①「目覚めと未知」
知らない感覚が駆け巡る。
駆け巡るとは、どこに、何に。
この体が覚えているその感覚を手繰り寄せると、何かが動いた。手が動くという感覚を、初めて体感した。
「…ぁ」
思わず何かが溢れた。内側からこそばゆい感覚が、体の表面を通して伝わってくる。
視界が開けた。
この動作を私は知らない。体が覚えているのだ。呼吸をすること、目を開くこと、私の知らない動作が自然に行われている。
光が視界を満たす。
「まぶしい……」
それが光の表現だった。空から降り注ぐ光はあまりにも眩しくて、直視できない。だから私は下に視線を向けた。
ざらっとした感覚が、体の外側に触れている。それは私が意志で動かしたものについている。腕と指というらしい。そしてこの手に触れたざらっとしたものが——
「砂……」
断片的に、個や物事を識別するための名というものが浮かんでくる。
意識は砂だけでなく、周りの存在へ。周りをぐるっと見渡す。
あれは……建物。これは……箱だろうか。中には色々と詰まっている。空を飛ぶもの、あれは鳥。空に浮かぶ白いもの、あれは雲。
そして光を放つもの——太陽。あれが眩しいもの。
視線を上げると、建物と建物の間に布が渡されている。
白い布、茶色い布。風に揺られて、ゆらゆらと揺れている。
服を飾っているのだろうか。なんのために。
知っていることと、知らないことが溢れている。
キラキラと輝くこの世界に私は——。
この気持ちが何なのか、この体は知っている。嬉しいのだと。
見るって、知るって楽しい。
これは石。あれは——?
キョロキョロと視線を巡らせていると、私は気づいた。
体がズキズキと痛みというものを発している。
痛い。
それは自分の意思で動かせる体が、外的要因によって怪我をすることで生まれるもの。
初めての体験。だが、先ほどと比べて気持ちの良いものではなかった。
よく体を見てみると、所々が青くなっていたり、赤い液体が出ていたりする。
嬉しくない。
何、これ。
体から、腕から、何かが出ている。赤い液体が、じわじわと腕を伝っている。
気づくと——手が動いていた。
傷口に、手を当てている。
なぜ?
分からない。
でも——
手が、傷口を押さえている。
ぐっと。
痛い。
でも——赤い液体が、少し止まった気がする。じわじわと、滲んでいる。でも、さっきより遅い。
これで、いいのか。手で、赤い液体が漏れているところを押さえる。
そうすれば、この不安な気分は少しは霞む。
「……」
周りの風景は、変わらない。
淡々と、そこにある。
私は、ただ座り込んでいる。
何もせずに。
なぜ?
分からない。
でも——
先ほどまではなかった違和感が、また私を襲う。
寒い。
何だろう、この感覚。
さっきまで、なかった。
でも、今——
寒い。
体が、震える。
止まらない。
「さむ……い」
声が、震える。
なぜ?
なぜ、寒いんだろう。
太陽が、照っている。
光が、降り注いでいる。
光の暖かさは、感じる。
なのに——
寒い。
内から冷えていく。
「……っ」
体が、勝手に震えている。
止められない。
力も——
入らない。
手が、震える。
傷口を押さえているのに、力が入らない。
よく見れば、赤い液体はまだ流れ続けていた。
手に触れる液体は、暖かい。
でも、体の内は——
寒い。
視界が、ぼやける。
何?
さっきまで、はっきり見えていたのに。
今は——
ぼんやりとしている。
建物が、揺れている。
空が、揺れている。
「……」
何かが、薄れている。
世界が。
感覚が。
「……」
暗く、なる。
さっきまで、眩しかった。
キラキラしていた世界が。
でも、今——
暗い。
光が、遠のいていく。
「……いや」
この感覚。
知っている。
いつか、感じた。
いや——
もっと前。
ずっと前。
「……」
何も、ない。
何も、見えない。
何も、感じない。
そんな——
世界。
あの、世界。
「……いや」
戻りたく、ない。
あそこには、戻りたくない。
何もない。
何もない。
ただ、ない。
「……っ」
怖い。
怖い。
戻りたくない。
せっかく——
せっかく、見えた。
世界が。
光が。
キラキラした、世界が。
「……いや」
消えたく、ない。
消えたく、ない。
意識が、遠のく。
感覚が、薄れる。
視界が、にじむ。
世界が、ぼやけていく。
建物の、輪郭が。
空の、色が。
全部、溶けて——
「……」
——その時。
「ミモリア様!?」
声が、した。
遠くから。
足音。
近づいてくる。
誰かの、影。
大きな、人の形。
でも——
輪郭が、はっきりしない。
その人が——
何かを。
腰の、あたり。
袋から、何かを。
小さな、瓶。
かすかに、光っている。
それだけが——
ぼんやりと、見えた。
暗く——
暗く——
世界が、消えていく。
「……」
見えない。
もう、何も。
音が、遠く。
世界が、遠く。
「……」
消える。




