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翳りゆく星の彼方のあなたへ(修正中)  作者: 柿の種と干し柿
第1話「傍観者だったもの」
4/7

③「城下町と匂い」

揺れる。

一歩、また一歩。

フィデリウスが歩くたびに、視界が上下する。

私は、フィデリウスの腕の中で揺られている。


「……」


よく見えない。

ローブが視界を遮っている。

でも――

匂いと音は、はっきりと届く。

どのくらい揺られただろうか。


賑やかな音が聞こえてきた。


「いらっしゃい!」

「新鮮な魚だよー!」

「パンの焼きたて、あるよ!」


声。

それは、誰かから発せられた声だった。

声、声、声。

こんなにたくさんの人がいる。


「……」


私は、ローブの隙間から周りを見ようとした。

だが、見えるのは、断片的。

人の足元。

石畳の道。

建物の壁の一部。

よく見えない。


でも――


想像できる。

たくさんの人が歩いている。

店が並んでいる。

賑やかな街が、そこにはある。

見てみたい。

ローブを、今すぐに投げ出したい。

それに加えて、この左目にある布も。

あるとわかれば自然と気になってしまう。

再び視線を外に向ける。

耳を傾ける。

足音が響く。

ざっ、ざっ、ざっ。

それが重なって、自分は一人ではないと、そんな気持ちにさせてくれる。

そして――

鼻をくすぐる匂い。


「……っ」


何かの匂い。

甘い匂い。

香ばしい匂い。

温かい匂い。


「……」


どこから漂ってくるのだろう。

見えないけど、分かる。

いい匂い。

さっき飲まされた苦いものとは、全然違う。

知りたい。

この匂いは何なのか。

口の中が、その匂いを求めている。

――その時。


「フィデリウスさーん!」


子供の声が聞こえた。

足音が近づく。

ぱた、ぱた、ぱた。

小さな足音。


「あぁ…ネスか。元気か」


フィデリウスの声が、わずかに柔らかくなった。


「うん! 今日もパトロール?」


「まあな」


フィデリウスが、足を止めた。

私は、ローブの隙間から子供を見ようとした。

ぼんやりと、小さな足元が見える。

よく見えない。


「その子は?」


子供が、私のほうに足先を向ける。

私は、ローブの奥に隠れた。

少し恥ずかしかったから。

なぜか。


「怪我をした女の子を運んでいる」


フィデリウスが、淡々と答えた。


「手当てするんだよ」

「そっかー。大丈夫?」


子供が、心配そうな声。

優しい。

私は――

頷こうとした。

でも、ローブで隠れている。

見えてない、よね。


「お前、今日は親の手伝いは?」


フィデリウスが、話題を変えた。


「もう終わったよ! 今から友達と遊ぶんだ!」


「そうか。気をつけてな」


「はーい!」


子供が、元気よく走り去った。

足音が遠ざかる。

ぱた、ぱた、ぱた。

やがて、周りの音にかき消されるぐらい遠くへ。

――また、歩き出す。

私は、また周りを感じようとした。

見えないけど、匂いと音で分かる。

通りを進むと、また違う匂い。

甘い匂い。

でも、先ほどとは違う。

何だろう?

フィデリウスは時々、通りすがる人たちと話している。

「おはよう」とか、「また後で」とか。


「……」


挨拶、というものらしい。

なぜするのかは、よく分からない。

でも、フィデリウスの声が柔らかくなる。

大切なことなんだろうか。嬉しいのだろうか。

楽しいのだろうか。

もどかしい。

見えない。

聞こえるだけ。

匂いがするだけ。

なのに、知りたい。

もっと知りたい。

私は最初、ゆったりと揺られていた。

でも――

段々と、フィデリウスの歩く速度が速くなる。

腕に、力が入る。

ぐっと、抱きしめられる。

痛い。

――その時。


「……おい、フィデリウス」


背後から、冷たい声。

フィデリウスが、ピタッと足を止めた。

体が、わずかに強張る。

私は、ローブの隙間から後ろを見ようとした。

よく見えない。

後ろを見ようとした私を――

フィデリウスが、さらに強く抱きしめた。

ローブが、より深く私を包む。

ガチャガチャと、金属の音。

周りとは違う足音。

何人かいる。

フィデリウスは後ろを振り向いた。


「……何か」


フィデリウスが、短く答えた。

声が、私に向けるものや、さっきまでの人たちに向ける声とは少し違った。


「今置かれている状況を考えれば分かるだろう? 声をかけた意味ぐらい」


男性の声。

フィデリウスよりも重い。


「お前の監視対象が逃げてから、我々も駆り出されている」


少し間。


「なのに、お前は――」

「何をしている」


私のことを指している。


「怪我人を見つけたんだ」


フィデリウスが、淡々と答えた。


「病棟へ運ぶ」


「そうか」


兵士の声が、少し疑わしげ。


「お前が親切なのは知っている」

「町の者にも優しい」

「だが――」

「今は違うだろう」

「お前の監視対象が逃げている」

「それを探すのが先ではないか」


「……」


フィデリウスが、黙っている。

体が、強張ったまま。


「それに」


兵士の声。


「なぜ顔を隠す」

「ただの怪我人なら――」

「隠す必要はないだろう」

「顔を見せてくれ」

「確認だけだ」


「……」


フィデリウスが、黙っている。


「フィデリウス?」


兵士の声が、怪訝そう。


「なぜ黙っている」

「ただの怪我人なら、見せられるだろう」


「……断る」


フィデリウスの声が、低い。


「断る?」


間。


「なぜだ」


「……」


「お前――」


兵士の声が、変わる。

疑いが、深まる。


「その人間は、誰なんだ? それとも…」


フィデリウスが、後退する。

じりじりと。

私を、しっかりと抱きしめる。

ドクッ……ドクッ。

さっきまで聞こえなかった音が鳴る。

この音は、フィデリウスから鳴っている。

それと同時にフィデリウスの腕に、力が入る。


「顔を見せろ、フィデリウス」


兵士の声が、低くなる。


「見せないなら――」


ガチャと何かを持つ音が聞こえた。

――その時。

足音。

彼らの後ろから、近づいてくる。


「あんたら」


力強い、大きな声。

でも、どこか優しい。

女性の声だ。

フィデリウスや目の前にいる人の声とは違う。


「ほらほら、邪魔だよ。ここがどこかわかってるのかい? セレスティア王国が誇る商店街だ。足を止めるのは、ここのルールじゃあお店に入ること以外、ダメなんだよ。立ち話は他所でやんな」


「部外者は黙っていろ。これはお前たちのためにーーー」


兵士が、そう答える。

――そして。


「こりゃあ、兵士さんどうしたんですかい」


また別の声がした。

次はフィデリウスに近い声色だった。

男性の声。


「こんなところで立ち止まって」

「あらまぁ、ワシの自慢の絵にでも引かれたかい」

「さぁどうぞこっちへ」


引っ張る音。

兵士が、混乱している。


「ま、待て、今は――」

「いやいや、遠慮しなさんな」


次々と、声が増える。


「お兄さんたち、私たちが販売する美味しい果物、食べていかない?」

「いやいや、今日仕入れた極上のお肉を買っていってよ」


町の人たちの声がどんどんと増えていく。

寄ってくる気配。

兵士たちを囲むのが、足元だけで分かった。

話しかける。

引っ張る。


「おい、待て――」


男たちの声が人々によってかき消された頃に


「あれあれ、見えなくなってしまった。私が出なくてよかったかね」


いつの間にか、さっきの女性の声が近くから聞こえた。

フィデリウスの体の力が抜けた。


「いや、助かったよミヨさん」


フィデリウスは女性の名前をそう呼んだ。


「困ってたらお互い様だろ」


近くなのに、大きな声。


「本当に助かった」


フィデリウスが、小さく答える。


「そうかい。じゃあ、早く行きな」


女性の声が、大きいけど優しい。

そして――


「フィデリウス、私はお前さんが何をしているか分からんけどね」


優しい声。

温かい。


「理由は聞かないさ。それがお前が正しいと思ったことなら」

「……」


フィデリウスが、黙っている。

でも――

体が、わずかに緩んだ気がする。


「ほら行った行った」


腕の中にいる私にまで伝わる振動。

フィデリウスが叩かれている。

何度も。

結構、強い。


「後で、私の店で飲んでいきなね。いつもより弾みなよ」

「……ああ。ありがとう」


フィデリウスが、小さく答えた。

声が、少し震えている。

嬉しい、という感じ。

そして――

急ぎ足で、その場を離れた。

兵士の声が、遠くで聞こえる。


「待て! まだ――」


でも、町の人たちに囲まれている。

声が、遠ざかる。


「……」


私は、ローブの隙間から後ろを振り返ろうとした。

よく見えない。

でも、分かる。

ミヨさんが手を振っている。

町の人たちが、私たちを助けてくれた。

あの怖い人たちから。

でも――

なぜ、フィデリウスは私を隠すんだろう。

ローブで、顔を。

兵士に、見せないように。

なぜ?

私は――

何なんだろう。

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