声が、少しだけうわずっている。


 雪乃はそこでようやく我に返った。


「あっ……ご、ごめんね」


 慌てて言う。


 けれど、いまさら扉を閉めても遅い。


 見た。


 完全に見てしまった。


 うさぎの顔が、みるみる赤くなる。


「お姉ちゃん……ノックしてよ……」


 その声は小さい。


 怒っているというより、恥ずかしくて消えそうな声だった。


「ご、ごめんなさい……」


 雪乃は素直に謝るしかなかった。


 本当なら、ちゃんとノックするべきだった。

 でも、うれしいことがあって、ついそのまま開けてしまったのだ。

 けれど、うさぎにとっては、たぶんかなり大変な瞬間だった。


 魔法少女の格好のまま見つかったのだから。


 うさぎはしばらく雪乃を見ていた。


 それから、観念したように小さく息をつく。


「……お姉ちゃん、びっくりした?」


 雪乃はその問いに、少しだけ考えてから答えた。


「そうね」


 そして、やわらかく笑う。


「魔法少女なのは、びっくりしたわ」


 うさぎの頬が、また赤くなる。


「や、やっぱり……」


 恥ずかしそうに目をそらす。


 さっきまで鏡の前に立っていたのに、今はもう自分の格好を見られるのがいやでたまらない、という感じだった。


「もしかして……」


 うさぎが、おそるおそる聞く。


「前から知ってた?」


 雪乃は少しだけ首をかしげた。


「さあ、どうかしら」


 その答えに、うさぎがじとっとした目を向ける。


「その言い方、知ってる時のやつでしょ」


「うふふ」


「お姉ちゃん……」


 うさぎはもう、どうしたらいいのかわからないようだった。


 怒っていいのか。

 隠したいのか。

 説明したいのか。

 たぶん、自分でも整理がついていない。


 ただひとつ、たしかなのは。


 すごく恥ずかしい。


 雪乃はそんな妹の様子を見ながら、部屋の中へそっと入った。


「うさちゃん」


「……なに」


「そんなに、こわい顔しなくても大丈夫よ」


「こわい顔なんてしてないもん」


「してるわよ」


 雪乃がそう言うと、うさぎはむっとしたように口をとがらせた。

 でも、それさえ今は少し可愛く見えてしまう。

 うさぎは視線を落として、自分のスカートの裾をぎゅっとつまんだ。


「お姉ちゃん……」


「うん?」


「私のこと、変だと思うでしょ」


 その言葉に、雪乃の表情が少しだけ変わる。


 変だと思うでしょ。

 それは、うさぎが本当に気にしていることなのだとわかった。

 ただ見つかったのが恥ずかしいだけじゃない。

 お姉ちゃんに、どう思われるかがこわいのだ。


 雪乃はまっすぐ、うさぎを見た。


「ううん。ぜんぜん思わないわよ」


 その答えは、迷いなく出た。


 うさぎが、はっとしたように顔を上げる。


「……ほんとに?」


「ほんとに」


 雪乃はすぐに頷く。


「好きなものがあるって、すてきなことだもの」


 うさぎは何か言おうとして、でも言葉が続かなかった。

 そのかわり、目だけが少し揺れている。


 雪乃は、部屋の中をそっと見渡した。


 ベッドの上には、いくつかの衣装小物。

 机の上には、開きっぱなしのタブレット。

 その画面には、写真投稿サイトらしきページが映っていた。

 顔は写っていない。

 でも、衣装やポーズにはちゃんとこだわりがあるのがわかる。


 この子は、本当に好きなんだな。


 前から知っていた。


 たまたま見えてしまった日もあったし、こっそり届いた衣装の箱を見たこともあるし、部屋の中から、いつもと違う布の擦れる音がしたこともある。


 でも、雪乃は何も言わなかった。


 うさちゃんが大事にしているものなら、うさちゃんが自分から話したくなるまで、そっとしておきたかったから。


「お姉ちゃん……」


 うさぎが、少しだけ不安そうに言う。


「魔法少女コス……どう思った?」


 雪乃は、やさしく目を細めた。


 そして、心からそう思った言葉をそのまま伝える。


「とっても可愛いわよ」


 一瞬、うさぎの目が丸くなる。


 それから、今度は耳まで赤くなった。


「か、かわいい……」


「うん」


「お姉ちゃん、そういうの、さらっと言うのずるい……」


「ずるくないわよ」


「ずるいよ……」


 うさぎはもう、顔を上げられなかった。

 でも、さっきまでの張りつめた感じとは少し違う。

 恥ずかしさはあるけれど、ちゃんとほっとしている顔だった。


 雪乃はそんな妹を見て、胸の奥があたたかくなる。


 やっぱり、うさちゃんは可愛い。


 小さいころからずっとそう思っていたけれど、こうして大きくなっても、やっぱり可愛い。


「ねえ、うさちゃん」


「……なに」


「ちゃんと似合ってるわよ、その衣装」


「……ほんと?」


「ええ。とっても」


 うさぎはしばらく黙っていた。

 それから、そっぽを向いたまま小さく言う。


「……ありがと」


 その声があまりにも小さくて、雪乃は思わず笑ってしまう。


「ふふっ」


「もう、お姉ちゃん笑わないで」


「笑ってないわ。うれしくなっただけ」


「なにそれ……」


 うさぎはむすっとした顔をしてみせるけれど、もう最初みたいな緊張はなかった。


 沈黙が少しやわらかくなる。

 部屋の中に、いつもの姉妹の空気が戻ってくる。


 そこで雪乃は、もともと部屋に来た理由を思い出した。


「あっ、そうだった」


「え?」


「私、うさちゃんに見せたいものがあったの」


「なに?」


 雪乃は手に持っていた箱を、そっと持ち上げた。

 うさぎの目が、それを見た瞬間に少し大きくなる。


「……それって」


「そう。あのケーキ」


 雪乃はちょっと得意そうに笑った。


「今日、奇跡的に買えたの」


 うさぎは数秒、箱を見つめていた。

 そのあとで、魔法少女の格好のままなのも忘れたみたいに、一歩だけ前へ出る。


「……ほんとに?」


「ほんとに」


「伝説の……」


「伝説の、よ」


 うさぎの顔に、さっきとはまた違う意味で動揺が走る。


 恥ずかしさと、うれしさと、驚きと。

 いろんなものがいっぺんに来たみたいな顔だった。


 雪乃はそんなうさぎを見ながら、やわらかく言った。


「うさちゃんが楽しそうで、よかった」


 その言葉に、うさぎはまた少しだけ目を見開く。


「……え」


「好きなものを好きって思えるの、いいことだと思うの」


 雪乃は笑う。


「私は、そういううさちゃん、すごく好きよ」


 今度こそ、うさぎは完全に黙ってしまった。

 また顔が真っ赤だ。


 たぶん、これ以上なにか言われたら、ベッドにもぐってしまうかもしれない。

 けれど、それでも逃げなかった。

 少しだけ恥ずかしそうにしながら、でもちゃんと雪乃を見た。


 それから、うさぎはふいに小さく息をつく。


 少しだけ照れて。

 少しだけ悔しそうで。

 でもどこか、いつもの自分を取り戻したみたいな顔で。


「……お姉ちゃん」


「なあに?」


「それならさ」


 うさぎは視線を少しそらしながら、でも口元だけ少しだけいたずらっぽくゆるめた。


「お姉ちゃんも一緒にコスプレ……してみない?」


 雪乃は一瞬、目をぱちくりさせた。

 そのあとで、ふっとやさしく微笑む。


 そして、返事の代わりみたいに言った。


「紅茶淹れるから、ケーキ食べない?」


 うさぎは一瞬きょとんとして、それから小さく頬をふくらませた。


「……ずるい」


「なにが?」


「そうやって、うまくごまかすの」


 雪乃はくすっと笑う。


「どうかしら」


 その声は、どこまでもやさしかった。

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