④「閉じた部屋と日記」修正中
裏門をくぐると、中庭が広がっていた。
静かで。
冷たくて。
人の気配がない。
さっきまでの賑やかな街とは、まるで違う。
「……」
私は、フィデリウスの背中に揺られながら、周りを見た。
建物が、中庭を囲むように建っている。
窓は閉ざされ。
誰も見えない。
石畳の道が、建物へと続いている。
低い植木が、整然と並んでいる。
空が、開けている。
ここが、城。
ミモリアが暮らしていた場所。
フィデリウスが、中庭を歩く。
一歩、また一歩。
靴音だけが、静寂に響く。
「……」
この静けさ。
さっきの街とは、まるで別の世界のよう。
生きている感じがしない。
「……」
――その時。
前方に、人影が見えた。
一人の女性。
その後ろに、もう一人。
剣を持った、男。
「……」
フィデリウスが、足を止めた。
女性が、こちらを見ていた。
紫色の髪。
整った顔立ち。
そして――
左目に、布が巻かれている。
私と、同じ。
「……ヴィオレッタ様」
フィデリウスが、小さく呟いた。
わずかに、身を強張らせた。
女性――ヴィオレッタが、私を見た。
その視線――
一瞬、ぶれた。
まるで、私ではない何かを見ているような。
別の場所を見ているような。
「……」
私は、その視線に怯えた。
なぜか、分からない。
でも、怖い。
ヴィオレッタの目が、また私を捉える。
「また、ですか」
その声は、氷のように冷たかった。
「……」
私は、何も答えられなかった。
何を言っているのか、分からない。
でも――
怒っている。
それは、分かる。
ヴィオレッタの視線が、私の左目に注がれる。
じっと。
まるで、確認するように。
「……布は」
「外れていません」
フィデリウスが、答えた。
ヴィオレッタが、小さく息を吐いた。
安堵?
それとも、失望?
よく、分からない。
ヴィオレッタの視線が、またぶれた。
一瞬だけ。
何かを見ているような。
私ではない、何かを。
「……」
そして、また私を見た。
「……気をつけてください、フィデリウス」
ヴィオレッタが言った。
「次は、許されません」
「……申し訳ございません」
フィデリウスが、頭を下げた。
ヴィオレッタは、それ以上何も言わなかった。
ただ、私をもう一度見て。
そして――
去っていった。
後ろにいた男も、一緒に。
足音が、遠ざかる。
「……」
私は、その背中を見送った。
何が起きたのか、分からない。
でも――
この城は、怖い。
さっきの街とは、まるで違う。
「……行きましょう」
フィデリウスが、小さく呟いた。
そして、また歩き出した。
中庭を抜けて。
建物の中へ。
扉が、開く。
廊下が、続いている。
石造りの、冷たい廊下。
窓から差し込む光が、床に長い影を落としている。
静かだ。
人の気配がない。
壁に、絵が飾られている。
風景画。
人物画。
だが、私には何も分からない。
ただ――
綺麗だと思った。
色が、鮮やかで。
「……」
フィデリウスが、廊下を歩く。
私は、フィデリウスの背中に揺られながら、周りを見た。
廊下は、長い。
いくつもの扉が、並んでいる。
誰かの部屋、だろうか。
それとも、別の何か。
「……」
やがて、フィデリウスが立ち止まった。
「着きました」
フィデリウスが、扉の前で言った。
「あなたの部屋です」
扉が、開かれた。
そこは――
私の、部屋。
いや、ミモリアの部屋。
「……」
私は、その部屋を見つめた。
初めて見る、部屋。
でも、この体は知っている。
きっと、何度も見てきた部屋。
薄暗い。
窓があるはずだが、木材で塞がれている。
わずかな光が、隙間から漏れているだけ。
ベッドがある。
机がある。
本が、並んでいる。
「……」
フィデリウスが、私を下ろした。
足が、床につく。
ふらっと、体が揺れた。
「……大丈夫ですか」
フィデリウスが、私を支えた。
「……うん」
私は、頷いた。
「少し、失礼します」
フィデリウスが、そう言って。
「少しお待ちください」
部屋を出ていった。
扉が、閉まる。
「……」
私は、一人、部屋に残された。
静かだ。
しばらくして。
扉が開いた。
フィデリウスが、戻ってきた。
手に、布と水の入った器を持っている。
「少し痛みますが、我慢してください」
フィデリウスが、布を水に浸した。
そして、私の腕の傷に当てた。
「……っ」
痛い。
でも――
嫌な感じではなかった。
冷たい水が、傷を冷やしてくれる。
フィデリウスの手が、丁寧に傷を拭っていく。
腕。
足。
頬。
血が、拭われていく。
「……」
私は、黙ってそれを見ていた。
フィデリウスの手つきは、慣れている。
きっと、何度もこうしてきたのだろう。
ミモリアの傷を、手当てしてきたのだろう。
「これで、応急処置は終わりです」
フィデリウスが、布を置いた。
「後で、また診せてください」
「……うん」
私は、頷いた。
フィデリウスが、私から手を離した。
「しばらく、ここにいてください」
フィデリウスが、言った。
「私は、報告に行ってきます」
そして、フィデリウスは去っていった。
扉が、閉まる。
音が、消える。
「……」
私は、一人になった。
部屋の中で。
静かな、部屋の中で。
「……」
私は、部屋を見渡した。
窓がある。
いや――
窓が、あったはずの場所。
「……」
木材で、塞がれている。
雑に。
隙間から、わずかな光が漏れているだけ。
外は、見えない。
風景も、空も、何も。
「……」
私は、木材に触れた。
ざらっとした感触。
押してみる。
びくともしない。
外に、出られない。
光さえも、入ってこない。
「……」
私は、木材から離れた。
部屋の中を、見渡す。
机がある。
その上に、何かが置いてある。
本?
いや――
手記、のようなもの。
「……」
私は、それに近づいた。
手を伸ばして。
触れた。
ざらっとした感触。
開いてみる。
文字が、並んでいる。
「……」
読めない。
いや――
読める。
この体が、知っている。
文字を。
言葉を。
「……日記?」
そう、書いてある。
ミモリアの、日記。




